さくら商店への侵入者 後編
おはようございます。
いつもブックマーク、評価、誤字報告ありがとうございます。
昨日はお知らせなくお休みを頂き申し訳ありませんでした。
話を考えたくてもなかなか調子が出ず、上手く纏められなかったため時間を頂いてしまいました……。
同じことをずっと継続して続ける事の難しさ、話を一から考える事の辛さを最近ふつふつと感じています。
なんとか書きたい部分が書けましたので、どうぞよろしくお願いいたします!
「何……コレ……!」
《鉄鬼の庭》ダンジョン3階にあるさくら商店の入り口は無残にも斬り割かれ、ノイズのような物が走り今にも消えてしまいそうなほど不安定になっている。
「やっぱりか……」
「何か知ってるの!?」
「それよりアリスの嬢ちゃんとアーティファクトは!?」
「そうだ! アリス! ブルーム!」
急いでお店の中へと駆けこむとその惨状に心臓が跳ね上がる。
備え付けの棚は殆どが壊れ、品物は床に散らばっている。
「アリス!? どこにいるの!? アリスっ!!」
「……さく、ら」
「アリス!?」
カウンターの向こう側、控室に続く廊下の方からか細い声が聞こえてくる。
急いで傷だらけのカウンターを乗り越えて飛び込んでいく。
「――アリス!?」
そこには左肩から袈裟斬りの傷を負ったアリスが血だまりの中に倒れている。
「アリス!? アリスしっかりして!!」
「大丈夫だ! まだ息はある! ポーションを出してやれ!」
「アリス、ハイポーションだよ!」
傷口に1本丸々振りかけるともう一本を口から飲ませる。なんとか咽ながらも飲み込むと、浅い呼吸が徐々に落ち着いてくる。
「はぁ……ふぅ……もう、大丈夫です……」
「アリス……一体何があったの?」
「それが――」
「髭面の男だな?」
「え――あ、はい。さくらが出かけて1時間もしないうちに突然入り口の扉が裂けたんです。その時、私は丁度扉の前に居て……斬り飛ばされてカウンター奥まで吹き飛ばされてしまいました。ブルームが応戦してくれたようですが、意識が戻った時にはもう男もブルームも姿がありませんでした……」
「その男って一体誰なの!? ホイールさん知ってるんでしょ!?」
ホイールは腕を組むと眉間に皺をよせ難しそうな顔をする。
「さっき工房でアーティファクトの一部を持ち込んだ奴らの話をしたな?」
「秘密組織とかなんとか……王直属だって言ってた」
「その髭面の男というのが組織で汚れ仕事を専門に担う最も危険な男。名をカルマスという」
「カルマス……髭面……まさか」
「いくら私がさくらのスキルの中に居たと言っても、外からあれだけの攻撃をされれば事前に察知できるはずです。それが気が付いた時には既に扉も私も斬り裂かれた後でした」
「詳しい事は不明だが、かなりの使い手だと言う話は聞いたことがある。俺の馴染みが情報通なんだが、そいつでも詳しい事がつかめない得体のしれない男だ」
「……そいつはどこにいるのかな?」
「任せろ。俺のスキルで追尾してやる」
そう言うとホイールは部屋の中を見渡し扉から外へと向かっていく。
私とアリスもその後を追って店から外へと出ると《異界商店》を一度解除する。
「どうやら奴は20階層、休息所に居るみたいだな。ここの休息所は殆ど利用されない人気のない場所だ。恐らく奴なら人払いの結界の一つや二つ張れるだろう」
「どうして外に出なかったのかな?」
「わからん。人目につかず事を済ます必要があったのだろう。例えばアーティファクトの解体処分、とかな」
「解体!? アーティファクトは貴重な文明遺産ですよ!?」
「あぁ。実際に王は俺にそのアーティファクトの解析依頼をしてきている。王の命ではない」
「じゃあ一体誰が……」
「……奴は王でも扱いが難しく手を焼いていると聞くが、何分仕事が仕事だからな。多少の事には目を瞑っているのだろうが……今回の事はいくら何でもやりすぎだ」
「まぁ、誰でもいいよ」
「さくら……?」
私は変に頭が冴えていくのを感じていた。
アリスが無事だとわかった後、激しく跳ね上がる心臓が徐々に落ち着いていく。むしろ今は普段よりもずっと冷静だと思う。
「私、行くよ」
「なら私も!」
「ううん。アリスはホイールさんとここに居て?」
「けど……」
「さくら、いくらお前さんが強い装備を持っているとしても相手は本当の意味での強者だ。そこらのチンピラや盗賊とはわけが違うぞ」
「ホイールさん。確かに言う通りだと思う。けれど今動かなきゃブルームはどうなるかわからない。確かに数日しか一緒に居なかったけど、ブルームが一生懸命に人を理解しようとしてたのはわかってた。それにアークが居なくなって、寂しくなったお店の中が少しだけ明るくなったのも感じてたんだ。私達にとってブルームは《アーティファクト》だという以前に家族なんだ。家族を傷つけられて、黙っているなんて私にはできない」
私は再度《異界商店》を発動させると中を確認する。
壊れたアイテムはそのままだけど、棚やカウンター、扉は無事に元通りになっている。
ホイールとアリスの背中を押すと無理やり商店へ通しこむ。
「さ、さくら!」
「アリス、お願いだよ。我儘を許してほしい……」
アリスの背を強く押すと扉を閉じスキル設定で扉を開けないようにする。
これで外に出ることはできないけど、私が死ぬか解除すれば拠点として登録しているアンパルへと自動的にはじき出されるはずだ。ホイールは巻き込んでしまって申し訳ないけれど、アリスひとりよりはずっといいはず。
それに、もし私に何かあったらきっと彼がアリスを助けてくれるはずだ。それくらいの信頼関係は築いてきたつもりだし。
「待っててねブルーム」
篭手をはめた手をぎゅっと握ると足早に階層を下っていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『マルカス。何者かが近づいてくるぞ』
「お、早いな。襲撃してからまだ30分位だろ? 思ったよりも反応がいいなぁ」
『悠長な事を言っている場合か。――早いぞ! もうすぐそこに――』
「――やっぱりあなたなんだ。あなたがマルカスでいいんだよね?」
「そうだよお嬢ちゃん」
「どうしてブルームのいる場所がわかったの?」
階段を飛び降りる様にして現れたのは銀色の髪を肩口で切り揃えた細身の少女だ。かなりの速度で駆けてきたはずなのに息ひとつ乱していない所を見ると装備かスキルに体力系統を補う物があるのかもしれないとマルカスは考えた。
「お嬢ちゃんを崖から突き落とした時に見えちまってね。まぁ俺にはそういうスキルがあるからこそ好き勝手しても切り捨てられないんだが……意味わからねぇかな?」
「ブルームはどこ?」
「ブルーム? あぁ、もしかして《アーティファクト》の事か? それならホレ、そこに」
マルカスが指をさした方を少女の目線が追う。
その時、無表情に見えたその顔が一瞬顰められる。
「いやぁ悪い悪い。思ったより抵抗が激しかったんでね。うっかり手足を斬り落としちまった」
そこには手足を破壊され、頭と胴体のみになった《アーティファクト》が転がっている。
人間ならとっくに死んでいるであろう致命傷だが《アーティファクト》には人の法則が当てはまらないのか、首だけを動かし必死に助けに来た少女へと視線を向けようとしている。
「ははっ! 虫の幼虫みたいになっちまったな! まぁどうせぶっ壊すんだからどうでもいいが……なんだ? やけに冷たい目をするんだなぁ」
「どうでもいいよ。どうでも。あなたの言葉も、あなたの存在も全てがどうでもいい」
「おぉ、怒ってたのか。まぁでも仕方がねぇよ、俺も仕事なんだからな」
「……ひとつだけ聞くけど、誰の命令なの?」
「まぁこんな適当な俺でもさ、言える事と言えない事があるんだわ。女を口説くのは簡単だけど仕事の事は喋らない。な? その方が格好いいだろ?」
おどけた様に男は肩をすくめて笑う。
マルカスは超上級とも言えるほどの卓越した戦闘センスと破格のスキル効果によって今までどんな相手でも物言わぬ屍に変えてきた本当の意味での暗殺者だ。
奇襲等の奇策は用いるが、それらは自分が「楽しむため」のギミックに過ぎない。
この男をよく知る者達は、真正面から戦わなければ《調査官》すら倒しうるとその実力を高く評価していた。
だからこそどんな時でもどこか人を馬鹿にしたような態度を崩したことはない。例えそれがガドールの王であっても。
だが、それは間違いだったと考える者がいる。
銀髪の少女が現れた時から口を開かず、ただじっと様子を窺う者――マルカスの腰で怪しい輝きを放つ一振りの片手剣、ディスペンザー。
彼は意志持つ魔剣ディスペンザー。《アーティファクト》の中でも類を見ない自我を持つ存在である彼はあるはずのない心臓が踊り狂うような違和感を感じていた。
『気づかないのか!? まるで桁の違う魔物の尾を踏んでいるようなこの感覚に……!!』と、彼は今にもマルカスに忠告をしそうになる己を律し言葉を飲み込む。
それは彼の邪魔をしないという気遣いではない。もし声を聴かれて自分の存在がバレた時に間違いなくこの世界から存在を抹消されるという恐怖心からだ。
《アーティファクト》に恐怖を感じる心があるのか、と驚くと共に確実に迫る持ち主の死よりも自分の存在を優先したことに今にも大声で笑いだしたくなる。
「ならもういいよ。今すぐ喋りたくても喋れないようにしてあげる」
少女の眼が金色に輝く。
それが超常の魔眼だと魔剣が察するより早くその身が霞むように消える。
ヘラヘラと笑っていたマルカスが真剣な表情でその姿を追う。
魔眼持ちだと言うのは予定外だったが、魔力から相手の思考を読む彼の異常とも言える《ユニークスキル》を持つこの男は、例え高速で移動しようと自分に刃が届かないと思っている。
「ふぅ、ちょいと厄介だが――そこだな!」
足を止める為に放った特殊な拵えの短剣は虚しく空を切る。
マルカスは驚愕の表情を浮かべ腰の剣に手を伸ばすとユニークスキルで魔力の流れから銀髪の少女の思考を読み取ろうと必死になっている。
だが魔剣ディスペンザーは悟っていた。いくら思考を読もうとも絶対に勝てないと。絶対に届かないと。
何故なら彼女の思考はただ一つだけの答えしか導き出していないのだ。
だからこそマルカスもその表情を曇らせているのだ。
シンプルな答え。
だが最も強い意志、思考、思念。
『絶対に殺す』
ただその一点。
「なっ!? オイ!! ディスペンザー!! 何故抜けない!? 魔力は溜まっているだろう!! 何故答えねぇんだ!!」
先程まで勝ち誇った顔をしていた男が、怯えた様に剣を抜こうとする。が、その剣は自ら鞘から抜け出ることを拒んでいた。
そして魔剣は見ていた。
慌てる主人の顔を目掛けて迫る紅蓮の拳を。
そしてその拳が纏うまばゆい輝き。触れたものを一瞬で地獄へと叩き落とすであろう呪いを帯びた光を。
「クソォオオ――!!」
それが異端の能力を持ち己の為だけに生きてきた男マルカスが最後に口にした言葉だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――っは!? ど、どこだここは!?」
マルカスが目を覚ますとそこは夜の草原だった。
だが明らかにおかしいのは、その空に輝く巨大な月。あんな月は見たことも聞いたこともない。
「なん、どこだここは!? ディスペンザー!? どうなってる!!」
『オイうるせぇなぁ!』
不意にどこからか自分を咎める声がする。
普段ならそんなふざけた奴は遠慮なく殺してきたが、今は少しでも情報が欲しい。それを聞くまでは殺すのはやめてやるかと声の主を探す。
『あん? お前……』
その声の主はまるで空の月と対照的な真っ黒な髪を持つ少女……その姿にマルカスは見覚えがあった。
「お前……よくもやってくれたなぁコラァ!!」
咄嗟に剣を構えようとしてふと違和感に気が付く。
腰に下げていた魔剣がない。
どこかで落としたのかと辺りを見渡すが、どこからも憎まれ口を叩く魔剣の声は聞こえない。
『ハハハハハ!! お前さくらの奴にここに送られたのか!? なんとも面白いスキルを覚えたもんだなぁ』
「何を笑っていやがる!!」
『これが笑わずにいられるかよ! お前、レベル1の商人に負けてここに来たんだぜ? まぁ多少チート臭い能力を持ってはいるが……お前の能力なら簡単に倒せたはずなのになぁ!』
「な、何が……」
『さぁて、じゃあお望み通り地獄へと案内してやろう。呪われた光に導かれて《ハルノフェルク》へと旅立つがいいさ!』
黒髪の少女が空へと手をかざすと巨大な月の表面にひとつの眼が開く。
巨大な眼はぎょろぎょろと蠢くと、まるで獲物を発見した獣のようにしてマルカスを凝視し嬉しそうに眼を細め歪ませる。
『それじゃあ記憶の旅にご案内だ。開け地獄の門』
「う、おぉ!? あ、あああああぁぁっ――!!」
マルカスは悲痛な叫び声だけを残し草原から消え去る。
後に残された少女は、先程まで会話していた相手に対する興味を一瞬で失ったかのように草原に寝転がると空の月を眺める。
しかしその顔は満足そうに微笑んでいる、ようにも見えた。
『凄いな。まったく違う道を歩んで全く違う場所を進んでいく……。これは、私が救われる日も遠くはないかな?』
空の月だけが彼女の顔を興味深そうに覗き込んでいるのだった。




