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第四十六話 神様からだヨ

 突如として放たれた強大な力が、間違い無く自分達が崇める神のものだと感じ取った神官長と神官は、竜の姿が見えた途端その場に膝を突いた。

 神官長も聖剣を床に置いた神官も、一切躊躇わず両手を胸に当て頭を垂れる。


 だが、同じ神に仕える筈の大神官と護衛達は違った。

 神力を感じた筈なのに、青褪めて顔を引つらせたのだ。

「ば、ばけ、化け物……ッ」

 呆然と竜を見上げた大神官が呟き、護衛達は剣を構えたままジリジリと後退している。

「あれー、そんなん言うてええの?あんたの信じる神様やろ?神様の声、聞こえるんやろー?」

 鈴音は虎吉を抱えて立ち上がりつつ、悪党風に意地悪く笑って言い放った。

 何か言い返そうとしたらしい大神官が勢い良く鈴音を見やり、その腕に抱かれた虎吉を認めポカンと口を開く。

「……神獣、か……?」

 視線を注がれた虎吉は、立てた耳を反らし瞳孔を開き気味にしつつ尻尾をブンブンと振った。

「こっち見んなやシバくぞボケ!あれやな、ああいう奴には、やっぱり俺の姿は気になんねんな。他の奴らは『この辺では見ぃひん生きもんやなー』ぐらいの反応やったのに……て、こっち見んな言うとるやろが噛み付くぞゴルァ!!」

 動物が喋った事に愕然としていた大神官は、神力付きの威嚇に泡を食ってソファーから滑り落ち、頭上に竜が居る事も思い出したのか必死に立ち上がって出口へ走る。


「ああ、ちゃんと逃げる用のドアあんねんな、さすが大悪党」

 隠し扉から逃げる大神官と護衛達を眺めた鈴音は、テーブルに置きっぱなしの金の延べ板5枚を片手で軽々と掴んで革袋へ仕舞った。

 その革袋を持って立ち上がった虹男は、嬉しそうに竜へ手を振る。

「こっちに来ると、そんなにおっきくなるんだねー?でもすっごく綺麗だよー!どっちの姿も好きだなー!」

 妻好きの動物好きが堂々と愛の告白をする中、鈴音は竜の表情を観察した。

 サファイアの性格上、穏やかに見えて静かにキレている恐れもあるので、間違えぬよう慎重に確認する。

 ベースが爬虫類なので殆ど無表情に見えるものの、平伏している神官長と神官へ向ける目はとても優しく、殺気は感じられない。

「おー、やった、上手い事いったっぽい。これでこの世界の存続確定やんね?シオン様の援護射撃も効いたんかなぁ。帰ったら聞いてみよ」

 ぐっ、と拳を握った鈴音は小さく笑い、二人へ声を掛けた。


「神官長様、神官さん、顔を上げて立って下さい」

 鈴音の呼び掛けに反応した二人は、神を前にして立ち上がる事に躊躇しつつ、それでも大人しく従う。

「私の名前は鈴音と申します。あなた方のお名前を教えてくれはりますか?」

 今更ながらの自己紹介にきょとんとする二人を、笑顔の鈴音が急かした。

「あんまり時間無いですから早よ早よ!」

「は、ははッ!私はジェロディと申します」

 神官長が胸に手を当てた礼と共に答える。

「私はカンドーレと申します」

 同じく礼をしながら神官も答えた。

「ジェロディ様とカンドーレさんですね、覚えました!ではお二方、大悪党を追いましょか。聖剣拾うのお忘れ無く!」

 言うが早いか大神官が消えた扉へ走った鈴音は、施錠されている事を確認するや迷い無く拳を突き出す。

 破壊された扉の向こうもまた広い部屋で、高そうな調度品やら宝飾品やらが所狭しと並べられていた。

「わーお、お宝てんこ盛りや。これは換金したら復興資金とか色んな使い道ありそうやし、壊さん方向でお願いしたいなぁ。で、大悪党どこ行った?」

 周囲を見回すと、鈴音の耳が微かな足音を拾う。

 虎吉はもっとハッキリ聞こえているようで、音の方へ両耳を向けた。


「地下やな。向こうの方へ走って行きよる」

 調度品で隠れた部屋の隅に地下通路への入口を発見したが、これも内側から施錠されている。

「この方向いう事はー……あれや、議事堂!」

 道を挟んで隣の建物を思い出した鈴音がジェロディ神官長を振り向くと、大きな頷きが返って来た。

「うわー、宗教施設と国家権力の中枢が地下通路で繋がっとるとか、見つかったらどない言い訳すんねやろ。緊急時の避難用とか言うんかなー。国民に見してやりたいけど、無理かなぁ。地下なら残るやろかー」

 喋りながら、悪党達がこちら側へ戻れないよう地下通路入口の上に石像を置き、近道のため外に面している壁をぶち抜いても大丈夫だろうか、と探る鈴音に、ジェロディ神官長がおずおずと声を掛ける。

「財宝を壊さないようにですとか、秘密の通路が残るや残らんやですとか、先程からどうにも不穏なお言葉が……」

「え?ああ、そらもう、女神様が暴れはるやろから。あんな姿で来はったいう事は、やる気満々でしょう」

 振り向いた鈴音は、困ったように笑いながら頷いた。


 その答えに、ジェロディ神官長とカンドーレ神官は息を呑む。

「……やはり神は審判を下しに御降臨なさったのですな」

「でしたら急がなければ!私はあの男をこの手で仕留めると誓ったのです」

 二人の反応を見て鈴音は慌てた。

「言葉足らずですみません、えー、審判はまあ審判でしょうし、暴れる気も満々でしょうけども、神様はもう人類皆殺しにする気は無いですよ」

 鈴音の言葉を聞いた二人は、その予想外の内容に耳を疑う。

「なんと……?」

「……本当……ですか……」

「はい。そもそも、神様の降臨でこの世界が滅ぶと決まったなら、今更お二方に名前聞いたりしませんし、私自身も名乗ったりしません。“神官長様”なら通りすがりに喋っただけの人やけど、“ジェロディ様”やともう知り合いですやん。親しくした人助け損ねたとかなったら、この先ずっと引きずりますし。そんなん耐えられへんもん」

 ここまで関わっておいて通りすがりもなかろうが、そう思い込む事で心を守ろうという、鈴音なりの防御策らしい。

 目を伏せて息をつく鈴音に、幾度か瞬きをした二人が何か言いかけるが、耳を動かして虎吉がそれを遮った。

「だいぶ遠ざかったで、そろそろ向こう着くんちゃうか」

「え、そら大変。敷地内に出るだけか、中の部屋へ繋がっとってあっちで悪党同士落ち合うんか……取り敢えず、うりゃ」

 壁を小突いて人が通れるだけの穴を空け、鈴音は急いで出る。


 外はパニック映画さながらの様相を呈していた。

 皆既日食が起きているかのように暗い街なかを、慌てふためいた人々が逃げ惑っている。

 それを特に何をするでもなく、竜が空から眺めていた。


「ああ、普通の人には神力が感じられへんから、サファイア様が怪獣にしか見えへんねんな」

「そらしゃあないけど、神力判る筈の奴らも逃げとるのは何でやろな」

 呆れたような虎吉の視線を辿れば、荷物を手に我先にと逃げている神官達の姿があった。

「えぇー……。後ろ暗い事がありまくりの人らかな?大悪党一味の末端構成員とか?」

 その様子を目にしたジェロディとカンドーレは、議事堂と大神殿の門とを交互に見やって唇を噛む。

 大神殿から遠ざかろうと急ぐあまり転ぶ人や、親とはぐれたのか泣き叫ぶ子供。

 目と鼻の先に大悪党がいたとしても、それらを無視して先へ進めるような二人ではなかった。

「鈴音様、私は人々の誘導にあたります」

 胸に手を当てつつのジェロディに、鈴音が手を振る。

「私に様はいりませんよ」

「ならば私にも必要ございません。……はぁ、やっと言えました」

 少しだけホッとした笑みを浮かべるジェロディに、瞬きを繰り返してから鈴音も笑った。

「解りましたジェロディさん。でも、これだけ混乱している人々を相手にするのは、かなり危ないですよ?」

「覚悟の上です」

 頷くジェロディに、カンドーレが聖剣を差し出す。

「神官長様、この輝きがあれば、いくらか注目が集められるのでは」

「いや、それはそなたが持っていなさい。あの悪党を討つのだろう?」

「いえ、私も人々を誘導します。神が降臨なさった今、あの男に逃げ場などありません。人々を避難させ、それからあの男を仕留めます」

「しかしあの中へ行くのは危険……」

「それは神官長様も同じではありませんか」

 神官としての務めを果たしたいカンドーレと、若い者に危ない真似はさせたくないジェロディ。

 このまま問答を続けられても困るので、鈴音は虹男に声を掛け、人気ひとけの無くなった大神殿入口へ高速移動した。

「どうしたの?」

 先程来た時は脇へ逸れた通路を真っ直ぐ進む鈴音に、虹男が不思議そうな顔で問い掛ける。

「あれ、あの剣を虹男からジェロディ神官長に渡したげて欲しいねん。二人共が剣持ってたらちょっとは安心やん?」

 拝礼の為の大広間で祭壇に祀られている神剣を、鈴音は手で示した。



 鈴音と虹男が居ない事に気付いた二人が、慌てて周囲を見回している。

 そこへ高速移動で戻って来た鈴音が、同じく高速で戻った虹男を促した。

 変身を解き、金髪と虹色の目になった虹男が、革袋を地面に置いて、両手でジェロディへ神剣を差し出す。

 鈴音に言われた台詞を思い出しながら、口を開いた。


「ジェロディ神官長、この剣をキミにあげるね。妻からだよ」


 その台詞にジェロディとカンドーレは目を見開き、鈴音は器用に虎吉を庇いながら喜劇役者の如くその場でコケた。


「妻ちがう!!神からや!!」

「あ。あははー、ゴメン間違えちゃった。神様からだヨ」

「遅いわ!!」

 炸裂するツッコミも美しい神剣も、ジェロディとカンドーレには聞こえないし見えない。

 二人はただ、目の前の“神の御使い”を見ていた。

「貴方様が……もうお一方ひとかたの神であらせられたのですか……」

「女神様の旦那様……」

 それだけ言って呆然とする二人に、虹男はニッコリと笑う。


 その時、鈴音と虎吉の耳に不穏な音が届いた。

 議事堂の更に向こうから、多数の足音。大勢の人がこちらを目指しているのが分かる。

 黙って地上の様子を眺めていた竜も、そちら側へ首を動かした。


「こーれは……軍隊かな?」

 鈴音の声で二人は我に返り、虎吉は頷く。

「何や重そうなもん引っ張りながら、大勢でこっちに来よるな」

「軍が重そうな物を?まさか攻城兵器か!?」

「神を狙おうというのですか!?」

 虎吉の説明に愕然とした二人が、聖剣と虹男が持つ神剣を見やり、混乱する人々を見やり、まだ見えぬ軍を思って悩んだ。

「一度に、軍も混乱する人々も止める方法は……」

「神に石を投げるなど絶対に阻止しなければ……」

 恐らく投石機の類を持って来るのだな、と理解した鈴音が、どのみち届きはしないだろうに、と憐れんでいると、真顔の二人と目が合った。

「ん?どないしました?」

「鈴音さんが聖剣を持つと、途轍もない光を放ちます。あの要領で神剣を輝かせ人々の前で掲げれば、あちらに御座おわすお方が神であると理解させられるのでは」

 ジェロディの提案に、人々を救う為なら使えるものは何でも使うその精神は天晴だ、と思いながらも鈴音は首を傾げる。

「恐怖で混乱してる時に、得体の知れん女が神剣光らしたら、余計怖ないですか?神官の皆さんなら信頼もあるから『何と神々しい』てなりそうやけど、私がやったら『ギャーまた何か変なん出たー!』てなると思います」

 実に尤もな意見を聞いた二人は落胆し、虎吉は愉快そうに笑った。

「鈴音が後ろから剣触ったったらええんちゃうか?」

「いやいやバレるバレる。それに私は、この混乱に紛れてトンズラかます気満々の大悪党とっ捕まえたいし」

 フンッ、と鼻息も荒い鈴音に目を細めた竜が、前足をほんの少し動かした。


 ダイヤモンドダストのようにキラキラした青い光がジェロディとカンドーレへ降り注ぎ、二人をぼんやりと光らせる。


「こっ、これは……!?」

 驚く二人の目に、鈴音が持った時ほどではないにしろ、眩い光を放つ聖剣が映った。

「聖剣が!か、神の御力ですかこれは」

 輝く聖剣と自身の手を見比べるカンドーレへ、笑顔の鈴音が頷く。

「それで試してみなさい、いう事でしょうねー。さあさあ、ジェロディさんも神剣を手にとって」

 鈴音の勧めと差し出す虹男の笑顔に逆らえず、ジェロディは神剣を恭しく受け取った。

 すぐさま神剣は青く輝く。

「おお、何と美しい。この光があれば、人々も軍も落ち着いて話を聞いてくれるのでは……!」

 期待に目を輝かせて頷き合った二人は、胸に手を当てて鈴音と虹男に礼をし、竜にも礼をした。

「皆への説明に行って参ります」

「あの男は私が仕留めると誓いましたので、出来れば捕らえるだけにして頂きたいのですが……」

 ジェロディに続き一歩踏み出しかけ、申し訳無さそうな顔でそう告げたカンドーレに、悪ガキのような笑みを浮かべた鈴音が頷く。

「ちょーっと顔や身体にアザ作ったりしてるかもやけど、私がアレの命をどうこうする事はないので安心して下さい」

 それを聞いてホッとしたらしいカンドーレは再び礼をして、ジェロディの元へ駆けて行った。

「……みんながあの二人くらい綺麗な心やったら、話は通じるやろけどねぇ」

「きったないのが結構な割合で混じっとるもんなぁ」

 溜息と共に頷き合う鈴音と虎吉を、きょとんとした顔で虹男が見ている。

「取り敢えず私は大悪党捕まえてくるわ。虹男はサファイア様のそばにおってええよ」

「ほんと?じゃあここの屋根の上にでも行こうかな」

「うん、それがええな。二人の事見といたげて?ほな、ちょっと行ってきますー」

「いってらっしゃーい」

 笑顔で手を振り合って、虹男は革袋片手に大神殿の屋根へ、鈴音は虎吉と共に議事堂へ、それぞれ向かった。

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