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雪の中のファリア

 強烈な寒さがその小さな身体を容赦なく痛めつけていく。

 どうしてこんな事になったのか、と彼女は考えていた。手足はいつの間にか感覚を失い、それでも倒れまいと雪を掻き分けながら進んでいる。

 けれど身体を動かしているのが自分自身なのか、はたまた別の意思なのかはわからなかった。

 彼女は気が付いていないがただ死にたくないという意志だけが彼女の身体を動かしていた。


「ママのスープ……飲みたいなぁ」


 その言葉が最後の力を振り絞ったものだったのか、少女の身体は力なくその場に崩れみるみるうちに雪が少女を埋め尽くす。

  あぁ、どうしてこんな事になったのか。どうしてこんな事に。言葉だけが頭の中をぐるぐるぐるぐると駆けまわりまるで少女を責める様に響く。

 死を間近にしても自分自身を許す事のできない彼女の幻聴だが、それを判断することはもうできない。


 少女の名はファリア=ファイリース。

 《交易都市マリオール》で両親と共に商店を営んでいた。()()()()()というのは、既にその店がマリオールには存在しないからだ。

 彼女が17歳の誕生日を迎えた日、彼女の両親は命を落とした。

 ファリアの為に少し奮発して購入した贈り物を受け取りに行く途中、たまたまマリオールに来ていた商人が乗る馬車が暴走し彼女の両親を巻き添えに横転。その馬車の下敷きになったふたりは即死だった。

 ファリアの元に両親の訃報が届いたのは事故から2時間も経ってからだ。彼女はふたりが運び込まれた診療所へと駆けこんだが、そこには潰れてひしゃげた贈り物を抱きかかえた両親の変わり果てた姿だけが存在していた。

 しかし彼女の不幸はここから始まったのだ。

 彼女の両親を、事故とはいえ殺してしまった件の商人は身元が確認できるものを全て回収して逃げ出していた。すぐに衛兵らが手配を出したが、街での取引前だったこともあり結局商人は見つからなかったのだ。

 そして悲しみの中さらに追い打ちをかける様な出来事が彼女を打ちのめすことになる。

 持ち主を無くしたファイリース商店を買収しようとするものが現れた。《交易都市マリオール》ではその名を知らぬ者はいないと言われるほどの富豪であるバリオッシュだ。

 彼はあの手この手を使いファリアが店を手放すように仕向けるが、彼女はその意志の強さを持ってしてそれらの妨害工作に耐え店を切り盛りしていた。

 一度は諦めたかのように見えたバリオッシュだったが、最悪な事にとある貴族を味方につけ、以前彼女の両親が貴族から借りていた運転資金の一部が返済されていないと言いがかりをつけてきた。

 勿論そんな事はないとありえないとファリアは反論したが、当の貴族が見せた帳簿には確かに50万リムの返済漏れが記されていた。そしてその50万リムが数年で膨れ上がり今は1000万リムだという。

 両親が元気でも1000万リムなんて大金は簡単には出てこない。

 期限までに支払いできなければ土地も店も全て取られる。それだけは阻止しなければいけない。

 彼女は必死になって働いた。

 寝る間も惜しんで店を開け、24時間開いていることを売りに色々な事を試した。商品におまけをつけたり、ポーションを10本買えば1本を無料(タダ)にする。ポイントカードのような物を作り常連には値引きもしたし買取も力を入れ一生懸命にできる事をした。

 けれどそんな彼女はどんどんと周りから浮き、次第に人が離れていってしまう。瑞々しかった髪は栄養が足らずボサボサになり、眼の下には睡眠不足を通り越して入れ墨ではないかと疑う程の黒いクマが沁みついた。足取りもおぼつかず笑顔は引きつって顔に張り付いた。

 沢山買い物をしてくれた客の為に作った弁当はひとつも売れずたった一人で泣きながら弁当を食べた。しかし残った多くは異臭を放つゴミとなってしまう。

 最初は安いと喜んでいた客も慣れるとさらなる値下げを要求してくる。そのストレスからか彼女は更に病んだように仕事に没頭していく。

 そしてその姿を見て味方だったはずの商人仲間ですら彼女から距離を置き始めたのだ。彼らにしてみれば彼女の体調を心配しての事だったが、ファリアからすれば「そんな店さっさと手放してしまえ!」と全てが敵に回ったと錯覚する原因となった。

 結局はその通りなのだが、彼女にはそこに彼女を心配する声がある事に耳を傾けることができなかった。

 そしてある日彼女は意識を失う。呼び込み中に倒れ、両親が運ばれた病院に担ぎ込まれてしまったのだ。

 そして1週間意識を失っていた彼女が目覚めて一番初めに知らされたのは、彼女の店がバリオッシュの店になったという最悪の結果だった。


「悪いとは思うがなぁ、お前じゃこの店は活かせないからな。これからは我々が有意義に使わせてもらおう!」


 重い身体を引きづり店へと帰ったファリアは唖然と立ち尽くす。

 父が自分で作った店の看板は店の裏に、母が好きで店の前に飾っていた花の桶は枯れてゴミ捨て場に放置されている。

 両親との思い出が詰まった店はもうどこにもない。両親が死んで悲しむ間もなく死ぬ気で働いてきたファリアは、この日初めて取り返しのつかない喪失感を感じていた。

 それから彼女は街のゴミ捨て場で暮らした。街の知り合いは彼女を心配して何度も引き取ろうとしたが、そのたびに彼女は激しく暴れ抵抗する。虫のいい話だ、と思っていた。あの時助けてもくれなかったのに今になって手を差し出すなんて。

 1000万リムは高くてひとりの命の値段はもっと安いのかと思うと面白くて笑いが止まらなくなった。そんな狂った彼女を引き取ろうなどというものは居なくなりいつの間にか1年の月日が流れていた。


 そして今、痩せ細りあの頃の面影を無くした彼女は雪の中で静かにその生を終えようとしている。誰にも看取られず、誰からも必要とされず。

 

「ア、ハハ、……ようやく会える……パパ、ママ……ごめんねぇ」


 涙も凍り瞼が張り付く。

 なぜこうなったのか? 何がいけなかったのか? その答えはついに見つからなかった。しいて言うならば《()()()()()()》とも言えるだろう。

 だがその《運》は最後の最後で彼女を見捨てなかった。

 

「哀れだな。何もかも失い、それでもなお《(いのち)》にしがみつこうとする。無様で愚かだが、だからこそ放っておけないのかもしれない」


 かすかに聞こえた声はおかしくなった私の頭が訊かせた幻聴か?

 しかし暖かな手がファリアの頬を優しく撫でる。

 凍り付いた涙が解け、母に抱きしめられる夢を見ながら彼女は意識を失ったのだった。

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