番外編:元冒険者アリスと獣の国の姫 その①
おはようございます!
本日よりアリスを主人公にして少しサイドストーリーを書いていきます。
とはいっても今まで何度も視点の変わる事はあったので、それと特に変わりがある、という事ではありませんが、アリスが出会う人達が今後どう関係してくるのかという大事な場面なので「番外編」として書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
『ところで、そのアーシェという村へはどれくらいかかるのだ?』
平原の街道を歩いていると、腰に下げた片手剣が興味深そうに尋ねる。
色々な所を前の持ち主と回った経験があっても、村のような小さなところはあまり行ったことがないらしく、朝からこの調子で村の情報を仕入れようと少しうるさいくらいに話しかけてくる。
「そうだなぁ、まずは一度ハクサブルムへ行って馬車に乗らないと。ここから街まで徒歩で3時間くらいだから、お昼には馬車に乗れるよ。ただアーシェ村まで出る馬車があれば、だけどね」
『本数が少ないのか?』
「んー、というよりもある程度まとまった人数が揃わないと馬車が出ないんだよ。だから私達は行商人の馬車を護衛するからっていつも乗せてもらってたんだけど……今は《ロストホース運送》があちこち走り回ってるから行商人が出てるのかどうかも怪しい」
『どうせならサクラに連れて行ってもらえばすぐだったのではないか? 一日店を休めば十分に行って帰る事が出来ただろう』
「多分、私に休暇をくれたんだと思うよ。最近少し落ち込み気味だったから」
『……すまんな、私にはあの時止める術もなかったし、何よりも止めるべきだという気持ちもなかった』
「ごめん、責めてるわけじゃないの。勿論それだけじゃないから、あんまり気にしないで」
『あぁ』
責めている訳じゃない。彼は言葉こそ話すけれど剣である事に変わりはない。確かに拒否すれば抜けないなんて芸当は出来るらしいけれど、それは強い意志があってこそで、その意思が芽生えたのがさくらと出会ってからだとすればそれ以前の事については何も言えない。
剣を使って人を殺したら斬れる剣が悪い、という人もいるけど、人を殺せるものを人に使った事が一番悪いんじゃないかと私は思うから。
『――なんだ? 前方に大型の馬車が停まっているな』
「うん、おかしいね? この辺りはあんな貴族の馬車が来るような場所じゃないんだけど」
『盗賊、でもなさそうだ。周りには護衛の姿も見える』
「なんだろう、近づいても大丈夫かな?」
『では私のスキルを使うか。《ハイディングコート》』
突然背中に重力を感じたかと思うと、透明な布のような物が身体を覆う。それが魔力と空気を混ぜ合わせたものだとわかるのにそう時間はかからなかった。
「凄い、これ《偽装スキル》なの?」
『そうだ。魔力と空気を混合し辺りに溶け込むように調整している。お前程の魔力感知の能力を持っていれば違和感を感じるかもしれないが、普通はそう簡単に見破れるものではない。因みに音も遮断するから大声を出さなければ問題ないぞ』
「すっごい万能……あ、なんだろ、護衛達が一か所に集まってるね?」
『要人がそこにいると教えているようなものだな。さて……む、貴族の娘か?』
「そうみたい。うずくまって気分が悪そう……馬車に酔ったのかな?」
『だろうな。どうする、無視して通り過ぎるか?』
私はうずくまって浅く息をする青い顔の少女を見る。
どうやら相当に馬車酔いが酷いらしく、その顔は今にも嘔吐してしまいそうだと言わんばかりの蒼白さだ。
傍で心配そうに背中をさするのは少女よりも少し年上だろうか? メイド服のようなものを着たふわふわとした栗毛の髪の少女がどうにかしようと右往左往している。
しかし、周りの護衛はそれを退屈そうに眺めるだけで気にする素振りもない。これが大貴族相手なら帰りついてすぐに全員の首が物理的に飛ぶ可能性もあるんだけど……。
「あっ――そういえば、さくらから以前貰った《酔い覚ましの飴》があった」
『ううむ……関わらない方がいいと思うが』
「けれど、あのままじゃいくら何でも可哀そうだよ。女の子だし、吐いてる姿は人に見られたくないと思う」
『……まぁお前の判断だ。好きにするがいい』
「ありがとう」
こっそりと馬車の後ろへと回ると《ハイディングコート》を解除し思い切って声を掛ける。
「あのー、どうかしましたか?」
「な!? 何者だ!」
護衛のひとりが持っていた剣をこちらへと向けると、緩み切っていた空気が急に引き締まるのを感じた。手を抜いてはいても一応は仕事はするんだなぁと少しだけ見直す。
「いえ、私ダンジョン帰りの冒険者なんですが。たまたま道の真ん中で大型馬車が停まってるのが見えて何事かなと思って――」
「貴様には関係ない事だ! それ以上近づけば即斬り倒すぞ!」
『フン。実力を測れない程度の力で何を……』
「こらっ! え、ええともしかして馬車酔いですか? なら私いい薬持ってますよ?」
「関係ないと言って――」
「本当ですか!?」
護衛の男を押しのける様にして前に出たのはメイド服の少女。
近くで見ると栗毛の髪が所々くるくると巻いていて凄く可愛らしい印象を受ける。大きな丸い目に困ったような太めの眉毛がまるで子犬のようだと感じてしまった。
「はい。心配なようなら何かで判別して貰えば――」
「アタシはロレッタと言います! アタシには毒が効きませんので先に毒見をさせてもらってもいいですか!?」
「え、えぇどうぞ」
《次元蜥蜴の鞄》から飴の入った袋を取り出すとロレッタという少女に手渡す。
周りの護衛が一瞬殺気を放ったが何事もなく袋が彼女の手に渡ると少しだけ雰囲気が軽くなる。
「では……ぅうっ!? こ、これは――」
「酸っぱいでしょう? レムンの汁と数種類の薬草を合わせてるんです。苦味を消すために少し酸っぱめの味付けに。ただそのお陰で小さな飴でも十分に効果がありますよ」
「あめ、アメというのですね! 確かに胃の中がすっきりします! うん、毒も入ってません! さぁお嬢様この小さめのものを……」
ロレッタは少し涙目になりながら小さな飴を蒼い顔をした少女の口元へと近づける。
少女がぱくりと飴を頬張ると途端に驚いたように目を見開き、みるみるうちに涙が目にいっぱい溜まっていく。どうやら二人とも酸っぱいものは苦手らしい。
だけど段々と顔色は良くなっている。
「ど、どうですか?」
「……凄い、嘘どうして? さっきまでの気分の悪さがあっという間に……」
「よ、良かったですぅ……!」
ロレッタが安堵したように息を吐く。
その瞬間、もふもふとした髪の中から人間には本来生えていない物がぴんっと飛びだす。
「え? 獣の耳?」
『ほう獣人か? 珍しいな』
「ロ、ロレッタ!」
「はう!? やってしまいました!」
必死にその飛び出したものを髪の中へ隠そうと頭をわしゃわしゃとするが、残念ながら自己主張の激しいそれは手が触れるたびにピコンピコンと立ち上がり続けている。
「ええと、それは……」
「はうぅ……」
「……」
護衛は呆れた様にため息をつくと剣を仕舞う。
ロレッタは恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると両手で頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。この大陸で獣人を見るのは初めてで私も少し動揺している。
「……冒険者様、酷い馬車酔いで困っていたところを助けていただきありがとうございます。私はベリラダ=リー=ファルスオーク、ここより遠く離れた海の向こうのファルスオーク王国より視察のためこちらに伺いました。これよりハクサブルムへ向かうのですが、よろしければ馬車の中でお礼も兼ねてお話をさせていただけませんでしょうか?」
「ファルスオーク……え、あの獣人の国の!?」
私が驚いて尋ねると護衛の中から舌打ちをする音が聞こえる。
さっきからこの護衛達、主人の前だというのに態度が悪くないだろうか?
『どうやらこの護衛はシュバリオンの騎士団のようだな。剣の柄を見ろ、紋章が刻まれている』
「本当だ。じゃあシルヴィアさんの……」
騎士団長の名前が出た瞬間、護衛達がギクリと肩を震わせた。
中にはこっそりと顔を隠す人もいて、どうやら彼らなりに「問題行動」をしているという自覚があったらしい。
私は一番偉そうな雰囲気の男性の顔をじっと見ると、意地悪くニヤリと笑ってやる。
彼は引きつった笑みを浮かべたまま顔を背けてしまった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「良かったですわ。ではどうぞ中へ」
特に何も考えずにベリラダに促されるまま馬車の中へと乗り込む。
……もしここで断って歩いて帰っていたら、この先起こる出来事はどう変わっていたのだろう?
今までさくらの事を散々「トラブルに巻き込まれる人」と言ってきたが、まさか私自身がこれから前代未聞のトラブルに巻き込まれるとは思いもしなかった。




