旧年祭と籠瓜のスープ
『さぁさぁ! 今宵も後数時間で《旧き年》と相成ります! そこでこのワタクシ冒険者ギルドの《麗しき薔薇姫》ことバーバラ=バーリラが特別なゲストをお呼びして盛り上げていきたいと思いまーす!! えぇと、ではまず最初のゲストはぁ――《夕焼け亭》の看板娘リンジーだぁ!!』
「何が看板娘だ!!」
「もう40過ぎてんじゃねぇか!!」
「リンジー!! 結婚してくれぇ!!」
「誰だどさくさに紛れてうちのカミさん口説いてんのは!? 殺すぞ!!」
ひとり熱烈なリンジーさんのファンがいるみたいだ。
「賑やか……」
「大丈夫ファリア? 寒くない?」
「はい。ただ、少し驚いただけ……」
「ファリア何か食べますか? あ、ほら! そこで何か珍しい物が売られてますよ!」
「いえ、アリス。気にしないで……こうしているだけで十分」
私はファリスを車椅子に乗せてアンパルの街の中を進んでいく。こんなこともあろうかとホイールに車椅子の試作を頼んでいて正解だった。
これだけは嫌というほど乗っていただけあって詳しく説明できたのは幸いだったと思う。絵を描いて説明すると僅か1日で作ってしまったのだからドワフ――もといホイールの才能には驚かされる。
しかし、今までどこに居たのかと思う程の数の人がそこかしこでどんちゃん騒ぎをしている。
確かにアンパルはそこまで小さな街ではないけれど、昼間に歩いていてもここまでの人は見たことがないんだけど……もしかして旅行客なのだろうか?
「人が多いねぇ。旅行客なのかな?」
「そうですね、《旧年祭》はどこの街も盛大に開催されてますから、毎年街を回って楽しむ人もいるみたいですよ」
「へぇー……あ、あそこパスティさんだ! おーい!」
手を振るとこちらに気付いたのかパスティが歩み寄ってくる。
いつもの冒険者ギルドの制服ではなく、黒と紫を基調としたカジュアルな恰好は普段の彼女とは正反対に見える。けど、私とアリスは例の恰好を知っているからか、むしろこちらの方がしっくりとくるような気もする。
「こんばんは、さくらさん。アリスさん。それと……貴女がファリアさんね?」
『私もいるぞ』
「あらディスペンザーも、こんばんは」
パスティは少し驚いたような顔をすると少し困った様に笑う。確かにディスペンザーは騒がしい場所があまり好きではないと言っていたから来ないと思ってたんだけど、今日は珍しく連れて行ってくれってアリスに頼んでたんだよね。やっぱり今日は魔剣にとっても特別な日って事なのかな?
「こんばんはパスティさん! その黒いシャツと紫のスカート、凄く似合うねぇ」
「ありがとう。さくらさんは……いつもの恰好なのね」
「へへ、他に服なくて……」
「じゃあ今度一緒にシュバリオンに買いに行きましょう? アリスさんもファリアさんもね」
「はい! お洒落な服、少しだけ気になります!」
「私は……」
「でも少し寒いね。取りあえずお店に入ろうか?」
「えぇ。いくらこの辺りが寒さ除けの結界が張られているとはいっても万能ではないものね。実は席は既に予約済なの」
「流石っ! 用意周到だね!」
談笑しながら目当ての店へと入る。いつも私達が集まって食事をするお店のひとつで、席数はそこまで多くはないけれど本当に美味しい食事を出してくれる隠れ家的なお店だ。
落ち着いた雰囲気の店内にはカウンター席が10席、5人掛けのテーブル席5席とアンパルでは少し少ないくらいだけど、店員さんは若い夫婦のふたりだけなのでこのくらいが丁度いいんだとか。
「こんばんはー」
「あらさくらさん、アリスさんも! いらっしゃいませ!」
「……いらっしゃい」
入るなり正反対のテンションで出迎えられる。このテンションの高い女性がマリナさん、このお店のウエイトレス。そしてテンションの低い男性がコックのノバル。ここはこのふたりが営む定食屋の《サッカ》。マガリオッサの郷土料理からヒントを得て最近人気になっているらしい。
まぁ私達はその前からの常連なんだけどね! この店は私達が育てた! なんてね。実際は物凄く美味しいから人気が出ているだけなんだけど。
「パスティさんが予約に来たから多分そうじゃないかと思ってましたよ!」
「まぁいつもこのメンツだもんね!」
「えぇ! けれど、今日は初めての方もいるんですね?」
「うん。この子はファリア、マガリオッサに住んでたんだって。まぁ彼女を連れてきたのは偶然なんだけどねぇ」
「へぇ、マガリオッサ出身ですか! こんばんはファリアさん、私はマリナ、出身はマガリオッサのファンクスっていう所なんですよ! あっちは旦那のノバルで同じくファンクス出身。ファリアさんはどこからこちらに?」
「あ、わ、私は……マリ、オール」
「マリオール! 都会だね! じゃあ今日は喜んでもらえるかもしれませんね!」
「え?」
マリナは自信満々に腰に手を当てて胸を張る。どうやら今日のおすすめ料理はマリオールにちなんだ物なんだろうなぁと察しが付く。そしてマリナがこのポーズをする時は間違いなく美味しいという事を私達は知っている。
「ではこちらへ! 椅子は一つどけておきますね!」
「うん、ありがとう!」
「よいっしょっと……ふぅ。しかし今日は最終日だというのもあってお客さんが多かったですね」
『……少し年寄り臭いぞアリス。座る時に掛け声など出して……』
「な!?」
「あらそんなことないわよ。疲れた時は声に出した方がいいんですよディスペンザー。フゥ疲れたって言うだけでも身体を休めなきゃって思えるんだから」
『パスティが言うと謎の説得力があるな。まぁアリスとパスティではねんれ――』
「死ぬ気かディスペンザァアアア!?」
以前年齢云々とか言ってパスティにへし折られそうになったことを忘れたのかこの魔剣は!
「そ、それよりもさぁ、今日はどんな料理があちょやめて! 折れるから! 折れちゃうから! 変な音出てるって!? どんな腕力なの!? アリス早くとめて!」
「私には、出来ません……!」
「なぁに笑い芸してるんですか! はい、今日のおすすめ! 籠瓜のスープですよ!」
慌ててパスティをとめているとアンナが笑いながら料理を運んでくる。まずは大体前菜から運ばれてくるんだけど、今日はまた一段と寒いからなのか温かいスープが出てきた。正直に言って凄く助かる。
「これ……」
「そう! マリオールで有名な《籠瓜》を使ったスープだよ! どう、向こうに居る時は何度か食べてない?」
「……母が、よく作ってくれた」
「そうなの? 味付けはお母さんとは違うかもしれないけれどこっちも美味しいはずよ! 何せファンクスは籠瓜の生産地としても有名なんだから! まぁ消費が一番多いのはマリオールだけどねぇ」
そう言うと木匙をファリアに渡す。確かにこのスープならファリアもお腹に入れても大丈夫だろう。これもまた偶然なんだろうけど、私達にとっては嬉しい偶然だ。
「じゃあ早速! 今年もお疲れ様でした! 来年もよろしくー!」
「よろしくお願いします!」
「ふふ、よろしくお願いしますね?」
「……」
全員でコップを軽く打ち鳴らす。ファリアは念のため水だけど、私達は《旧年祭》で好んで飲まれている《ビッシュ》というお酒を飲む事にした。
本当なら私は未成年なんだけど、こちらの世界では成人の年齢だから何の問題もないだろう。まぁ沢山飲む事はないけど少しは楽しみたいしね!
「~~~ぷはぁ! おおお凄い、なんかシュワシュワして冷たくて苦くて凄く瑞々しいね! なんて言っていいかわかんないけど美味しい!」
「ビッシュは《ビッシュの実》を加工して作るのですが、その過程で酒精が宿る際に何故かこのようにシュワっとした泡が発生するんだそうです。この泡のお陰で強い苦みが薄れて仄かに果汁のような瑞々しさが残るんだとか」
「なるほど、ビールみたいなものなのね」
「びーる? なんだか名前が似てますね」
「今年から作る量を増やしたそうだから、来年からは普段の日でも飲めるようになるかもしれないわね」
「へぇ、そうなんだ――ファリア? 大丈夫?」
ふとファリアを見ると、木匙で掬ったスープをじっと見つめている。その顔はスープを口に運ぶことに戸惑っているようにみえるけど……。
「もしかしてその籠瓜って言うの苦手なの?」
「そ、そうじゃない……ただ、昔を思い出して……どうしても、口へ運ぶことができない」
その手が段々と震えだす。
彼女に何があったのかは敢えて聞いていない。語りたくなれば向こうから話すんじゃないかとアリスが言うから聞いていないんだけど、様子を見るに想像よりもずっと辛い目にあってきたのかもしれないなぁと感じてしまう。
「飲みたくなかったら無理しなくてもいいからね?」
「飲みたい……けどどうしてだろう、手が……」
ファリアは何度も口へと木匙を近づけようとするがどうしても手が震えて言う事を聞かないようだ。
それを見かねたアリスがそっとファリアの手を包むと、木匙を受け取り代わりに口へと近づける。一瞬びくりと身を震わせたファリアだったけれど、恐る恐る、木匙からスープを一口啜ると驚いたように目を見開いた。
「これ……ママと同じ味……」
「あ、飲んでくれた? どう? 美味しいですか?」
「あ、うん。あの、どうして……味が……」
「味? ええと……ノバル! このスープの味付けって自分で考えたのー?」
マリナが厨房に向けて声を掛けると、そこからノバルが顔を出す。
「それは、ファンクスで籠瓜の料理を出している宿の女将さんに教わったものだ。あそこだ、ラックスのばあさんの……」
「あーラックスのおばさんかぁ!」
「ラックス……それ、ママが結婚する前の……」
「ん? そういえば……ラックスのばあさんには娘がもうひとり居たと聞いたな。なんでも商人の男と結婚したいと言って家を飛び出したとか……俺に教えてくれた時も娘が好きだった料理だと言っていた……」
「じゃ、じゃあこの味は……」
「もしかするとお前の祖母の味、お前の母もラックスのばあさんから教わっていたのかもしれないな」
一体何の話か分からず聞いていた私達は、突然大粒の涙を流したファリアを見てギョっとする。彼女は私達の所に来てから感情らしい感情を見せたことがなかった。
辛いとも、何が食べたいとも言わなかった。
だからきっと壮絶な体験をしたんだと私とアリスは考えていた。
その彼女が、まるで堰き止めていた水が決壊して溢れ出してしまったように、ぼたぼたとその両目から涙というにはあまりにも大きな水滴を零している。
ファリアはアリスから木匙を受け取ると、今も震える手で何度も何度もスープを口に運ぶ。涙が零れ落ちてスープに波紋をつくるけれどそんな事は気にせず、口の端からこぼれても拭う事もせず一心不乱にスープを頬張る。
普段の食事の時はどこか何かを諦めたような無関心さがあったけれど、今はただ食事を楽しむようなそんな雰囲気を感じていた。
「ほら、落ち着いてください。ゆっくり」
咽てせき込むファリアの背中をアリスが優しくさする。パスティとマリナ、そしてあの無表情のノバルでさえ驚いたように見ている。
私はというと、その姿に自分が生きていた時の姿を少しだけ重ねて見ていた。
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