番外編 『暗闇の草原の主は約束した誰かのために』
おはようございます!
100話目ということで特別に違う話を投稿させていただきます。
次回からは通常通りの話に戻りますので、どうぞよろしくお願いいたします!
「なら俺と契約してくれよ。もし助けを求めるものがいたら、お前が俺の代わりに助けてやってくれないか?」
「助けて」
ここは真っ暗で何も見えない。相変わらず、いつ夜が明けたのかも昼なのかも夜なのかもわからない。どれだけの時間ここにいたのか、何故ここにいるのかそれすらわからない。
だけどそれはいつものことだった。むしろ自分という意識以外がここに訪れることはなく、ただひとり揺蕩うのが自然なことだった。だからこそ、気まぐれのように開いた目に不自然なものが映り込んできた時は驚いたのだ。
『これは?』
映像、とでもいうのだろうか? まるでそこにあるかのように映し出される映像。何もわからず漠然と眺めるそこには1匹の生き物が映っていた。
『あぁ、なんだろうアレは? 何か生き物にも見えるけれど……他に映る生き物に比べ小さく、細く、そして歪だ』
その生き物は地に倒れ、必死に他の生き物へと何かを伸ばしている。
『どれ、こんな形か?』
暗闇の中で私は映像の中の生き物と同じ姿をとってみる。その瞬間、映像に映る生き物が《ニンゲン》という種族だと理解した。
そしてあれはニンゲンのメス、女性、少女であるということもわかる。少女は必死に手を伸ばし助けを求めているように見えた。
突然の情報に戸惑っていると、映像の中の少女が何者かに抱え上げられどこかへと連れていかれる。そしてそのまま一軒の大きな屋敷へとたどり着くとその中へと入っていく。
そして映像は切り替わり、今度は少しだけ大きくなった少女を映した。
ボサボサだった髪の毛は綺麗に整えられ、ぼろ切れを羽織っていた身体には豪華ではないがしっかりとした衣服を纏っていた。
どれほど眺めたか、その頃には映像に映るもの殆どを理解し、またその映像の中へと行ってみたいという欲すら覚えていた。
『ダンジョンから新しいアイテムが出た』
『今日も新しいダンジョンができたらしい』
『見たことのない魔物がいた』
『まさに神の思し召しだ』
映像の中では少女の周りで他のニンゲンが色々な言葉を喋っていた。どうやらダンジョンという場所には魔物がいて、魔物を倒すと様々な物が手に入るようだ。そして人はそれを神が与えたものだと感謝しているようだった。
『ダンジョン、魔物、神。どれも知識としては存在する。が、何かそれ以前から知っていたようにも思う』
さらに大きくなった少女は大勢の男や女に囲まれダンジョンへと入っていく。そしてその度に傷つきながらも何かを持ち出し、売り、生活していた。
彼女がダンジョンへと入る度に私は少女に会いたいと思うようになっていた。何故だろうか、この気持ちはなんだろうか、そんなことはわからないが抑えきれないような胸を締め付けられるようなそんな感覚。
しかし、ある日少女は呆気なく死んだ。ダンジョンの中で魔物に首を刎ねられ動かなくなった。それが人間の死だというのはなんとなくわかってはいたが、それを理解しようとすると何かが零れ落ちてしまいそうになる。
暫くして少女の身体は魔物に食い漁られ姿を消した。そして映像もそこで消えてしまったのだ。
『嫌だな。結局一度も会えないのか』
私がそう声に出すと、また目の前に映像が流れだす。そこに映るのはまたもや少女だ。
『あぁよかった。また眺めていられる』
今度の少女は最初から綺麗な姿をしていた。が、街に入る前に馬車に轢かれ死んでしまった。そして映像は消え暗闇だけが残る。
なるほど、これが唖然とするという感覚なのかと私は思った。だがすぐに映像は流れ始める。
今度の少女は街についてすぐに料理屋というところで働き始めた。ダンジョンへ来てくれないのは少し寂しかったけれどまたすぐ死なれても困るし仕方がないと割り切ったが、そんな思いも虚しくわずか1年で流行り病で死んでしまった。
『ヒトはよく死ぬな。もう少しどうにかならなかったのだろうか』
そして映像が流れだす。
今度は最初から冒険者となりダンジョンへと出かける日々を過ごしているようだ。魔法? と呼ばれる技術を使い毎日楽しそうに過ごしていた。
魔法との相性がいいのかなかなかどうして様になっているし、仲間達も彼女のことをしっかり守ってダンジョンを進んでいく。今度こそ、そのうち会えるのだろうかと考えた。
『よかった。今度は死ななさそうだ』
そう安堵したのも束の間、少女はダンジョンから溢れた魔物に襲われ死んだ。ダンジョン探索から帰り街の宿屋で休んでいる時に他のダンジョンから溢れ出てしまったのだ。
魔物がすべて討伐されてた後には建物の残骸と食い散らかされたニンゲンだったものしか残らなかった。
そしてまた映像は始まる。
死ぬ。始まる。死ぬ。始まる。死ぬ。始まる。死ぬ。始まる。
『なんなんだ彼女は! どうしてこうも死ぬ! 少しずつ生きる時間は長くなっているが……それにしても死にすぎだろう!』
私は頭を抱える。今まで何度命を散らしてきただろう。何度同じ死に方をしただろう。だがそれで世界は変わらずまた繰り返す。そしてまた少女は死ぬ。
なんなのだこれは? 私に対する罰なのか? 神という存在は私に何をさせたいのだ?
幾度となく自問自答しても答えが返ってくることはなかった。ただ映像を眺めるしかできない、ただ喚くことしかできない私は何なのだ。
『また死んだ。もういい加減に…………なんだ?』
もはや数えるのも嫌になるほどの死を見ていた私は違和感に気づいた。死んだはずの少女の映像が終わらない。いつもはすぐに消えて、またすぐに始まるのだが……。まさか、ついにここで打ち止めなのか? と胸が掻き立てられるような焦燥感に襲われる。
その瞬間、私の目の前を少女の魂ともいうべきものがゆっくりと流れていくのが見えた。どういう現象なのか、それが何を意味するのか、そんなことは関係なく私は両手を伸ばしその魂を抱きしめる。
暖かさも重さもないそれはゆっくりと私の身体の中へと溶けそして消えていった。
『あぁ成程。そういうことか、持たざる者か』
何かに納得した私は片手を振るうと周りの闇を払う。弾ける様に散り散りになった闇は形を変えどこまでも続く草原を作り出した。
そしてもう片方の手を高く掲げると空に月を作り出す。大きな大きな満月と呼ばれる月。草原を照らす柔らかな光は魂の輝きによく似ているような気がした。
『ただ見ているだけでは意味がない。次からは与えよう。そうすればきっと……』
ふと脳裏に誰かの言葉がよぎる。
『なら俺と契約してくれよ。もし助けを求めるものがいたら、お前が俺の代わりに助けてやってくれないか?』
『……今のは?』
はて、あれは誰の言葉だっただろうか? 私が私としての形を得たのは少女の姿を模してからだが、それ以前から知っていたような、聞いた覚えのあるような、そんな言葉。
懐かしくもあるがそれ以上のことは何も思い出せない。だが確かに聞いた記憶がある。というよりも思い出したというほうが正しいか。
『助けて』
『……そうだ、そうだそうだ! そうだよな。うん』
草原に寝転がり月を見上げるとゆっくりと目を閉じる。今は何をどうすればいいかよくわかる。いや、思い出したというほうが正しいか。
身体の中へ溶けてしまった魂が熱くなる。
大丈夫、きっと次こそはうまくいく。
誰が仕組んだのか、何故そうなったのかはどうでもいい。
ただ約束は守らなければいけないよな。
優しく胸を撫でると、さっきまで熱く震えていた魂がすっと落ち着くのが分かった。
『ようこそ、異世界へ』




