番外編:決戦アニメール大陸 聖女の進軍
ここは赤き大陸アニメール。
乾燥した大地は農業には適さず、主に狩猟が生活基盤となっている終わりゆく大地。
この大地を変えようと、少しでも命を救おうと立ち上がった者達が居た。彼らはこの大陸ではない、他の大陸の文化や技術を持ち帰り死にゆく大陸を存続させようと試みた。
しかしこの大陸の覇者となった獣の王は、その想いを自身の思惑の為に利用していた。
現王ガルシュムは王として君臨してはいるが、その実、政などに興味はなくただ心ゆく迄戦いを楽しみたいと考える男だった。
民がどうなろうが自分が戦う場所さえ確保できればどうでもいい、命の数など手に持つ剣の数と何も変わらないとそう吐き捨てる男だ。
他国の文化などどうでもいい、いざとなれば侵略してしまえばいいだけの事。今回の陳情を許可したのは戦いに備え準備期間を置くためだった。
ただそれだけ。ただ少し、自分の思い通りになるように手を打っただけの事だったのだ。
そしてその王の願いは叶う事になる。
心ゆく迄戦う、その願いが。
「王! 謎の軍勢いまだ止まらず! 王都前方に展開した部隊は尽く敗走!!」
「馬鹿な……衰退したとはいえ武勇を誇った我らが都をこうも簡単に制圧する者が居るのか!?」
城の中はたったひとりの侵略者に怯え阿鼻叫喚のようだ。
そのただ中、王ガルシュムは椅子に腰かけ報告を面倒くさそうに聞いている。どれだけ規格外の力を持とうとも、この城を囲う城壁はそう簡単には破る事は出来ない。
失われた技術で作られたこの城壁は物理攻撃も魔法も通しはしない。城が消え去った後もこの城壁だけは無傷でこの場に立ち続けたという逸話があるように、まさに神の造りし異質なる存在。次元が違うのだ、とそう思っていた。
ずん、と城が揺れる。誰か鉱石砲でも使ったのだろうと考えていたが、事態はそんな生易しいものではなかった。
「王!! じょ、城壁がぁ!?」
「なんだと?」
傷つくことはないと高をくくっていた城壁に何があったのかと流石のガルシュムも立ち上がる。
飛ぶようにして城の外を見渡せるバルコニーに向かうと、そこにはまるで最初から何もなかったように更地となった城壁跡地が広がっていた。
「バ、バカな!? 何故城壁が消え去っている!? 後ろの家々は無事で……何故城を守る城壁だけが!?」
驚きに目を見開いたガルシュムは、城の前に立つひとりの女性を視界に収める。報告では海上都市へと未確認の高速船が15隻侵入し、その中から200名を超える兵士が現れすぐに港を掌握したと聞いている。
あんな距離に敵、しかも女の侵入を許したなど聞いてはいない。ガルシュムはその存在に驚き以上の何かを感じ取っていた。
「何をしている!! 城の前に立つ侵入者を殺せ!! 街への被害など考慮しなくてもいい!! 全兵力であの女を殺せ!!」
ガルシュムは狂ったように叫ぶ。野生の勘、とでもいうのだろうか。獣人族の多くが持つ直感を凌ぐほどの超直感。その能力が全ての力を動員してあの女を殺せと叫んでいる。
自分でも驚くほど猛り狂ったその声に心臓が異常な程高鳴るのを感じる。戦いの高揚感ではない、これは純然たる死への恐怖によるものだ。
数々の死線を潜り抜けたガルシュムがここまで死に対して恐怖したのは武神ローバイスと敵対した時以来の事だ。
眼下では多くの兵たちが女を取り囲み剣や弓で威嚇している。
人族の剣や弓とは根本から異なる、獣の筋力に耐えうるその武器は触れれば簡単に肉を裂き、矢が当たれば容易く貫通する。
そんな物に囲まれてその女は、銀髪の女はどこか旅行でも楽しむようなそんな愉快さを醸し出していた。
やがて緊張がピークに達し、しびれを切らした指揮官によって攻撃の指令が下る。
不可解な術で守りの要は消されてしまったが、相手はたかが一人の女、対して攻撃を仕掛けるのは500を超える精鋭たち。
いくらか倒されようとも数の暴力の前では屈強な戦士すら力を発揮できず逃げる事しかできない。そう、あの武神ローバイスでさえ数には勝てなかったのだから、ガルシュムは恐怖心を誤魔化す様に無理に余裕ぶる。
「手加減は致しますが、もし何かあってもお許しください」
怒号が響く中、その声は驚くほどにはっきりと耳に届いた。
次の瞬間、ガルシュムは自分の背中の毛が鎧を突き破ってしまうのではないかと錯覚するほど総毛立つのを感じていた。
剣を持ち襲い掛かった兵をまるで舞う様に触れることなく吹き飛ばす。その度に光の粉が空気中へと飛散し、迫る矢を尽く弾いていく。
ゆっくりと歩を進める女はまるで景色でも楽しむように、鼻歌交じりに城へと近づいてくる。
その度に10人以上の兵が地面を転がり、吹き飛んでいく異様な有様。
城からは50門にも及ぶ特大鉱石砲から驚くほどの数の砲弾が発射される。
が、砲弾が着弾する瞬間、まるで何かに受け止められるかのようにびたりとその動きを止める。運動エネルギーや慣性などという言葉は存在しない。まさにそこだけ次元が違うかのように錯覚する。
「なん、だというのだ……」
500以上の精鋭を蹴散らした後だというのに、女にはいまだに周りの建物を気にする余裕がある。
吹き飛ばした兵が家屋に突き刺さっているのを見ると、まるでゴミでも拾う様に右手に持つ杖の先で持ち上げそっと地面へと寝かせる。
戦場で、しかも他国へと侵略行為を行っているというのにあの余裕は一体なんなのか、とガルシュムは震える身体を抑え考える。
「あら、こちらにおられましたか」
「は――!?」
先程まで目を離さず城のバルコニーから見下ろしていた女の姿が消え視界を白い布が覆う。
身体が反射的に後ろへと飛びのき、呼吸が激しく乱れるのを必死に抑えようとするが本能がそれを許さない。
「お初にお目にかかります。私はイゼルナ。シュバリオン王国の《聖女》と呼ばれております」
「せ、聖女、だと?」
「はい。ふふ、少し恥ずかしいのですが……役職名だと思って諦めております」
「貴様、どうやってここに」
「ええと、バルコニーにお姿が見えましたので下から直接参上いたしました。失礼かとは思いましたが、こういう時ですしお許しください」
「……海上都市を制圧したと聞いたが、ここまでどうやって来た? あまりにも到着が早すぎるのではないか?」
聖女は不思議そうに小首をかしげると何かを思いついたようにぱんっと手を叩く。
「あぁ、はい。他の方々は後から到着予定です。私は一足お先に走ってお邪魔しました」
「走って……だと? バカを言うな! ここまで馬車でも5日、人の脚では10日以上かかる工程ぞ! それを――」
「そう難しい事ではありません。ようは身体の使い方です。私の国では装備の力とはいっても一日で大陸を走りきる商人が居りますし、時空を繋げて複数の扉を設置する商人も居ります。まぁどちらも同一人物ですが……ですから、私が同じ芸当をできたとしても不思議ではないでしょう?」
「それが《ダンジョン》の恩恵か……!」
「そうかもしれませんね。恩恵、呪い……どちらかはわかりませんが、意味のある事でしょう。ですが――」
悪戯をした子供のように笑うとイゼルナは自分の胸に手を当て染み入るような艶やかな声で呟く。
「私は生まれた時よりこのようにできております。装備やアイテムは関係ありませんわ」
「ば、ばけものめぇ……っ!」
吐き捨てる様にガルシュムが呟くと、聖女は一瞬キョトンとした顔をしてまた微笑む。
「化け物とは心外です獣の王ガルシュム様。私の心は人のまま……人を道具だと吐き捨てたことも、想いを踏みにじったこともありません。まして、同盟を結ぶはずの相手国に対して毒物で脅しをかけるなどそんな非道な事は致しませんわ」
「なっ!?」
彼女から発せられた気配に全身が強張り思わず膝をついてしまう。
それは今まで感じたことのない殺意、いやそんなレベルではない。ただの力の圧力、純然たる暴力の気配だ。しかしまるでその力が実態を持ったかのように空間を漂い空気を重くする。
その圧力が空気と共に肺から身体中へと駆け巡り心臓を握りつぶそうとする。
恐らくガルシュム程の手練れでなければ心臓が自ら鼓動を止めてしまう程の濃厚な死の気配。
ガルシュムは腰の剣に手を当てたまま激しく呼吸をしながら、苦虫を束で口に放り込まれたように顔を歪ませ歯をむき出しにして唸り続ける。
「拿捕した高速船の中に毒物の入った魔鉱石の樽がありました。たまたま居合わせた博識な錬金術師が解析しなければ危うく開けてしまう所でしたね。なんでも、水に溶け込めば数百年は生き物を殺し続け、大地に染み込めばいくつもの山々を草の一本に至るまで殺しつくす劇毒。その昔、数滴が持ち込まれただけで国が滅んだと言われる伝説の毒《毒沼の王》だそうで……」
「くっ、ぎっ!? きさま……! それを何故!?」
「我が国の王はそれをもってしてファルスオークが我が国に対して《戦争》を宣言したと判断しました。ですから私がここにいるのは侵略ではありません。我が国に対して、わが大陸に対して戦争を仕掛けるあなた方を《鏖殺》しに来たのです」
「くっひゅ! はぁ! はぁっ!」
這いつくばり、必死に呼吸をする。
聖女が言葉を発するたびに空気が重りとなりガルシュムの身体を強く押さえつけた。年老いたとはいえ、いまだ全盛期と言われるガルシュムの筋力をもってしても抗えない重力は周りの景色すら歪にゆがめてしまう程だ。
「……ですが、そんなあなた方を助けるため声を上げた者が居ました。覚えてらっしゃいますか? 101人目にして使い捨ての駒のように送り出された一人の姫君の事を」
「ぐぅうっ! はっはぁはぁ! は、はは! 名は何といったかな! 居たなぁそんな者も!」
「ロレッタ、ですわ。もう二度と、忘れないでくださいませお父様」
どこからともなく現れたひとりの少女は、床へ這いつくばるガルシュムを鎧ごといともたやすく拳で突き破る。
声も出せずに血を吐き痙攣する獣の王を見下ろすのは赤く光る瞳を携えた獣の姫。
その眼には今にも零れ落ちてしまいそうなほどに涙を溜めている。その涙は己の理想の為死にゆく父に哀れみでも感じているのだろうか。それとも、この下らない世界に殺された母と師の仇が討てた事を喜ぶ涙か。はたまた人の命を自分の道具のように弄んだ王に対する怒りの涙か。
もはや絶命した獣の王にそれを知る術はない。
そして獣の姫はその涙をこぼすことなく服の袖で拭うと、血にまみれた手を強く握り城を震えさせるほどの叫びをあげるのだった。
これにて番外編《獣の大陸》は終了となります。
ずっと考えていて早く登場させたかった獣人という存在、これからどう物語に関わっていくのか楽しみではありますが……まだ他にも書く必要のある国がありますので再登場は少し先になりそうですね。




