もう一人のアイテムリンカー
『さぁ皆さま! そろそろお時間です! 旧年は終わりを迎え新年が始まりますよ! こちらをご覧ください! この日の為に街長が今年が始まったばかりの頃から注文していた――その名も《新年時計》です! うーん、壮観ですねぇ!』
本当にそう思ってるのかと疑わんばかりの顔でそう紹介するバーバラは、私達が食事に行った後もずっと喋りっぱなしだったらしく聞いている周りの方が若干疲れているように見える。
「名前ダッサ……あ、いや、それにしてもあの子凄いね? もう何時間も喋ってるんでしょう?」
「えぇ。バーバラは冒険者ギルドの《歩く風聞紙》と言われるほどのおしゃべり好きで、一度喋りだしたら中々止まらないの」
それを証明するかのように舞台上で延々としゃべり続けるバーバラは汗をかきながらも動きも喋りも止めようとはしない。なんていうか、ある意味ではもうスキルのようだなぁと思う。才能はスキル……なんてね。
『さぁさぁさぁ! 準備はよろしいですか!? では10秒前! 9! 8――』
「皆、今年はありがとう。来年もよろしくね?」
「はい。こちらこそ……来年もお願いします」
「来年もよろしく。いい年にしましょうね」
『3! 2! 1! ――新年、おめでとうございまぁす!!』
バーバラがひと際大きく声を張り上げると、今まで少し疲れの見えていた広場にいる人達もそんな事は忘れたと言わんばかりに声を上げる。
その熱気に驚いていると、ファリアも目を白黒させていた。
私はいつも病院で新年を迎えていたし、病院ではあまり患者相手に「あけましておめでとう」とは言わない。入院している相手におめでとうもなにもないという事なんだろう。何にしても私にはいつもの日常の延長でしかなかったけれど……。
今はこうしてイベントを楽しめているのはまるで漫画みたいなこの《異世界転生》のお陰なんだよなぁとしみじみ感じる。
ここが私の新しい世界、生きていく場所なんだとアリスやパスティの顔をみてしみじみと納得する。
「新年、あけましておめでとう」
そして、さようなら。ママ、パパ、お姉ちゃん。
空を見上げそう呟くとなんだかとても胸が軽くなった気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
男がひとり、ぼんやりとした明かりの中で酒をあおる。彼はマガリオッサ大陸で名を知らぬ者のいない大商人……だったが、今は身を隠し身近な者に運営を任せている。
それが無茶な飲酒の原因となっているのだが、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに手に持っていたグラスを机に叩きつける。
砕けたグラスを憎々しげに睨みつけると油でべたつく髪を激しくかきむしった。
「ぶふぅ忌々しい! 何故この私がこんな……全てあの貧乏人共が近くに居たのが悪いのだ!」
そう、彼こそがファリアの両親が死ぬきっかけを作った張本人であるガンドーという商人だ。
あの事件以来、彼はすっかり怯えてしまいこうして引きこもって酒を煽る日々を過ごしている。
「証拠はないはずだ……それに、ぶふぅ。それにあの場では変装もしていたし私だと気付く者はいない。それにあの時の同行した者は始末させたし私がマリオールにいた事を知っている者は他にはいない! 1年がたつというのに誰も来ない事を考えれば確実にバレていないのだ!」
彼はあの日、秘密の取引の為マリオールへと出向いていた。同行したのは彼の警護を任せている私設部隊の隊長とメイド。そして御者の3名のみ。メイドと御者は既に処分し、隊長には大金を渡してある。そしてその素早い行動が功を奏したのか、暴走した馬車の持ち主がガンドーだとは知られていなかったのだ。
「さて、それはどうかな?」
毒づくガンドーの背後から女性の声が聞こえる。
驚き転がるようにして椅子から飛びのいたガンドーの目の前に、黒い髪の小さな少女が不敵な笑みを浮かべて立っている。
その眼は金の色に輝き得体のしれない雰囲気を放つ少女は、ガンドーが今まで相手にしてきたどんな取引相手とも違う異質な存在のように思えた。
「だ、ダレだ貴様は!?」
「誰だ、と言われると困るが……そうだな、しいて言うなら《アイテムリンカー》とでも名乗ろうかな?」
「《アイテムリンカー》だとぉ? 何を訳の分からない事を――」
「時に! 私はアイテムとそのアイテムを使うにふさわしい人間を結びつけることを生業にしているのだがな? お前の悩みを解決してやろうと思いここまでやってきたのだ」
「わ、私の悩み、だと?」
「そうだ。1年前、とある街で馬車の下敷きにしてある夫婦を殺したな?」
「なぁ!?」
「誤魔化す必要はない。知っているからな。――そんなお前にこれをやろう」
少女は外套の下から一つの箱を取り出すとガンドーに差し出す。
それを見て彼の商人としての勘が「高価」なアイテムだという事を瞬時に見抜く。ガンドーは金の亡者だと揶揄される男、金に対する嗅覚はかの大商人アーレンにすら勝ると普段から豪語している程だ。だがその「勘」が、少女の差し出したアイテムに対する危機感を後回しにしてしまった。
「な、なんだそれは?」
「なに、お前の苦しみを解決してくれるアイテムだよ。お前も商人なら試しに鑑定でもしてみたらどうだ?」
少女は先程までガンドーが座っていた机の上に箱を置くと窓際まで下がり面白そうな視線を向ける。普段なら明らかに怪しい侵入者の言葉になど耳を貸さないだろうガンドーも、その嗅覚に反応してしまったアイテムの価値を知りたくてウズウズしていた。
恐る恐る箱へと手を伸ばすと《鑑定スキル》を使用する。
《救いの箱》
「なんだ……これはどんなアイテムなのだ!? もしや、ダンジョンから発見された新種の!?」
「さぁて。私もそこまではわからないよ。ただお前にはこのアイテムが一番必要だと感じたから譲った迄の事。効果は自分で使って確かめてみてくれ」
そう言うと少女は忽然と姿を消す。
ガンドーは何度も目をこすり辺りを見渡すがそこには自分以外誰も存在しない。まるで最初から誰もいなかったかのようだ。
「何者だ、あの女……だ、だが……ぶふぅ! このアイテムが高価なものであるという事は私の勘が告げている! どんな目的があったか知らないが早速他の奴に使わせて効果を――」
ガンドーの気分が昂るのに呼応して魔力がざわめき立つ。だがそれがガンドーにとっての爆弾のスイッチを入れてしまったのだという事を彼は知らなかった。いや、知りようがなかった。
「早いな。警戒して開けないと思ったが……ふん、所詮はただの成金か」
少女は雪の降り積もる森の中からガンドーの屋敷のあった場所を眺めている。
本来ならば贅沢を凝らした悪趣味な屋敷があったはずの場所は、大きく抉れた地面と漂う黒い煤しか確認できない。
呆れた様に外套のフードを被ると少女は森の奥へと進んでいく。
「本来ならもっと面白くなるようにしたかったが……何、これはただの遊びだからな。――お……新年か? はは、あけましておめでとう、だなぁ」
その言葉を残し、少女の身体は森の闇の中へと消えて行った。




