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番外編:元冒険者アリスと獣の国の姫 その⑧ 101番目の姫のもたらすもの

番外編:元冒険者アリスと獣の国の姫 その②にて、「ですが100年前、我々は再度この大陸へと赴き、人と今一度手を取り合う道を選択しました」というセリフがありましたが、読み返して間違いに気が付きましたので「ですが10年前、我々は再度この大陸へと赴き、人と今一度手を取り合う道を選択しました」へと修正しております。


どうぞよろしくお願いします!

「遠く不確実な旅だ。それでも行くというのですか?」

「アタシ達には後がありません。末席に甘んじ淘汰されるのを待つくらいなら最後くらいは自分の眼で世界を見たいのです」

「……ならば彼女を連れて行きなさい。姉妹のように育った仲ならば、遠い大陸でもきっと心の支えになるでしょう」

「よろしいのですか? 先生の身の回りの世話も……」

「なに、そこまで老いてはいない。私は座して動かぬ身、ならば友を必要とするのは先の道行に挑む者だ。だがあなたが表に立つのは真に信用に足る人物の前のみ、とされた方が良い」

「それは……」

「あなたは獣人王族の末席だが《獣の血》という一族に最も重要な要素は他の誰よりも強い。現王にさえ勝ると私は考えている。なればこそ、機会を伺い己の力を存分に奮えるその時まで、息を殺し牙を研ぎ澄ませ虎視眈々と狙うのです。それが獣の流儀」


 年老いた片腕の師はまるで孫をあやす様にアタシの頭を撫でると目を細め笑う。

 この大陸で彼ほど武術に秀でた者は他にはいなかっただろう。だからこそ常に戦線に常駐し、先陣を切り、こうして片腕を失ってしまった。

 獣人族は《力》を最も尊ぶ。そして力を失った者には厳しく、どんなに武勇を持つ者であろうとも立場を追われるのが当たり前の世界。

 アタシはこの下らない世界を壊したい。全てを壊し、価値観を根底から変えてしまいたい。今まで幾度となく虐げられてきた弱き者が武ではなく智によって競える、そんな国を作りたい。


「目的の為なら……いくらでも道化を演じてやるのです」

「そう。正々堂々と真正面から事を構える必要はない。注意深く己の立ち位置を見極めるのです」

「ありがとうございます。ローバイス先生」

「何、この老骨の最後の教え。あなたへと伝えられた事嬉しく思います」


 その顔は私の旅立ちを祝福してなのか、己の存在の証明を刻み込めた事への安堵なのか、またはその両方か。深い皺を湛えた傷だらけの顔をくしゃりと歪めて笑う師の最後の笑顔だった。

 旅立ちから3日後、年老いた師の命が尽きたことを知ったのは高速船の私室の中であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『ようやくハクサブルムだな。帰りは随分と時間がかかってしまったが……』

「本当……まさかここまで1週間もかかるなんて」

『まぁその内4日間は馬車が来なくて待機していただけだがな。あの僻地では普通はこんなものだろう』

「うーん……そういえば、ベリラダ様とロレッタはどうしてるかな? ちゃんと話し合い進んでいるかな?」

『さて……な』

「歯切れが悪いね?」

『いや、何と言うか。あの姫、というよりメイドか。妙に引っかかると言うか……』

「まぁ確かに可愛らしいよね。くりくりしてて」

『いや、そういう事では……』

「取りあえず一度領主の館を訪ねてみようか? 確かハクサブルムにいる間はそこに滞在しているって話だったし」

『そうだな。――ん?』

「――あれ? この感じ」


 今しがた話をしていた二人のうち片方の魔力を感じ後ろを振り返ると、そこにはベリラダが立っている。しかしその顔はつい先日まで見ていた毅然とした「お姫様」という表情ではなく、どこか落ち着いた戦士のような気迫さえ感じる。服装も動きやすさを重視した戦装束とでもいうのだろうか、この国では中々見ない独特の恰好をしている。

 その静かな気迫に思わずごくりと唾を飲むと、ベリラダはそれを察したのか慌てた様に頭を下げる。


「ア、も、申し訳ありません! 背後に立つとつい……」

「ベリラダ……様? 本当に?」

「……失礼いたしました。アリス様。是非「領主の館」へとおいで頂けませんでしょうか?」

「はい、丁度今から向かおうかなって……。あの、ロレッタは元気ですか?」

「……はい。その()()()()()がお待ちになっています」

「え、ロレッタ様?」


 それ以上何か会話をすることもなくベリラダは頭を下げると雑踏の中をするりするりと抜け領主の館の方角へと消えてしまう。その動きはまるで周りの人達が存在していないかのような、そんな独特の歩法だった。

 

「どういう事?」

『なるほどな』

「何?」

『つまり、私達は一杯食わされていたという事だ』

「あー、なるほど……」


 考えていても仕方がない。取りあえずベリラダの後を追う事にする。

 全ては彼女達から話を聞けば解決する事なんだし、ディスペンザーの言うように一杯食わされていたのなら何か理由もあるはず。

 まぁ例えそうだとしても、私と彼女達の間の契約には何の支障もない訳だけど……。



「アリス=ハルムスト様ですね? どうぞお入りください」


 領主の館へと訪ねると、すぐに領主の執事を名乗る男性が用件を聞きに現れる。

 簡単に事情を話すとすぐに屋敷の中へと通された。どうやら話が通っているのだろうか、驚くほどすんなりと面会室へと入る事が出来た。


「失礼します」


 待つこと5分、扉が叩かれ入室の挨拶が聞こえる。


「お待たせいたしました。アリス様」

「ロレッタ?」


 ベリラダに連れられ姿を現したのは赤い煌びやかな衣装に身を包んだロレッタだ。


「初めまして、というのもおかしな話ですね。改めてご挨拶を。アタシは――(わたくし)はロレッタ。ロレッタ=リー=ファルスオーク。ファルスオーク王国、王位継承順位101位。……ファルスオークの忘れ去られた王位継承者です」

「ロレッタが、お姫様?」

「お許しください。私の師の教えでメイドとして存在を偽り過ごしておりました。本当は、ベリラダが私のメイドであり、私が本来の姫なのです」

「どうしてそんな事を?」

「ご説明します」


 ロレッタは頭を下げると私の対面のソファーへと腰を掛ける。

 その姿は本当にお姫様らしく、以前のような少し落ち着きのない活発な少女と言った印象は微塵も感じられない。


「私が身分を隠しメイドとして過ごしていたのはとある理由からです」

「ロレッタ様」

「いいのですよベリラダ。アリス様は信用できる素晴らしいお方。アリス様なくしてアスタルス王との盟約はなりませんでした。報いるべきなのです」


 ロレッタは困ったように笑うとベリラダを制する。ベリラダはその顔を見ると彼女の気持ちを察したのか一瞬顔を曇らせはしたがそれ以上口を挟む事はなかった。


「私は101人目の王位継承者として現王に作られた王族の末端です。本来なら王位継承者はみな平等であるべきなのですが、やはり100人を超えると家柄や能力による差別も少なからず存在します。私の父は現王ガルシュムですが、母は城でメイドをしていたと聞いています。多少なりとも王族に近しい貴族ばかりの他の継承者とは違う、いわば例外中の例外。しかも母は私を生んですぐに血統唯一主義者である他の継承者の手の者によって殺害され……私はベリラダの祖父であるローバイス様に育てられました」


 淡々と語ってはいるが、その話はとても重いものだと思う。

 私も両親を早くに亡くしてはいるけれど、それは事故によるものであって王位継承権とかそういういざこざに巻き込まれたわけじゃない。

 産まれてすぐ母を殺され、それでもなお王族として過ごさなければいけなかった彼女のこれまでとは一体どんなものだったのか……そう考えると少し胸が苦しくなる。


「ローバイス様はかつて戦争で名を馳せた武人。その教えもあって私は王族として恥じることのない教養と能力を授けて頂きました。ですが、所詮は101人目の例外の姫。王位継承権などあってないようなものだったのです。――ですが、そんなある日私に転機が訪れました。私を含む数人の者に密命が下ったのです」

「それが……」

「はい。他国との同盟、戦争以外で生きる術を持ち帰る事。そうして使い捨てと揶揄された私が一番初めに国より出され、この大陸へとやってきたのです」

「そんな理由があったんですね」

「はい。そして身分を偽っていた理由ですが……そんな私の存在をよく思わない者達が居たのです」

「血統唯一主義者」

「そうです。幸い、私はローバイス様とベリラダのお陰で徹底的に秘匿されて暮らしてきました。密命が下された時の謁見時、王でさえ入れ替わってくれたベリラダが私ではないとわからなかった。密命を受けてから明らかに私の周りは騒がしくなりました。暗殺者が差し向けられた事も一度や二度ではありません。なので、そんな理由もあって時が来るまで徹底してメイドとして過ごすように教育されてきたのです。ですが、もうそれも終わりです。私はファルスオークという国を壊し、新しい……力だけで支配されない国を作りたい。そう思い、こうして姿を現しました」

「国を壊す……」

「はい。その算段は付きました。そしてアスタルス王にも事情を説明し協力いただけることに……ですので、最後にこうしてお世話になったアリス様にご挨拶をと思いお待ちしておりました」

「そうでしたか」


 ロレッタは頭を下げると改めて礼を言う。


「アリス様のお陰でアスタルス王との盟約もなり、私の目標に向けて歩みだすことができました。幼い頃から諦めかけては手放せなかった夢、例え叶わずに命を落とすことになっても悔いはありません。本当に、ありがとう……ございます」


 その声は震え、俯いた目元からはぽたぽたと涙が零れ落ちている。

 その姿を見て、彼女も私達と同じなのだと思った。

 何度も挫折を味わい、命さえ失う危険の中で唯一手放せなかった夢や希望。冒険者と姫では立場も背負うものも全く違うけれど、それでも私は彼女の背中を押してあげたいとそう思った。

 きっとアスタルス王も、自分と似た境遇の彼女を損得勘定とはまた違う部分で見ていたのだろう。でなければ彼女を全面的に支持し、ある意味ではクーデターとなる行為に加担する筈もない。もしかしたら何か他の理由もあったのかもしれないけれど、少なくとも技術や物資を渡すことを良しとしている。

 いや、彼女の後ろ盾に着いたのは、今の獣の王では例え技術を持ち帰っても国をよりよく治めることはできないと考えているからかもしれない。人の心を無視し使い捨てにするような、そんな愚かな王について来る者などどこにもいないのだから。


「これから、どうされるんですか?」

「実は今、ドワフ国からお抱えの鍛冶師が派遣されてきています。彼らが港で足止めした他の継承者の高速船を拿捕し解析しています。驚いたことに、数日中には簡易ですが高速船が10数隻完成するそうで……」

「なるほど。ほかの継承者の方達は?」

「すでに保護しハクサブルムへ向かって頂いています。私がこの国とドワフ国と盟約を結んだことで、他の継承者にはもう価値がなくなったと判断され処分されてしまう可能性もありましたので……」

「そうですか」

「彼らも……王の都合で作られた私の兄弟姉妹。簡単に切り捨てることなどできません」

「ふふ、本当にお姫様だったんですね。初めてあった頃とは大違いです。凄く凛々しくて」

「はぅ……本当にその節は……」

「アリス様、私からもお礼を。あの時は、飴をわけて頂いてありがとうございます」


 隣で主人と同じように頭を下げるベリラダは、もうすでにロレッタの護衛としての職に戻っているのか気取った様子もなく自然体だ。


「ベリラダさんも、そっちの方が素なんですね」

「お恥ずかしいです。任務とはいえ私が姫の役など……こうして質素な服で剣を握っている方が性分としては落ち着きます」

「ロレッタ様はどっちがいいですか?」

「そ、そうですね! やはり私もメイド服のような格好の方が……って、もうそれじゃあダメなんですよね!」

「ロレッタ様……」


 呆れた様に笑うベリラダと私を交互に見て慌てた様に耳を動かすロレッタ。

 やっぱり私はこっちのロレッタの方が好きだな、と思った。

 彼女が好きな自分でいられるように、そんな国になるように、私はこの遠い大陸から祈っている。直接力を貸すことはできないけれど、きっと人の心を大切にしてくれる王様の方が今よりはずっといいはずだから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 獣の大陸アニメール。戦いで疲弊しきった大地に息づく命達は圧倒的な災害と見間違うほどの「力」にただ目を奪われていた。

 たった一人の女性が踊るように放つ魔力の光は美しい軌跡を残しながら愚かな王が作り上げた自分だけを守る檻を撫でる様に粉砕していく。

 彼等は後に知る事になる。

 何でもないように重厚な城壁を破壊しつくした美しい女性が、かの大陸で《()()》と呼ばれているという事を。

少し長かったですが、番外編アリスの章はこれにて終了です。

この後は何故アスタルスがロレッタやベリラダに協力したのか等を解き明かしながら一話だけ向こうの大陸の話を書いて番外編は終わりとなります。


どうぞよろしくお願いします!

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