番外編:元冒険者アリスと獣の国の姫 その⑦ アリスと幼馴染と魔剣
「……こ――ゴホッ、ここは?」
瞼を開くとそこは記憶にない部屋の中。
身体を起こそうとするが、まるで全身に鉄で重りをつけられた様に身動きが取れない。
「眼が覚めたかい?」
「……だ、だれ」
何とか首を動かすとそこには子供の頃に何度もお世話になった懐かしい顔が微笑みながら座っている。
「ダリントン、先生?」
「無理して喋らなくても大丈夫だ。さぁまずは状況の説明をしようか」
ダリントンは無理に身体を起こそうとする俺を止めると、その背中に布団を丸めた物を押し込み身体を起き上がった状態にする。
いまだに何が起こったのかわからない俺は自分の身体が驚くほどに痩せ細っていることに動揺を隠せなかった。
「さて、じゃあまずはなぜこうなっているかだが……《錯乱の洞穴》に挑んだことを覚えているかい?」
人肌のぬるめのお茶を差し出しながらそう尋ねるダリントンはかなり気を使って質問しているという事が分かる。
そしてこうなっている原因も全てが「あの事」に起因していると察すると身体中の力が抜ける。
「そうか……」
「覚えているようだね。君は、いや、君達はアリスに連れられてここに戻ってきた。その時にはもう正気を失い、全員が錯乱しそのままここで預かる事になった」
「アリス……そうだ、他の皆は?」
「大丈夫、今頃全員正気を取り戻しているはずだ。他の3人は君に比べればずっと症状は軽いよ」
「3人……アリスは?」
「彼女は半年以上前に村を出ていた。恐らく君達を元に戻す為に。まぁそこは彼女に聞いてほしい」
「アリスが……」
「そして君達をこうして正気に戻せたのは彼女のお陰だよ」
ダリントンが片手でポーションの空き瓶を掲げる。
「さて、食事の前に話を終わらせよう。君たちがここに戻ったあと、アリスは単身姿をくらませた。それが半年以上前……そして今日の朝、彼女はこのポーションを持って戻ってきたんだ」
「そうだった、のか」
「まぁ端的に言うとこれで今までの経緯は話し終えた。本来ならまだここで寝ていてほしいんだが……ここは臨時の病室でね。今から皆のいる部屋へ戻るよ。詳しくはそこでアリスに」
「わかったよ先生」
そう答えると扉の外から入ってきたシスターと3人で俺を押し車のような物に乗せ部屋を後にする。
「アーネスト! 無事だったのね!」
全員が待っているという部屋に入ると、一番にエミーナが駆け寄ってくる。
その足取りはしっかりしていて、まるで俺とは違う事に驚いてしまう。
「彼女は身体的には問題なかったからね。少し幼児退行の症状がみられたが走りまわって遊んでいたことが良かったのかもしれない。フェルムスとエルクは消極的行動がみられたから少し痩せてしまったが……何、君ほどじゃないさ」
「そうだよアーネスト。まるで枯れ枝のように細くなって……」
「あぁ。……という俺も、随分と力がなくなってしまった」
エルクとフェルムスが苦笑いしながら身体をさする。確かに、ふたりとも細くはなってしまったが俺ほどではないだろう。何せ歩く事すらできないんだからな。
「アーネスト」
不意に後ろから声を掛けられる。
なんとか首だけを後ろへと向けようと頑張るが、それすら許されない程に身体を支える筋力が衰えているらしい。
だがその声は懐かしくて涙が出るような、ほっとするようなそんな感覚を感じさせてくれる声だ。
「アリス!」
エミーナが泣きながら駆けだしていく。
ダリントンが気を利かせて押し車をその場でくるりと回すと、そこにはあの頃と何も変わらない優しくておせっかいな幼馴染が笑顔で立っていた。
「おかえり、皆」
その時自然と涙がこぼれる。
恐らく全員が同じような感情を抱いていただろう。
アリスはそれを察してか、ただにこりと笑顔を返してくれるだけだった。
「どこから説明しようかな……」
俺はベッドに寝かされ、他の4人はベッドに腰かけて座っている。
アリスが少し困った様に頭を掻くと今までの事を簡潔に話し始めた。
俺達が《錯乱の洞穴》で出会ったサキュバス――いやサクラという少女が俺達を助けるためにアリスに特殊ポーションを託してくれた事、今はそのサクラの開いた商店で店員として働いている事、俺の身体が必要以上に痩せ細ってしまった原因。
それらを聞いて、俺達がいかに奇跡の上で生かされてきたのかを痛感する。少しでもアリスが到着するのが遅かったら、ポーションを持ちこんだ錬金術師が他へ売り込んでいたら、そしてサクラが俺達の事を気にかけてくれなかったら……そう考えると後悔の念で胸が押しつぶされそうだ。
「俺は……あの時、正気じゃなかったとしても、あの少女に剣を向けたんだ……。もう冒険者としては、いや……人としても顔向けができない」
「そうだな……副リーダーとして止められなかった俺にも原因はある」
俺とフェルムスはお互いに視線を合わすと力なく項垂れる。
「それなら私もだよ」
アリスはそう言って気遣ってくれるが、そのアリスに命令したのは他ならぬ俺自身だ。フェルムスも副リーダーではあるが、あの時は止められるような雰囲気じゃなかったし他のふたりも同じだろう。
結局、俺は自分が憧れた冒険者からただの犯罪者に身を落としてしまったんだ。そう考えるともう2度と剣を握って戦うことはできない。そんな気持ちにはなれない。もしかしたら皆も……。
「けれど今私はさくらと一緒にいる」
力強く言い放ったアリスの顔を全員が凝視する。
その顔は、以前までのどこか流される様な意志の弱さを感じていた過去のアリスのものじゃない。自分の意志を強く持って誰よりも先に進む事を望む戦う者の顔だ。
『サクラは言っていた。アリスが仲間と共に冒険者に戻りたいと言ったら力を貸してやれと』
「だ、誰だ!?」
『サクラは、お前達が迷惑をかけた少女は、お前達が冒険者として再起することを願っている。そして少しでも誇れるように歩む事を願っているぞ。お前はどうする? アリス=ハルムスト』
どこからともなく聞こえる声はアリスに全ての判断を委ねるような、そんな優しくも厳しい口調で訪ねる。しかしアリスの顔からは動揺も、迷いも感じることはない。
「それでも私は彼女の傍に居る。例え邪魔だと言われても、私は彼女の傍にずっと居たい」
『――だ、そうだぞお前達。まずは冒険者として復帰して、それから行いを正せるように努力してはどうだ?』
「だ、誰だか知らんが……俺にはもう冒険者として戦う意思は……資格はないんだ」
『確かに大なり小なり間違いは犯しただろう。だが、そこにお前の意思が介在したかはわからない。《錯乱の洞穴》はそれだけ攻略困難なダンジョンなのだ。……それにな、間違いを犯したと言うなら私もそうだ』
「お前は、一体誰なんだ?」
『私は魔剣ディスペンザー。アリスの腰に下げられている剣だ。そして、一度はアリスの命を奪おうとした呪われた魔剣でもある』
「ディスペンザー……」
魔剣は語った。
「自分」という存在を持たなかったが故に、今まで多くの命を散らしてきたと。剣なのだから仕方がない、とフェルムスは言ったが魔剣はその言葉を肯定しつつも納得はしなかった。
『そうだな。剣なのだから使われて当たり前、だがそれならば私は言葉を話す意味はない。物言わぬただの剣でいい。最初は利己的な都合で生きながらえた。しかしサクラやアリスと生活を共にするうちにそれは間違いだったと気が付いたのだ。……人には感情がある。合理的でない判断をすることがあるだろう。だからと言って全てを償えない訳じゃない。だから私は生かす剣になろうと決めたのだ。少なくとも私はアリスを守るために存在しようと』
「そんなこと考えてたんだ……」
『ずっと考えていた。人間を観察していた。恐ろしく醜いものは既に見た。そしてあの日から美しいものを見続けた。そうして私は美しいものを守りたいと考えたのだ。それが我が兄、ブルームの願いでもあるのだから』
俺はその言葉に心を揺さぶられる。剣でさえ行きついた己の在り方に衝撃を受けたのだ。
だがだからと言ってすぐに何もかもを受け入れる事なんてできない。人間には切り捨てられない「弱さ」があるのだから。
だがそれすらも魔剣は見透かしたように言う。まるで心を読んだかのように。
『だが人は合理的にはなれない。それはさっきも述べたとおりだ。だからこそ話し合うんだ。アリスもお前達も、これから先の事を』
そうだ。何も今すぐに決める訳じゃない。俺達には幸いな事に先を見るだけの時間がある。
間違いを正すための時間は沢山あるんだ。
「そうだな。俺は……まずは身体を元に戻して……それから、そのサクラという少女に謝りに行きたい。そこから先はその後に考えたいな」
「あぁ。俺も賛成だ」
「異論ないよ」
「私も! アリスがお世話になってるならお礼も言いたいし!」
「みんな……」
魔剣の言葉に背中を押されて、少しだけ背負っていた苦しさが軽くなる気がした。
アリスも心なしか穏やかな顔をしている。彼女はひとり正気を保ったばかりに、俺の間違った判断を自分の罪として思い悩んでしまっただろう。だけどそれも今日で終わりだ。俺は俺の罪を償う道を探すことができる。
フェルムスもエルクも、そしてエミーナも。全員が先の事を考えて歩もうとしている。
痩せ細り疲れ切っていた身体に力とはまた別の活力のようなものが漲るのを感じる。これが生命力というものなんだろうか、と思うと感慨深い。
今まではそんな事感じもしなかったのに、死と隣り合わせの挫折を経て初めて人の在り方を学ぶなんて……やっぱり俺は天才でも何でもなかったなと自嘲気味に笑う。
皆もつられたように笑うと、それそれが胸に秘めた思いを話し始める。
『もう一度生きる』
それが俺達に課せられた命題だとしたら、俺はもう二度と間違いを犯さない。
そう強く胸に誓い仲間達の顔を見渡した。
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遥か先の世、伝説となった冒険者パーティが残した言葉がある。
『命の中にある想いを信じろ』
意味を理解しているものが果たしてどれだけ存在するだろう。
彼等と同じ境遇に陥ったものなら或いは……いや、それでもなお彼らの気持ちは理解できないだろう。
それは己の中にある「当たり前」の答えであり、一生を賭けても辿り着くことのできない真理でもあるのだと学者は言った。
だけどこれはそんなに難しい言葉だろうか? 誰もが当たり前のように持ち合わせ、だけど気が付いていないたったそれだけの事じゃないんだろうか?
本当の意味は誰にもわからないまま、ただ言葉だけが大層な意味を持ったように広がっていった。
次回の話で「アリス編」は終了となります。
「聖女無双」を一話書いたのち通常更新へと戻りますので、どうぞよろしくお願いします。




