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第四十八話 神の怒り

 鈴音と別れたジェロディとカンドーレは、光り輝く神剣と聖剣を手に、大神殿前の広場へ急ぐ。

 悲鳴と怒号が入り交じり、門へと押し寄せる人々で大混乱となっている広場の真ん中へ突き進むと、二人は高々と剣を掲げた。


 神剣の青と聖剣の白、どちらの光も薄暗い世界で人々の視線を吸い寄せ、不思議と心を落ち着かせて行く。


「よろしいか皆さん。これはプレテセリオ様もお使いになった神剣。この輝きは、あの空に御座おわす我らが神より賜ったもの」

 ジェロディが神剣を掲げたまま、空いている左手で竜を示すと、人々の間にどよめきが広がった。

「こちらの聖剣も、我々神官の力ではここまで輝く事はありません。これもまた、あちらに御座す神の御力によるものです」

 カンドーレが聖剣を皆に見え易いよう動かしながら、ジェロディと同じく竜を神だと説明する。

「驚かせてしまった皆さんを落ち着かせる為、神は神剣や御力を我らに託されたのです」

「あのお方の御力は、普段神殿で皆さんを治療する際にお借りする御力と、全く同じものです。我らの神で間違いありません。だからどうかご安心を」

 穏やかな二人の声と、神々しく輝く剣に魅せられて、どうやらあの竜に危険はないらしい、という思いが人々に広がり始めた。

 このまま、神が降臨した理由を説明しようとジェロディが口を開きかけた時、荷物を背負った神官が遮るように声を上げた。


「騙されるな!!」


 他の人々よりも随分と門に近い位置で、ジェロディ達を憎々しげに睨みながら神官は吠える。

「あの化け物のどこが神か!!私には神の御力なぞ欠片も感じ取れぬ!!あれは只の化け物だ、騙されるな!!」

 大神殿の神官が、竜を指差しながら化け物だと言う。

 落ち着きかけていた人々の間には当然、困惑が広がった。

 ただこの男、大神殿の神官でありながら真っ先に逃げているのだ。人々の避難誘導もせず。

 そんな利己的な者の言う事に信憑性はあるのか、と人々は疑いの目を向ける。

 すると、別の場所に居る神官達からも次々と声が上がった。

「化け物だ!」

「神の御力など感じない!」

「早く逃げろ!」

 皆揃って荷物を手に背に、先頭集団で逃げていた神官達である。十数名は居るだろうか。

 こうなると人の心理とは面白いもので、これだけ多くの神官が仕事を放棄して逃げるという事は、それだけ不味い状況なのではないか、と考えてしまったりもする。

 神々しい剣を持った神官達と、我先に逃げ出す神官達、どちらの言う事が正しいのか。

 広場の人々が迷う中、敷地内の別の建物から、足の遅い老人などを誘導している神官達が現れた。


 彼らは、広場の真ん中で光を放つ剣を見つけた瞬間、パッと顔を輝かせる。

「……!その剣は、神剣ではありませんか!!何と神々しい光……!」

「やはり神の御力ですか!?」

「我らは見捨てられたわけではなかったのですね!」

 興奮気味に次々と口を開き、竜を見上げてから両手を胸に当てて頭を垂れる。

 その様子を見た人々の心は、“竜は神”説に傾いた。

 慌てた“竜は化け物”説派の神官達が、大神殿の奥を指差しまくし立てる。

「あれは間違い無く化け物だ!!それが証拠に出現と同時にあの屋根を消し去った!!神がそのように乱暴な真似をする筈がないだろう!!」

「そうだそうだ!!このままでは我々も消されてしまう!!」

「逃げろ!!逃げるしか助かる道は無いぞ!!」

 驚いたのはまともな神官達である。

「何と無礼な!!あの強さと優しさを兼ね備えた御力が解らんのか!?」

「神の御力が解らぬ神官など聞いた事もない!!一体どうしたのだ!!」

「……神に背き、よからぬ事に手を染めた者達がいる、そんな噂があったな。もしや、そなたらのことか!!」

 図星を突かれた大神官の手先達は、顔を真っ赤にして喚き散らした。

「黙れ!!無礼はキサマらであろうが!!噂話如きで我らを侮辱するか!!」

「己の悪事を我らになすり付けるつもりであろう!!」

「神に背く愚か者はキサマらの方だ!!」

 拝礼に訪れるような信心深い人々の前で、神に仕える者達がみっともなく罵り合いを始めた。

 どういう事か、と人々の顔に不安の色が広がって行く。


 するとここまで黙っていたジェロディが、掲げていた神剣を何の前触れも無く真っ直ぐ振り下ろした。

 ブン、という空を切る鋭い音と共に、神官達の間を一陣の風が吹き抜ける。


「神の御前である。控えよ」


 その目に怒りの炎を宿し、全身に青い光を纏いながら、低く静かに告げた。


 あまりの迫力に、どちらの神官達も大人しくなる。

「大神官による悪事は既に、神の御使いを通じ神の知るところとなっている。故に御降臨なさったのだ。現在、とあるお方が大神官捕縛に動いておられる。それが成され次第、じきに審判が下る。無駄な足掻きはよせ。醜いぞ」

 ジェロディが淡々と話すので反応が遅れたが、大神官の悪事やら神の御使いやら、にわかには信じ難い内容に人々は驚き動揺した。

「んな、な、何を馬鹿な!!よくも大神官様に対しそのような事を!!神の御使いなどと居もしない者まで使っ……」

「あちらに!!あちらに御座おわす金の髪の御仁が御使い様だ」

 大神官の手先が喚くのを遮り、ジェロディは大神殿の屋根を手で示した。

 本当は神の御使いではなく神だ、という言葉をジェロディもカンドーレも飲み込んでいる。


 屋根の上の虹男は急に大勢の注目を浴びて驚いた様子だが、直ぐにニッコリ笑って手を振った。

 薄暗い中、ほのかに輝いて見える虹男に、本当に金の髪だ、と人々は衝撃を受けている。

 大神官の手先達も、流石にポカンとした顔で瞬きを繰り返した。

 伝説に出て来る神の御使いがどういう姿をしているかなど、大神殿のお膝元に暮らす人々や、拝礼に来るような人々にとっては常識である。

 治療でしか神殿を利用しない者でも、神の御使いは金の髪、ぐらいは覚えているだろう。

 そんな、常識は常識でも、誰も姿を見た事が無い昔話の世界の住人が、現実に出て来て手を振って見せた。

 これはつまり、ジェロディの言葉こそが真実なのだ、と人々は考える。

「ま、まやかしだ!!何かからくりがあるのだ!!」

「金の糸を頭から被っているのだ!!」

「そうだ、そうに違い無い!!」

 大神官の手先達が必死に叫んでいるが、もう人々は迷わない。

 彼らへとても冷たい視線を送ることで、どちらを信じたかの答えとしていた。


「もう大丈夫そうですね」

 カンドーレがホッと息をつき、ジェロディが頷く。

 落ち着かせた人々をこのまま広場に留め、次は街の人々の説得に当たらねば、と二人が考え始めた頃、軍が到着した。

 門の向こう側へ素早く展開するのは、車輪付きの投石機2台に100名程の弓兵。

 それを指揮するツルリとした禿頭とくとうの中隊長が、門の近くに居る大神官の手先に声を掛けた。

「今から大統領の命であの化け物を討つ。よろしいな?」

 それを聞いた手先は喜々として頷き、周囲に居た人々は口々に止めろと騒いだ。

「神官様大変だ!!こいつら神を討つって言ってます!!」

 振り向いて叫んだ人の声で、軍にも説明をと門へ歩き出していたジェロディが、慌てて走る。

「待て!!あちらに御座おわす竜は、我らの神ぞ!!」

 制止するジェロディの声は届いているにも拘らず、中隊長は剣を振り上げた。

「攻撃用意!」

 投石機に大きな石が載せられ、弓兵達は長弓に矢をつがえ空へ向けて構える。

「放て!!」

 号令と共に剣が振り下ろされ、一斉に放たれた矢と石が、曲線を描きながら竜目掛けて飛んで行った。

 しかし、薄暗い上に竜が大き過ぎて距離感に狂いが出るのか、石はおろか矢の一本さえ当たらない。

 投石機、弓兵それぞれが角度を測る中、ジェロディが門へ辿り着いた。


「すぐに攻撃を止めろ!!そなた達は今、神に弓を引いたのだぞ!!」

 激昂するジェロディに対し表情ひとつ変えず、中隊長は再び剣を振り上げる。

「知った事か。大統領の命令だ、攻撃用意!」

「大統領……大神官の仲間か!!その男は悪党だ、命令を聞いてはならん!!」

 説明を素っ飛ばしたジェロディの言葉に、最高司令官を侮辱するなと激怒するかに思われた中隊長はなんと、笑った。

 馬鹿にしたように目を細め口角を吊り上げて、笑いながら言い放った。

「断る。お前の言葉に従って、幾ら手に入る?俺が得る物は何もないだろう?そういう事だ。それより、アレを何とかしなくていいのか?当たるかもしれんぞ?」

 想像すらしなかった反応に、唖然として二の句が継げないジェロディは、言われるがまま中隊長が指差す先へ振り向いた。

 視線の先では、地面に聖剣を刺し、大神殿の入り口近くでカンドーレが両手を広げている。

 それに連なるようにして、数名の神官達も。

「カンドーレ!!……まさか」

 ハッとして向き直ったジェロディの前で、笑ったまま中隊長が剣を振り下ろす。

「放て!!」


 飛び出して行く矢と同時にジェロディは走った。

 当然追いつけはしないが、手に持った神剣を矢へ向けて振り、風によって落としたり方向を変えたりと、その殆どを無力化する。

 それでも全てを捌ききる事は出来ず、近場に落ちた一本がカンドーレの腕を掠めた。

 痛みに顔を顰め傷口に手をやるカンドーレの元へ、ジェロディや神官達が駆け寄る。

「カンドーレ!!何という無茶をする!!」

「き、傷は大丈夫ですか」

「薬……薬を」


 慌てふためくジェロディ達の様子を、中隊長と大神官の手先達がニヤニヤと笑いながら見ている。

 人々は何が起きているのか理解出来ず、軍の凶悪さに只々震えている。


 その全てを、竜が見ている。


「……あ。おーーーい、そこのツルピカーーー!!逃げた方がいいと思うよーーー!!」

 屋根の上で立ち上がった虹男が、大声を張り上げた。

 ツルピカ、を自身の事と認識し怒りの表情を見せた中隊長だったが、逃げた方がいい理由を目の当たりにして一瞬で青褪める。


 竜の前に、バチバチと音を立てて放電する光球が浮いていた。


「あー……ゴメン、遅かったぁ」

 眉を下げながら虹男が笑った直後、雷球が門前に放たれる。

 投石機を狙っていたらしい雷球は、竜に背中を見せて逃げ出そうとしていた中隊長の正面で炸裂する形となった。


 凄まじい光と轟音とが、辺り一帯を襲う。


 大神殿の敷地内に居る人々も目を瞑り耳を塞いで死を覚悟したが、不思議な事にいつまで経っても何も起きない。

 恐る恐る目を開いた人々が見たものは、変わり果てた門前街とあちこちへ吹き飛ばされた兵士達の姿だった。


 神の怒り。


 その一端に触れた人々の心を支配するのは、純粋な恐怖だ。

 神の力が爆風から守ってくれたのかもしれない、などということより、理解不能な現象による破壊の方が強烈に焼き付いた。

 このままここに居ては、今度は己が神の怒りを買うのではないか。

 一度そう考えてしまったら、それを打ち消す事など出来はしない。

 打ち消せるだけの材料が無いからだ。

 だから悲鳴を上げた誰かを宥める者も責める者もおらず、皆が皆、同じく悲鳴を上げその場から逃げ出した。

 そんな場面に、鈴音は戻って来たのである。


「ありゃー、それはまた何というか、うーん」

 話を聞き終えた鈴音は唸ってしまった。

 悪いのは明らかに軍、というか禿頭の中隊長と大神官の手先達だ。

 しかしサファイアも、罪なき人の目の前で少々やり過ぎだとも思う。

 たぶん手加減したつもりなのだろうが、間近でいきなりあれだけの破壊を見せられたら、誰だって恐慌状態に陥るだろう。

 それが予想出来ないあたり、人と関わって来なかった神らしいな、と鈴音は困った笑みで頷いた。

「まあ、こうなってしもたもんは仕方無いので、今後これを有効活用しましょう」

「有効活用?」

 鈴音の提案に虹男が首を傾げる。

「うん。神様がナメられとったから、大悪党が好き勝手しよったんやんか。せやから力見せつける為に、街とか壊さんように気ぃつけもって、世界中で暴れ回ったったらええ思う。ほんで、今回暴れたんは大悪党が二人もおったからですよ、怒らせん限りは今までみたいに病気や怪我治してくれる、優しい神様なんですよ、て神官さん方が説いて回ると」

 目が合った初対面の神官達は、ビクリと身体を震わせつつも、大きく頷いた。

「ただあれやなー、世界中に誰が大悪党で、神様怒らしてどないなったか、中継出来ひんのがなー。国家元首はともかく、大神官については世界中に知っといて貰わな具合悪いよねぇ」

 顎に手をやり口を尖らせて唸る鈴音に、虹男が尋ねる。

「中継ってなに?何かを繋いで行くの?」

「ん?あー、ちゃうねんちゃうねん、何て言うたらええんかな……ああ!あれや、神界で神様方がやってはったやん、現場におらんでも別の場所の風景が見られるやつ。サファイア様もこっち見してくれたやん?あれでな、大悪党達が本性現して裁かれるまでを、全世界の人々に見せたいねん。無理やろか」

「出来ると思うよ?僕はまだ無理だけど、妻なら」

 そう言って虹男が見上げると、竜はコクリと頷いた。

「ホンマですか!よっしゃ、ほなその方向で!そうと決まればとっとともう一人の大悪党捕まえに行こ。あー、これ、このオッサン……ジイサン?逃げんように何かで縛って、どっか繋いどいて貰えます?それと、カンドーレさんは早よ怪我の手当てを」

 足元の大神官を指し、カンドーレの腕に視線をやる鈴音に、ジェロディが胸に手を当て礼をする。了承の意味だろう。

「さてと、そしたら国家元首の居場所聞かななぁ。ツルツルは生きとるんやろか。生きとったら縛り上げて、大悪党の本性暴きまショーに参加して貰わな」

「おう。それにしても、この程度で全滅するような奴らが、ようあんなデカい竜にヘラヘラ挑めたなぁ」

 虎吉の指摘で鈴音もハッとした。

「ホンマや。石とか矢ぁとかで、何で勝てる思たんやろな?そう吹き込んだ奴がるいう事やんね?」

 顔を見合わせ、頷き合う。

「この人らに『勝てる勝てるラクショー』とか言うて戦わして時間稼ぎに使つこて、その間に自分は逃げるつもりかな」

「それやと、竜が神さんやて解る奴がそばに居る事になるな」

「大神官の手先かな」

「せやろな」

「アカン、どっかに隠れられる前に捕まえんと、そこいら一帯更地にされるかもしらん」

 竜を見上げた鈴音は遠い目になるも、直ぐさま表情を引き締め、崩れ落ちた街の一部に向けて叫んだ。

「ツルツルどこやー!!出て来んかーーーい!!」

 瓦礫から顔を出し鈴音の様子を窺っていた兵士達が、一斉に死んだふりをしたのは言うまでもない。

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