ひとりの冒険者とその愛剣
マルカスによる襲撃から1週間。
アリスもブルームを失ったショックからなんとか立ち直り、店番に立てるようになった。とはいってもそれは見た目だけで今でも少し引き摺っているみたい。
当たり前か……流石に私も堪えたもんね。
『さくらさん、聞こえますか?』
「んお?」
アリスの様子を見ながらボーっとしていると突然頭に聞き慣れた声が響く。
「パスティさん! お久しぶり! 帰ってきたの?」
『えぇ。昨晩帰りました。もう今日からギルドに出てますよ』
「タフだなぁ……じゃあ今晩ご飯行こう! アリスも会いたがってたから!」
『まぁ、良いですね! ――っと、その話はまた後にして……実はさくらさんにお客さんが尋ねてきてます』
「お客さん?」
『えぇ。どうしましょう、今日はどこのダンジョンに入り口が?』
「ええとね、あー今日は《コボルトの巣》に開いてますね」
『では向かうよう伝えます』
「はーい。あ、扉は2階ですよ!」
『わかりました』
いやぁ久しぶりに声を聴いたなぁ。なんでもマスター・シリウスの指令であちこちへ行ってたみたいだけど、無事に帰ってきてよかったよ。
そういえば最近はマスター・シリウスの姿も見ないけど、具合でも悪いのかな? ……いや、それはないな。
「さくら今誰かと話してましたか?」
「あぁ、パスティさん。今日からギルドに出てるんだって」
「そうですか、元気でしたか?」
「うん! それで今晩ご飯食べに行こうって」
「いいですね! 最近季節のメニューに新しいお鍋が追加されたんですよ。今日はソレにしませんか?」
「お鍋? いいね! そうしよう!」
ダンジョンの中にいるとわかりにくいけど、今外は日本でいう冬の季節。
12月の中頃と言ってもいいと思う。私自身、冬は初めてだし寒いのは苦手だから心配していたけど、やっぱりこの身体は便利だよ。普通の人よりもずっと頑丈で暑さ寒さに強いからね。
「あ、そういえばお客さんが来るって」
「そうですか。どなたでしょうね?」
「さぁ……でもパスティさんを訪ねるくらいだから初めての人じゃないかな?」
そんな話をしていると2時間ほどで扉がノックされる。
「はーい。どうぞー?」
「失礼する。――おぉ……凄いなこれは」
「さくら商店へようこそ」
入ってきたのは右足を引きずる男性だ。白髪の混じる髪をオールバックにし後ろで纏めている。
興味深そうに店内を見渡すと何かを思い出したかのようにカウンターへと近づいてくる。
「いや、すまない。まさかこれほどまでに広いとは思いもしなかった。俺はゼルスという。実は買い取って欲しいものがあって訪ねてきたんだ」
「買い取って欲しい物?」
「あぁ。これなんだが」
そう言うと男性は布に包んだ何かを大事そうにカウンターの上へと置く。
「開けてもいいですか?」
「ああ」
私が布を取ると、中から出てきたのは一振りの片手剣。デザイン的には無骨としか言えない剣だけど、大事にされていたのか古臭さは感じない。
鞘から抜くとその形状を見て少し驚く。今まで何度も剣の買取はしてきたけれど、こんな特徴的な形状の片手剣は初めて見るなぁ。
言ってしまえば片刃、刀のように刃と峰に分かれていて峰側は驚くほど分厚くできている。
剣先は尖っておらず、まるで菜切り包丁のように四角くなっている。全体的に重さがあるけど、斬ると言うより叩き切るというイメージなんだろうか。
「これは……」
「珍しい形状だろう。そいつは《プッシュソード》という分類の剣でな。この大陸では殆ど扱い者のいない武器だ」
「この大陸?」
「あぁ。本来は海の向こうの大陸に存在する武器らしい。俺もたまたま旅の鍛冶師から買い取った武器でな。扱うのに苦労をしたが……使えるようになったころにはいつの間にか上級冒険者になっていた。自作の武器ながら一度も刃こぼれした事もなければ、折れたこともない買った時のままの姿だ」
「凄い……神話級の武器ならいざ知らず鍛冶師が作った武器がそんな性能を持つなんて……」
「今まで買い取ってきた武器は殆どがダンジョン産だったもんね。そう考えると確かにかなり強いかも」
「だがそれ故に中々値もつかなくてな。まぁもうこの際金はいいんだが、出来れば大切に使ってくれる奴に譲ってもらいたいんだ」
「わかりました。じゃあ取りあえず値段見て見ましょうか」
「頼む」
「じゃあ早速。《買取》値段を算出して」
《買取値段算出中……完了》
・鍛冶師のプッシュソード 30万リム
「――と、いう値段なんですが……」
「まぁそんな物だろうな。どんなにいい装備でも神話級、伝説級でもなければ……」
ゼルスは少し寂しそうに笑うと大切そうに剣を撫でる。
「あの、もしかして引退されるのでしょうか?」
「あ、あぁ。13の時から冒険者としてやってたからな。もう身体もボロボロだ。この足もな……何度直しても1年もしないうちに悪くなる。癖になってるんだろうな」
「そうですか……。さくら、もう少し買取金額あがりませんか?」
「アリス?」
「いえ……私も元冒険者ですし、長く愛用してきた武具を手放す時の気持ちはわかるんです。勿論それはただの感傷だとわかっているんですが、この剣にはそれ以上の価値があるように思えて仕方がないんです!」
アリスの熱弁に押された私は再度プッシュソードを手に取る。
確かに、何度見ても綺麗な剣だ。過度な装飾はないけれどしっかりと手入れされていたのがわかる。
何より最初の作りが良いのか見た目と違って持つとしっくりくる。剣を使わない私でさえそう感じるんだから手に馴染むという理由で買う人は絶対に居ると思う。
でもだからと言って、売り上げ度外視で高い値を付けるのはなんか違うし……だけどアリスが珍しく食いついてくるんだよなぁ。
「良し……じゃあ100万リムでどうかな?」
「い、いや、俺は構わんが……いいのか?」
「うん。見た目も綺麗で作りも丁寧だし、見る人が見ればきっと買い手はつくと思う。それに普段冷静なうちの店員がこれだけ言うんだもの。きっとそれ以上の価値はあるはずだよ」
「そうか。すまん」
「それに大事にしてくれそうな人に売りたいから、その値段を出してでも欲しいと思ってもらえる人に買って欲しいよね」
「あぁ、ありがとう。よろしく頼むよ」
ゼルスはお金を受け取ると最後にもう一度剣を撫でる。
彼にとっては家族のように過ごしてきた大切な剣だ。多分そのまま手元に置いておこうと何度も考えたのだろう。
けど彼が大切な剣を手放すのは冒険者を辞める「けじめ」もあるかもしれないけれど、何より剣は剣として使われてこそという思いもあったのかも。
彼の剣は一番目立つ場所に飾っておこう。きっと誰かの目に留まってまたダンジョンへと潜る日が来るはずだ。
だからそれまでは、どうか少しだけ休んでいてね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私の雇い主はとても優しい。
本人にはそんな気はないのかもしれないけれど、決して無碍にしたり見放すことはしない。
それは「商人」としてはダメなのかもしれないけれど、人としてはとても尊敬できる事だと思う。
「さぁって、じゃあご飯食べに行こうか!」
「はい!」
以前よりも彼女に対する私の気持ちが変わってきているように最近は感じる。
なんだろう、尊敬、憧れ、それとも……。
何にしても私を真っ先に許し、真っ先に心配してくれるのは今は彼女しかいない。これは依存なのかもしれないけれど、それがとても心地よくて嬉しいと感じるのは彼女に対して私が縋っているからかもしれない。
「あ、パスティさんだ。おーい!」
無邪気で向こう見ず、たまに無茶もするけれどつい許してしまう。まるで故郷に居た頃の、あの3人といた時のような懐かしさや安堵感。
私はずっとあの店に居られるのだろうか? ずっと彼女の傍で共に歩んでいくことができるのだろうか?
彼女にとって、私はただの従業員でしかないのだろうか? ふとそんな風に考える。
勿論他意はないけれど。
「さくら、転びますよ!」
「痛くないから平気~」
「服が破れたら縫うのは私なんですから――」
「おぉっとぉ!」
「だから言ったじゃないですか!」
嫌な事も忘れて、今だけ見ていられたらいいのに。
だけどそんな私の考えを見透かすように、数日後、あるアイテムが店に持ち込まれる。
そして彼女はそのアイテムを見てある事に気が付いてしまったのだ。




