アリスの悩みは決して単純なものではない
「ほぉ~これがその新型ポーション」
「はい、どうして買取価格が10万リムになるのかわからなくて……。何かわかりますか?」
「うん。わかんない」
「ですよね……」
さくらはポーションを光にかざしたり振ってみたりと色々しているけれど特に効果に関してわかったことはない。よく考えればわかる事だけど、私もさくらも《鑑定スキル》を所持していないんだから当たり前ではあるけれど。
「よし、じゃあミリアナのところに持って行ってみようかな?」
「そうですね……しかし《鑑定スキル》は必須ですね。ふたりとも持っていないのが悔やまれます」
「まぁねぇ。私の魔眼では鑑定は出来ないし……RPGみたいにそう上手くはいかないかぁ」
「RPG?」
「いやいやこっちの話ね」
さくらは苦笑いをするとポーションを持って出かけていく。ミリアナには私自身も何度かあったことがあるけれど《錯乱の洞穴》を通れるさくらが行くのが一番早いので基本的には鑑定を頼むときはさくらが出かけていく。
ミリアナは生まれながら最高レベルの《鑑定スキル》を持っていたらしいけど、せめて《鑑定スキル》が後天的に覚えられるスキルなら良かったのになとため息をつきたくなる。いや、それだと語弊がある、覚える条件がわかっているスキルなら良かったのに、だ。
と、いうのも魔法や剣技と違い《鑑定》等のスキルはどうしたら覚えられるのかがわかっていない。だから商人として成功したいと考えるなら《鑑定スキル》の有無は非常に大きなアドバンテージになるレアスキルだ。
ただしなくても成功できないという訳じゃない。
セイバーンのロストホース商会の会長は鑑定スキルはおろか商人としてのスキルを何一つ持たずして頭の回転の速さだけで一代で王国から《運送業》という大きな商売を任されるほどの大商会へと成長させているし、かの有名な大豪商アーレン=ヒルムも若い頃から商人として活躍していたという記録はない。それでも彼は古くから商会を営むあくどい歴々をいとも簡単に失墜させ、商人の世界に革命をもたらしたと言われている。
そしてこの「さくら商店」もお店の規模としては圧倒的に両者に譲るものの、今ではダンジョンのアイテム屋として多くの人に親しまれるちょっとした有名商店へと成長している。
だからこそ余計に《鑑定スキル》が欲しくて仕方がないわけだけど、人を雇おうにも下手にレベルの低いスキルに頼るくらいならミリアナに頼んだ方がずっと精度も高い。
それほどまでに高レベルの《鑑定スキル》は重宝されるのだ。
「ただいまー」
「おかえりなさい。早かったですね?」
20分程でさくらが帰ってくる。
最初はその速度に驚いていたけれど、最近では慣れたものだ。
「いやぁなんか人が沢山いてね。ミリアナの鑑定スキルのレベルの高さと丁寧さが人気出ちゃったらしくて連日、人がたくさん来るんだって! ようやく彼女の能力の高さに気が付いたか……ククク」
意味あり気に笑っているけど殆ど何の意味もない事を私は知っている。
「ポーションはどうでしたか? 何かわかりましたか?」
「んー、それなんだけど。どうやらこのポーションはただの寄せ集めって訳じゃないみたいだね。普通のポーションならこのお店の備え付けの作成台で作れるけど、これどうやら魔術式が組み込まれているみたいなんだよね」
「魔術式……え!? あの魔術式ですか!?」
「いや、どの魔術式か私にはわかんないんだけどね。でもミリアナも驚いてたよ。今はもう殆どすたれてしまった《呪術》に関わる技術が使われてるらしくて、それが反応を起こしてちょっと特殊なポーションになってるみたい。それで、一番効果の高い効能って言うのが《精神の修復》らしくてね。これがあれば《錯乱の洞穴》レベルの特殊ダンジョンでも問題なく入れるだろうって」
私達が私財の多くを投げ売って手に入れた精神異常耐性装備を10万リムで賄える、というのは正直驚きを隠せない。
それがあればあんなことにはならなかっただろうか? という考えが頭をよぎる。
「ねぇ、アリス」
「はい」
「これがあればさ、その、アリスの幼馴染達も元に戻るんじゃないかな?」
効能を聞いた時に妙な胸騒ぎはあった。さくらならまずそう言うだろうと。
実際私もそれを一番に考えていた。このポーションがあればきっと皆を正気に戻すことができる、また皆と笑いあえるんじゃないかって。
けれどそうなると……私は帰る事になるのだろうか? 幼馴染の輪の中へと戻ってまた冒険者をするのだろうか? もう、ここには必要ない人間になってしまうんだろうか?
「アリス?」
「そう、かもしれませんね」
喜ばしい事なのに喜べない。嬉しい事なのにそれを表現できない。
あぁ、なんて身勝手で愚かで浅ましいのだろう。
私はさくらと一緒にこの店を続けていく事を何よりも優先してしまっている。
本心ではすぐにでもポーションを持ってアーシェの村へと帰りたい。
けれどその姿を見たさくらが私を必要ないと感じてしまったら……。いや、必要ないではなく「仲間の元へと戻るべきだ」と思ってしまったら。それだけが怖くて行動に移せない。
まるで何も変わっていない。流されるまま、臆病で自分勝手なアリス=ハルムストのまま私は今日まで生きてきてしまった。
「アリス!」
「え?」
「どうしたの? 具合悪い? 顔が真っ青だよ?」
「あ、ええと……」
しまった。つい考えこんでしまった。
私はただでさえ感情が顔に出やすいと言われたことがある。これでは彼女に余計な心配を掛けさせてしまう。
「いえ、なんでもありません!」
「そう? 辛いなら言ってね?」
「はい」
とは言ったものの、やはり頭の中に残るのは幼馴染である仲間の事、そしてさくらの事。
自分でも笑ってしまう。なかなかどうして、私も優柔不断じゃないか。
「それでさ、このポーションなんだけど……」
「はい」
「私が買い取るから村で待ってる皆の所に持って行ってあげなよ」
「……そ、そうですね」
さくらは優しい。いや、この世界では甘いとさえ思う。芯の強さはあってもそれを盾に人を見捨てないのが彼女の良いところでもあり悪いところでもある。
もしかしたら彼女の中では私は「村へと戻った方がいい」と思われているのだろうか。
けれど私はそれを望まない。こうなれば、私からはっきりと言うべきなのだろうか? ここに残らせてほしいと。
さくらが心配そうに近づいてくる。
仄かに花の香りがするのは、ミリアナの商店でお茶でも飲んできたからだろうか? そういえば以前出してもらった花蜜茶はとても美味しかったな、と思い出す。
「行きと帰りの馬車代とか宿代は出すからさ。なんなら近くにダンジョンがあるなら繋げてみてもいいし……」
「え?」
「え? な、何?」
「いえ、今何て?」
「いや、だからダンジョンがあるなら――」
「そうじゃなくて! その前です!」
「……あぁ。行きと帰りの馬車代と宿代は出すからって……。やっぱりダンジョン経由で行った方が早いからいいかな?」
「……戻って来てもいいんですか?」
「なんで!?」
「いえ……てっきり村に戻れと言われるかと」
「いや、それでもいいけど……正直、今アリスが居なくなったら店が回らないよ」
「……ぷ、はははは! あはははは!」
「ど、どうしたの!? ヤバいものでも食べた!?」
私は感情の堰が切れた様に笑いだす。
何を勝手に判断して暗くなっていたのだろう。
そもそもこの気持ちは相手に任せる事じゃなくて、私が相手に主張するべき事だった。
さくらなら「残りたい」と言えば「いいよ」と答えてくれる。
そんなことわかり切ってたのに。
「本当にどうしたの? なんか変だよ?」
「大丈夫です。このお店にはどこか変な人、物が溢れてますから気になりませんよ」
「うわっひど!?」
『違いない』
「あんたが言うな! 喋る剣が一番おかしいわ!」
「違いないです」
すっきりとした。
何故こんなにも思い悩んでいたのだろうか。何故だかわからないけれど不思議なくらい晴れやかな気持ちになった。
今まで忘れていた昔の楽しかった思い出を思い出す。さっきまであんなに憂鬱だったのに、今では久しぶりに村へと帰るのが楽しみで仕方がない。
こんなにも単純で簡単な事だったのだろうかとつい笑ってしまう。
「じゃあ少し暇を貰って村へ帰る事にします。すぐに戻りますからご心配なく」
「うん、待ってる。あ、それとディスペンザーも連れて行けばいいよ」
『いいだろう。供をしよう』
「ありがとうございます。出発は明日、近くに《精霊の踊り場》というダンジョンがありますからそこに繋いでもらえれば助かりますね」
「了解ー、じゃあ明日お土産もって行ってね」
「はい!」
私は妙に張り切った声で返事をする。少し照れくさくもあったけれど、何故か自然と声が出てしまったから仕方がないのだと自分に言い聞かせて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ、何とかなったかな。まさかここまで効果があるとはねぇ」
アリスを明日の準備の為の買い物へと送り出すと、私は懐に隠していた《清浄のポーション》を染み込ませた《香袋》を取り出し異空の中へと放り込む。
『上手く隠したな。まったく気づかなかったぞ』
「内緒にしてよねディスペンザー」
『……やはり、アリスにも影響は出ていたのか? 《錯乱の洞穴》とやらの』
「みたいだね。やけにこだわりが強いとは思ってたけど……」
『ここ最近は特に様子がおかしかったからな』
「色々と思う所があったんだろうね。気軽に言ってくれればいいのに」
『言えないこともあるのではないか? 人間とはそういうものだろう』
「お、良いこと言うじゃん。人間らしくなってきたね」
『毎日見ているからな。……まぁ、今ならプロトタイプの気持ちも理解できる』
そう言うとディスペンザーは喋らなくなる。
ポーションが5本預けられた事に何となくだけど運命を感じずにはいられなかった。ただの偶然なのはわかっていたけれど明らかに作為的な何かを。
でもまぁ偶然なんてそんなものだと納得するしかないよね。私だって死ぬまでは偶然生きてたようなものだから。
ま、お陰で大切な店員の悩みは解決したようだから一安心、といった感じかな?




