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年の瀬

おはようございます。


Twitterでは報告させていただいておりましたが、先日、胃腸炎にかかりまして少しお休みを頂いておりました。

本日より更新再開いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします!

「さくら、彼女が目を覚ましました」

「……んぁ? あーしまった、居眠りしてた……どれどれ、話でも聞きに行こうかねぇ……」

「どうして老婆なんですか……」


 謎の女性を保護してから2日、意外と早く目が覚めたなぁとぼんやり考える。あの感じだと起きるのに時間がかかるかと思っていたけど相当に身体が強いのかちょっとびっくりするくらいの早さで意識を取り戻した。

 部屋の扉をノックするとディスペンザーが代わりに返事をする。「君が返事するの?」ってちょっと突っ込みそうになったけれど、まぁ彼女は起きたばかりでまだ喋れそうにないだろうし仕方がない。


『さくら、アリス、来たか』

「ご苦労様ディスペンザー。……こんにちは、私はさくら、この子はアリスでこの剣がディスペンザーだよ」

「……」

「ええと、まだ喋るのは辛いかな?」

「……」


 なるだけゆっくりと話しかけてはいるけど返事は返ってこない。何かを伝えようとしているような雰囲気は感じるんだけど。


『……どうも喋れないみたいだな』

「喋れない、かぁ」

『最初に話しかけた時酷く驚いてはいたがそれから声ひとつ上げない。身じろぎはするが発声に至っていない。長く身体を冷やした事による影響……もしくは劣悪な栄養状態。精神的な問題という可能性もある』

「その全て、って事もあるわけね」

『その通りだ』

「そんな……けれどこうして目が覚めたんですから食事をして休んでいれば言葉は自然と戻るのでは?」

「そうとも言えないかな。昔、こんな風に喋れない子に会ったことがあるけれど、彼は精神的な事が原因でしゃべる事が出来なかったんだよ。結局一度も喋っているのを見たことはなかったなぁ」


 ベッドの傍に置かれた椅子に腰かけると彼女の眼をじっと見る。何かを伝えたいという意思は伝わるけれど心が読めるわけじゃないから内容はわからない。けれどどこか濁ったような眼はまるで以前の自分を鏡で見ているような感覚だ。

 食事をしても太らない身体。眠ればそのまま起きることはないかもしれないという恐怖。他人に対する興味の消失。生きるという事への意識の欠如。

 そういった負の感情ばかりが流れ込んでくるような、そんなもやっとしたようなものを感じていた。

 思わず彼女の手を握る。

 驚いたようにびくりと跳ねるけど振り払うような力はないようだ。自分でもどうしてこんなことをしたのかわからないけれど、多分、目の前にいるはずなのにどこか遠くへと行ってしまいそうな気がしたんだと思う。


「とにかく、今日は何か胃に優しい物を食べよう。ちょっとずつ慣らしていこうね?」

「……」

「あ、そうだ。これ渡しておくよ」

「?」


 私はポケットから片手サイズの石板を取り出すと彼女の手に握らせる。


「これはね、魔力をこうして……って私は使えないんだった。アリス」

「はい。こうして魔力を使えば……ほら、文字が書けるんです」

「……」

「そうそう。良かったら名前を教えて欲しいなぁ」


 彼女は少しだけ戸惑うような表情をするとおずおずと文字を書き始める。


『ファリア』


 石板の表面にはそう書かれている。

 魔力が文字の形に光る。その字は少し震えて弱々しくて今にも消えてしまいそうだ。私が彼女の手を握ったのはこの文字のような雰囲気を感じたからなんだとつい頷いてしまう。


「ファリア! ファリアっていうんだね! じゃあこれからよろしくねファリア!」


 ファリアは不思議そうに小首をかしげるとまた何かを石板に書き始める。

 その字は自分の名前よりもしっかりと迷いなく書かれていく。


『どうして私は生きているの?』


 石板の上でぼんやりと光る文字にははっきりとそう書かれていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ファリアをさくら商店で保護してから1週間、もうすぐ年の終わりである《旧年祭》が始まる。

 どこの街でも3日間旧年を送る祭りを開催してどんちゃん騒ぎをしようというものらしくて、私達は今年はアンパルの《旧年祭》に参加することになっている。

 そして《旧年祭》が終わると今度は《新年祭》、と思いきや、新年は厳かに過ごすらしいと聞いてちょっと笑ってしまった。

 人間というのは何処の世界でもそんなに変わらないんだなぁって。


「彼女の容態はどうですか?」

「うん。ようやく自分一人でトイレに行けるようになったよ」

「早いですね……とても商人とは思えない」

「どうして私を見るのかな?」

「いえ別に」


 パスティはカップの紅茶を一口流し込むとふっと一息つく。その仕草はとても色っぽく、あの日の黒の《ボンテージ》のような軽装鎧を思い出してしまう。


「ところで、マスター・シリウスはまだ帰らないの?」

「えぇ。今はアニメール大陸に居ますよ。あちらにも冒険者ギルドを置くことになったので、ロレッタ王女と会合の為に残りました」

「そっか。なんか、もう長く顔を合わせてないような気がするなぁ」

「そうかしら?」

「そうだよ」


 私はパンケーキを頬張るとその甘さを堪能する。噛めば噛むほどじゅっと染み出してくるのはメープルシロップによく似た味のメリポールの果汁。メリポールは見た目はただのカボチャにしか見えないけれど、中には大量の果汁を含んでいて甘いものが好きな人に大人気の野菜らしい。


「それで、彼女はマガリオッサの出身だと?」

「うん。そう言ってた。だけどうちに来た理由はわかんないって」

「……ダンジョンの悪戯でしょうか」

「んー、そうでもないみたいだね。だって最後に居た場所は町外れの森の中らしいし」

「町外れの森、か。マガリオッサからここヒュマニオまでは最低でも10日はかかります。一瞬で移動したとなると、以前聞かせてくれた《聖女》と同一のスキルか、類似スキルの可能性もありますね」

「それも聞いてみたんだけど、そんなスキル持ってないんだって。まぁ、何か事情があって隠してるのかもしれないけれど」

「ますますわかりませんね」

「けどひとつ、気になる事言ってたんだよね」

「気になる事?」

「うん。なんか気を失う前に()()()()()()()っていうんだ」

「声を、聴いた?」

「うん」

「また変なスキルを覚えたんじゃ――」

「変って!? 覚えてないからね!?」

「どこかから変な装備を拾って――」

「ません!」


 私は大きく手を振って否定すると残りのパンケーキを口に運ぶ。

 パスティも冗談のつもりだったのか小さく笑うと紅茶を飲んでいる。

 けれど彼女がやってきた経緯は確かに気にはなるんだけど、もうこれ以上詮索しても何もわからないような気がするんだよねぇ。

 私のスキルに干渉できるのは今のところ《聖女》だけ。けどファリアは私が運んだと思っている。もう訳が分からないことだらけで頭が痛いよ。


「さて、そろそろ行きますね」

「もう? あ、《旧年祭》の準備があるんだっけ」

「えぇ。今年は冒険者ギルドもお店を出すそうですよ。アリスさんとファリアさんも連れて是非遊びに来てね」

「《年跨ぎ》の時はどうするの?」

「特に決めてないけれど……どこかで集まりますか?」

「ファリアの体調が悪くなければそうしよっかな!」

「私も挨拶をしておかないといけないものね。……それじゃあまた《旧年祭》で」

「うん! また!」


 パスティは紅茶の代金を机へと置くと店を後にする。よく見るとどうやら私のパンケーキのお金も含まれているみたいだ。今度は私がご馳走しなきゃね。

 パンケーキを流し込むように果実ジュースを一気に飲み干すとふと背中に視線を感じる。

 辺りをきょろきょろと見渡すと久しぶりに見知った顔が手を挙げてこちらに向かってくるのが見えた。


「あ! オーレンさん!」

「よぅ。久しぶりだなぁ」


 彼は気さくに笑うとさっきまでパスティが座っていた席にどかっと腰を下ろす。しばらく見ないうちに髪は伸び髭が生えていたけど笑顔だけはいつものままだ。


「最近見ませんでしたね? どこか行ってたんですか?」

「あぁ、ちょっと冒険者ギルドの依頼でエルフ国(レズンシール)へな」

「へぇ? なんでまた?」

「まぁそれは内密……とは言っても、俺が呼ばれるって事はダンジョン関連だよ」

「それもそっか」


 オーレンは苦笑いをすると鬱陶しそうに髭を触る。

 近くを通る店員さんにお茶を注文すると机の上の水滴を指で弄る。

 

「まぁ特に何か収穫があった訳じゃないからな。まだお前さんと行った《次元蜥蜴》の方が実りがあったよ」

「今や一大ブームだからねぇ」

「な。まさかあそこまでとは」

「そういえば今度アーレン商会がシュバリオンのロストホースに対抗して運送業に手を出すみたいだよ」

「あぁ知ってるよ。直接本人に聞いたからな」

「ん? 誰に?」

「だから本人――あー、言ってなかったか? アーレンは俺の兄貴だよ」

「マジで!?」

「そんなに驚くなよ、名前、似てるだろ?」

「あ、あぁ確かに!」


 オーレンは運ばれてきたお茶を一口飲むと苦そうに顔を歪め私の皿に残ったメリポールの果汁を流し込んでかき回している。

 

「まぁ俺の話はいい。所で、お前の所に獣人のお客さんは来てるか?」

「うん。1回だけどね」

「そうか。まぁこれからも増えるだろうからしっかり商売しとけよ」

「増える、のかな?」

「兄貴がそう言ってたよ。まぁあいつは商売に関してはビックリするくらい勘が鋭いからな。話を聞いておいて損はないさ」

「けどオーレンさんもそう思ってるよね?」

「……俺のはダンジョン屋としての勘だな。これからアニメールもマガリオッサも冒険者で溢れ返る。誰もかれもが一攫千金を求めてな。ダンジョンは人間以上に貪欲だ、その好機を逃すはずがないさ」

「貪欲かぁ、なんかダンジョンが生きてるみたいに話すんだね」

「生きてるさ。あいつらはな」


 残りのお茶を飲み干すとオーレンは机の上に代金を置いて立ち上がる。


「さてと、俺はこの鬱陶しい髪と髭をどうにかしてくるわ! 流石に伸びすぎだ」

「そのまま伸ばしておけばマスター・シリウスみたいになれるよ」

「げぇ……さっさと剃ってこよ」

「そんなに嫌なんだ」


 オーレンは笑いながら手を振って店を後にする。

 私も帰ろうとオーレンが置いていった代金を見ると、そこには私のパンケーキ代も含まれていた。


「ぷっ……2人揃って優しいなぁまったく」


 支払いを済ませると残ったお金でアリスとファリアにお土産のクッキーを買う。

 ファリアにはまだ早いかもしれないけれど何か楽しみがあってもいいよね?

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