魔剣と鎧
「ブルーム! 大丈夫なの!? 痛くない!?」
『サクラ……貴女ハトテモ強イノデスネ。私ノ計算デハあの男の方が全テニオイテ上デシタガ……相手ニ一度モ先手を取ラセズ見事ニ完封シテシマシタ。ソレガ人間が持つ可能性デスカ?』
ブルームは頭だけを動かすと興味深そうに尋ねる。
その姿に少しだけ安堵する。これなら大丈夫なんじゃないかと。
「それだけ喋れるなら大丈夫そうだね……ありがとう、アリスを守ってくれて」
『元々ハ当機ガ招イタ事デス。ムシロ巻き込んだコトヲお詫ビシナケレバ。それと……』
ブルームは珍しく歯切れの悪い喋り方をする。
何か言いたいことがあるのだろうかと少しだけ傍で座って待っていると、表情の分からない頭部がこちらを見るとまるで絞り出すように言葉を口にした。
『……当機は残り10分ホドデ機能を停止イタシマス』
「え!?」
その言葉に一瞬時間が止まってしまう。
左手が取れても大丈夫だったし今も普通に喋れていたから安心していたけれど、普通に考えたら致命傷じゃない訳がないんだ。
「ど、どうしたらいい!?」
『ドウシヨウモアリマセン。手足を失ッタ事デ急速ニ魔力残量が低下シテイマス。更ニ戦闘ニヨル衝撃デ中枢デアル《コア》に損傷を受ケマシタ。……当機ヲ作成シタ《マスター》は何百年モ前ニ生命活動を停止シテイマス。後はタダ停止スルノを待ツバカリ。残念デス』
淡々と今の状況を分析し伝える。
それだけに私じゃ何の手助けもできないという事を理解してしまった。
『……残念、というのはどういう意味だ?』
どこからともなく人の声がする。
最初はマルカスかと思ったけれど声が違う。もっとこう、ブルームに近い流暢だけど少し違和感を感じるようなそんな声、喋り方だ。
『ヤハリ存在シテイマシタカ。私ノ後継機、イエ、《完成系》。ナントイウノデショウ、人間デイウ親近感ノヨウナモノを感ジテハイマシタガ……』
『お前が私のプロトタイプか? 通りで感情が希薄だと思った』
『ソウイウアナタハドウニモ皮肉屋ノヨウデスネ』
『……あんな男と一緒に居たんだ。そうもなる』
「ちょ、ちょっと待って! 誰なの!?」
『ソコに落チテイル剣、ソノ剣が私の兄弟トモ言エル存在、意志持つ《アーティファクト》の完成系にして《コピーモデル》デモアリマス』
「コピーモデル?」
『ソレヨリ、何故イマニナッテ会話を?』
『……その女が現れた時、口を挟めば間違いなく存在が消されると考えた故に敢えて沈黙していたが、今のその女からは強烈な死の気配を感じない。それに、お前の言う残念という意味がよくわからないからだ』
ブルームは首を横に向けると何かを思案しているようだった。
表情はないけどそんな気配を感じるのは、いったいどうしてなのだろうかと不思議に思う。
『アナタハ疑似人格を搭載シ、ソシテ感情モ理解デキルヨウデスネ』
『……感情を理解できたのはついさっきの事だ』
『デハお判リデハナイデスカ? 当機――イエ、私ガ人に憧レル気持チハ。ナニセ人の形ニ造ラレタノダカラ』
『残念、とはそういうことなのか?』
『アナタモ、自身ノ命ガ惜シイカラ、あの男ニ手を貸サナカッタノデショウ? 命を失ウ事ハ残念デス』
『なるほどな、理解した。確かに残念だな』
「じゃあ、あなたがアリスを……ブルームを傷つけたの?」
『そうだ。私に拒否権はなかったからな。今までは……だが』
『サクラ、我々は道具ナノデス。意志を持チ、言葉を話シテモ所詮ハ真似事。デスガ今ノ彼は違イマス。自ラノ意志デ担イ手を選ブコトガデキル。恐怖を知ル事デ感情を理解シ確立サレタ意志を持ツ本来の意味デノ《魔剣》トナリマシタ。ソシテ私モ――本来の姿ニ戻る時が――来タノデス』
ブルームの首の動きが徐々に鈍くなっていく。
生きていた時に何度も見た「死期が近づいている人」のように見える。
『サクラ、私ノ本来の姿ハこの胴体部分、スナワチ《鎧》ナノデス。残念ナガラ私ノ意識ハ消エテシマイマスガ、どうか私トイウ存在ヲ忘レナイで欲シイ。ソシテ願ワクバ、アナタニコソ私ヲ――アァ、ありがとうサクラ――マタ、一緒ニ――――』
ブルームの言葉が途絶えると同時にその胴体が音を立てせり上がる。
まるでSF映画の武器のように何度も折りたたまれ形を変え、最終的には片手サイズの金属の板へとその姿を変えてしまう。
後には何も言わない抜け殻のような人形だけがその場に横たわっていた。
『なるほど、《蒼月の外殻》が奴の――ブルームの正体だったか』
「蒼月の、外殻?」
『あぁ。武器ばかり作っていた創造主が気まぐれに作った唯一の鎧だ。私が産まれた頃にはその存在は抹消されていたようだが……』
「誰があなた達を産み出したの……?」
『わからない』
「どういう事?」
『創造主が居たという事は覚えている。だがその創造主の顔や名前、そして我々に関する技術の内容などは一切残されていない。きれいさっぱりその部分だけが消えているのだ』
「……そっか」
『……そいつは幸せな奴だな。目覚めてすぐお前に出会えたのだから』
「あなた、あんな嫌な男と一緒に居たのに随分と優しいんだね」
『今までは感情がなかったからな。いや、なかったわけではないが完全に芽生えてはいなかった。生き物の在り方をひとつの生命として捉えることができていなかった。だが今は、我々にさえ命があるように感じる。まぁ、所詮は命惜しさに持ち主を裏切った呪われた剣だが』
「自虐も出来るんだ……そういえばマルカスは?」
私はマルカスを殴り飛ばした辺りを見るがそこには誰の姿もない。逃げられたのかと慌てたけど、その考えを魔剣が否定する。
『逃げてはいない。というよりも、お前に攻撃された後派手に壁へと吹き飛んで以降奴の魔力を感知できない。不思議な表現だが、この世界に存在しないのだ』
「どういうこと?」
『さて。ただ事実を述べたのみ』
「まぁ、二度とあの顔を見なくて済むならどうでもいいや」
『……』
私はブルームの身体と《蒼月の外殻》を異空の中へと仕舞い、魔剣を拾い上げると商店を目指して歩きだす。
魔剣は何かを言いたそうな感じだったけど、気が利くのかなんなのかそれ以上喋る事はなかった。
私は目元を服の袖で拭うとアリス達の待つお店へと急ぐのだった。
《――登録者をサクラ=ハナオウギに確定。全装備とコネクト――成功。当機はこれより彼女の盾となり鎧となります》
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「なんだ、その剣売っちまうのか?」
「あぁ。もう俺も引退だ。だがこの剣だけは誰か大事にしてくれる奴に譲りたくてな」
「俺が、と言いたいが残念ながら槍がメインだからなぁ。……ん、そうだ。だったらダンジョンのアイテム屋に頼んでみたらどうだ?」
「ダンジョンのアイテム屋?」
「そうそう。最近ダンジョンに黒い扉が出現することがあるらしい。それがダンジョンのアイテム屋に繋がってるんだとよ。まぁ名だたる冒険者が尋ねてくるらしくて、噂じゃあの《吸血鬼》も贔屓にしてるんだと」
「何? そんな道具屋があるのか?」
「ああ。俺はまだ行ったことがねぇんだが……ほら、この間拠点変えた盾騎士のアイツ。アイツのパーティメンバーの女戦士が一度利用したことがあるらしくてな? 剣も防具も良いものが揃ってて客も上客が多いって話だ。そこなら大事にしてくれる冒険者と出会えるんじゃねぇか?」
「そうか……なるほど、少し尋ねてみるか」
「そうしろそうしろ。ただどこのダンジョンに出るかはわからねぇから一番早いのはアンパルの冒険者ギルドを訪ねる事だな。なんでもパス……なんとかって受付の女が店の店主と知り合いらしい。事情を話せば紹介してくれるらしいぜ。おっと、時間だ。じゃあな! 近くに行ったら村によるわ!」
そう言うと飲み仲間の槍使いは片手をあげダンジョンへと出かけていく。
気さくで喋りやすい男だが、戦闘となるとまさに鬼神のような強さを誇る上級冒険者。そんなアイツのいう事なら間違いはないかもしれないな、と俺は考えた。
何より愛着はあっても、剣士にとって一番重要な相性が露骨に出るこの武器を普通の武器屋が買い取ってくれるとは思えない。
なら里に帰る道中でアンパルにでも寄って引き取ってもらうのがいいか。だが、果たして本当にそんな道具屋が存在するのだろうか?
「まぁ、行けばわかるか」
俺は荷物を担ぎ上げるとアンパル方面へと向かう長距離馬車に乗り込む。
30年、必死に走り続けた冒険者としての最後の旅路だ。そんな少しの寂しさを置き去りにするように馬車は街の門を抜ける。




