マガリオッサのドラゴン
そこはいまだ誰も訪れたことのない深い深い地の底。魔力を蓄えた苔の光がその空間をぼんやりと映し出し、岩肌と光る苔、そして小さな水たまりだけしない景色が人の住む領域外であることを物語っている。
冷たい空気の中に高濃度の魔力だまり、普通の人間なら1分ほどで絶命するであろうそこに眠るように横たわる生き物がいる。
『ここは……?』
どこからか声のようなものが聞こえた。戸惑いや恐怖、少しの好奇心を含んだようなその声の主はあたりを見渡すとふらつく身体を支えながらゆっくりと立ち上がる。
『おっと……! なん、だ? 身体がやけに重い』
声の主が這うようにして動くと苔の放つ淡い光がその巨躯を照らし出す。
『え? これ……これって!?』
慌てたように長い首を左右へ振り自分の身体を確認するその生き物は、どこからどうみても空想の中の獣。
ドラゴンであった。
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「ドラゴンが出た?」
「あぁ。緑の大陸でな」
商品の買取りをしながら私は首をかしげる。
というのもこの世界にドラゴンという魔物は存在しないらしい。似たような生き物はいるけどあくまで想像の世界の生き物。私のように現代世界から来た人がそう呼んだからなのか、この世界にはいないのにおとぎ話として根強く語り継がれている。
「前にオークションで討伐されたドラゴンが競売にかけられた話があっただろ? あれとそっくりだってんだ」
「アレスさん、よく知ってるね?」
この重厚な鎧を纏った冒険者はアレス。以前ダンジョンの中で重傷を負っていたところにたまたま通りかかりポーションを売ったことがある。今はあの時のパーティメンバーであるライアと結婚し冒険者ギルドの技術指南員をしながら暇を見つけてはダンジョンに潜っている。
「まぁ一応は冒険者ギルドの職員だからな。それにもしこれが本物のドラゴン……まぁなんにしてもダンジョン外にいる魔物なら大変なことだ。ギルドに情報くらい回ってくるさ」
「で、その他称ドラゴンはどこにいったの?」
「さぁ」
「むぅ。肝心なことなのに」
アレスは肩をすくめると困ったような顔をする。
「なんせ向こうの大陸の話だからな。しかも相手は空を飛ぶんだ、どこに向かったとかどこに降りたなんてわからんぜ」
「まぁ、うん。そりゃそうだ」
「しかもマガリオッサは緑の大陸といわれているだけあって森が多い。中には20メートルクラスの巨木が生い茂った森林もあるそうだからな。そんなところに入り込まれりゃ捜索するにもな」
緑の大陸マガリオッサは四季のある国らしい。農業、漁業も盛んだけど中でも国土の6割を占める森林地帯は多くの恵みをもたらしている。その半面、人の開拓を阻み住む場所を限定してしまっているともいわれている。
季節によって深い積雪、多雨も珍しくなく、マガリオッサの人々は様々な工夫を凝らして生活をしていると聞いたことがある。
「マガリオッサかぁ。一度行ってみようかな」
「なんだ、まだ行ったことないのか?」
「うん。何度かお客さんは来てくれてるけどね」
「もし行くなら案内人を雇ったほうがいいぞ? こっちと交流があるとはいえ独特の気というか気質みたいなのがあるからな。何より街が複雑で迷いやすい」
「あ、それならご心配なく! うちにはマガリオッサ出身の店員がおりますので!」
視線を店の奥に向けると力強く頷く。
アレスは不思議な顔をしていたけれど特に何も聞いてくることはなかった。
「ま、なんにせよドラゴンに関してはこっちも注意しとくに越したことはないだろ。何せ、相手は空を飛ぶんだ。海を越えるなんて屁でもないだろうからな」
そういうとアレスは金貨を受け取り帰っていった。
私は背伸びをするとカウンターにつっぷしため息をつく。
「マガリオッサ、ねぇ」
ファリアの顔が浮かぶ。
もしも私が『一緒にマガリオッサについてきて!』と言えば、彼女はいったいどんな顔をするだろうか。一緒に来てくれるかな?
でも彼女にとってマガリオッサは、故郷はいい思い出のない場所だから。もしかしたらいやな気持になるかもしれない。
「私も、あんまり病院とか行きたくないしなぁ」
左腕をさすりながらそこに何もない事を確認するともう一度ため息をつく。
こっちの世界に来てもため息をつく癖は治らないなぁ……なんてね。
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「残念だが……」
「けれどまだあの子は小さい! いくら何でも!」
「あの親子は元々はここの住人ではなかったのだ。それに母親はあの貴族の顔に泥を塗った。もうこの村には置いておけない」
「しかし村長!」
「そこまで言うならお前が面倒を見るんだな! あいつらのせいで俺たちまで巻き添えを食うなんてごめんだぜ!」
「そうだ! あの女がさっさと言うことを聞いておけばこんな事にはならなったんだ!」
「みな、落ち着け。それに何も殺してしまおうというわけではない。ただここから出て行ってもらおうというだけだ」
青年は焦ったように机を叩く。その衝撃で載せられていたカップや花瓶は倒れてしまう。
「同じだ! あんな小さな子が放り出されれば生きていくことはできない!」
「ならばお前も出ていくがいい。そして面倒を見てやればいい。ただし、ほかの場所もお前たちを受け入れることはないだろうが……」
青年は顔を歪め深く息を吐くと椅子を蹴り飛ばし部屋を出ていく。その姿を見た周りの男達は呆れた様に息を吐くと皆が好き放題話し始める。が、その顔は誰も彼もどこか安堵したような表情を浮かべていた。
その中で机の中心に座る村長だけがまるで感情を殺したように無表情で机の上から流れ落ちる蜜茶を見ていた。そしてその蜜茶は床の上で小さな水たまりを作り、偶然かその中ではひっくり返った蛾虫が必死に藻掻いている。
「あれはあの娘か……いや、今の私達か」
絞り出すような言葉は喧騒の中では誰の耳にも届くことはなく、ただ漠然と空へ投げかけられるだけだった。




