さくら商店への侵入者 前編
「次の人!」
「はーい」
「ん? 入国許可証はどうした?」
「これじゃダメなんですか?」
「冒険者カードは身元の保証でしかない。ここに入りたいなら事前に申請して発行される入国許可証が必要だ」
「ありゃ、知らなかったや……」
「残念だが――」
「あれ? サクラさんではないですか?」
「え?」
市街門の受付で入れなくて困っていると不意に声を掛けられる。
門番越しに格子の向こうを見ると、そこにはホイールの弟子のひとりが大きな荷物を抱えて立っている。
「あ! ホイールさんの所の!」
「どうも、いつもお世話になってます。今日はもしかしてウチに?」
「そうなんだけど……初めて来たから入国許可証持ってなくて」
「それなら問題ないですよ。門番さん、その方はホイール=ホール鍛冶師のお客様です。身元はうちで保証しますよ」
「おや、そうでしたか、ホイール様の。これは失礼。ではどうぞお入りになってください」
先程まで難しい顔をしていた門番が急にさわやかな笑顔で見送ってくれる。ホイールがこの国でどれだけの権力を持つのか一発で理解できてしまう対応だ。
「ありがとう助かったよ! ええと、確かバルブ君……だっけ?」
「はい! 覚えていてくださって光栄です! 装備の修理代金を受け取りに行って以来ご無沙汰してます」
「あれからウチに来る時はいっつもホイールさんだもんね」
「はい、どうやらいい息抜きになってるみたいで! けど、最近ちょっと難しい仕事を抱えているみたいで工房に籠りっぱなしで……」
「難しい仕事?」
「はい……まぁ詳しくは師匠から。どうぞ、こちらが工房です」
「うん」
街の中は多くの人でにぎわっている。
この辺りはやはり首都という事もあってシュバリオンやセイバーンとよく似ているなぁと思う。そう考えれば商人の街ガネッサなんかはかなり珍しい部類に入るんじゃないかな?
最近ではセイバーンの《ロストホース商会》が運送拠点を構えたとかでかなりの盛り上がりを見せているというから来年の《商人祭》は更に規模が大きくなりそうだと風聞紙が伝えていた。
それにしても、このガドールという国は思ったよりも緑色が多い。街中に木々が生えているのもあるけど、花壇や噴水、水場等が多い。
むしろこっちがエルフっていうイメージなんじゃと思ってしまう程に街の中が瑞々しいというかなんというか。
大通りから少し山側へと離れると一気に周りが職人街のような雰囲気に変わっていくけど、それでも人間の街よりもずっとお洒落だ。
「着きました。どうぞ中へお入りください」
「おぉ、大きな工房だね! それに人も多いや」
「師匠の工房はガドールの中でも一番大きいかもしれませんね。職人はあまり弟子を取りたがりませんが、師匠は誰がどんな才能を持っているかわからないのに弟子を取らないのは勿体ないという方なんですよ」
「面白い考えだねぇ」
「自分もそう思います。けれどその分批判と言うか、あまりいい顔をされないことも多くて……」
「そっかぁ」
中へと入ると何人か見たことのある顔が忙しそうに動き回っている。
ちゃんと事務所みたいなところがあって、その奥に工房が見えるのは凄く企業っぽいような気がする。
「師匠は上の自室に居ますのでご案内します」
「はーい」
バルブの後ろをついて階段を上る。
木造りの壁や廊下は軋む音ひとつせず、どこまでもしっかりとした作りでドワフの技術力の高さを感じることができる。なんて言ってみたけどただ歩いた感触がいいからそう思っただけなんだけど。
「師匠、サクラさんがお見えです」
「何? 入って貰ってくれ」
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
部屋へと入ると机に座って難しい顔をするホイールの姿があった。
部屋の中は綺麗に整頓されていて無駄なものは何もない。
「おぉ、久しぶりだ。さくら」
「お久しぶりです。なんか難しい顔してるね?」
「やはりそう見えるか? まぁ外部の人間に話す事でもないんだが……少し行き詰まっちまってな。まぁ俺の話はいい。今日は何か用事があってきたんだろう?」
「あ、うん。そうなんだけど……」
「なんだ、歯切れが悪いな?」
「ホイールさんはさ、《アーティファクト》についてどう思う?」
「……なんてタイミングで話を持ってくるんだ。……今頭を抱えてるのがそのアーティファクトについてだよ」
「え……本当?」
「あぁ」
ホイールは苦笑いをすると椅子から立ち上がり棚の中からコップを2つと酒瓶を取り出す。
「うちの嫁が作ったミックスジュースだ。以前教えてもらったレシピにあいつなりに手を加えて作ったみたいでな。飲んでやってくれ」
「おぉ、それは楽しみ! 確か酒場やってるんだっけ?」
「すぐそこでな。良かったら帰りにでも寄ってやってくれ。礼を言いたがっていたから」
コップに少し赤みがかった液体が注がれる。
私が作るミックスジュースはもっと白っぽいけれど、ホイールの奥さんの作るミックスジュースが赤っぽいのは何か私のとは違う果物が入ってるって事なんだろうね。
んー、香りもすっきりしてていいし、光に透かすと鮮やかな赤が飲みたいという気持ちを煽る。
一口含むと舌の上に酸味と甘みが広がり、私の作るものよりも果実の味がよく分かる透明度の高い味わいがかなり美味しい。大人な味わいだ。
「ん!? こりゃいかんな」
「え?」
「酒になっとる……」
「ぶっ」
「そこまで強くはないみたいだが……まぁ酒場で出すものだからな。すまんな、次は酒抜きで作るように伝えておくよ」
「私、初めてお酒飲んじゃいましたよ」
「その割には何の影響もなさそうだな。極稀に毒耐性スキルを持ってる奴が酒に酔わないなんて話を聞いたことがあるが、似たようなスキルがあるか?」
「あー、なるほど。じゃあ大丈夫そうですね」
「そうか」
「で、あの、アーティファクトの件なんですけど……」
「あぁ……まぁ単純な話だ。国からアーティファクトの調査依頼があったというだけだ。しかしそのアーティファクトがちと特殊でな。どうやっても先に進まんのだ」
「この前、エルフの国の近くにあるダンジョンからモンスターが逃げ出したことと何か関係が?」
「鋭いな。これは機密事項なんだが……」
「多分、モンスターじゃなくて自立起動するアーティファクトがダンジョンから外へ逃げ出したって事ですよね?」
「……訳アリか?」
「はい」
「なら関係者みたいなものだな。……ある日、ガドール王直属の秘密組織がある金属を持ち込んできた。シンプルだが複雑な加工を施されたそれは複数の魔法鉱石を混ぜ合わせ作り上げられていたが、どう見ても既存の技術で作られたものではないという事だけはわかった。素の強度は大したことがないが、魔力を流すと恐ろしく硬くなる性質があってな。多くは語られなかったが、どうやらそれが逃げ出したアーティファクトの一部分なんだそうだ」
「……」
「まぁ《アーティファクト》という物自体が伝説級装備や神話級装備と似て非なる物だ。何故その考えに至って作られたのか? どうやってその構造を再現したのか? そこが一切わからない。言うなれば人知を超えていると言う部分だけが共通している」
「人知を超えた……」
「まぁだからこそ浪漫があるわけだ」
ホイールはコップの中のミックスジュースを飲み干すとため息をつく。
「しかしいくら浪漫があってもな。とっかかりがない事には何ともならん訳だ」
「そうですかぁ」
「で、今度はお前さんに聞くが……何故今アーティファクトの話をしたんだ? それにダンジョンから逃げ出したのがアーティファクトだと何故分かった?」
「それは……」
「あっさり機密を喋っておいてなんだが、俺は口が堅い。今話をしたのもお前さんに話をすることで何かが得られると思ったからだ。違うか?」
「……うちに居るんです」
「……何?」
「だから、そのアーティファクトがうちで働いてるんですよ」
「お、驚いたな。本当に珍しいものに好かれるようだ」
「ブルームっていう名前を付けたんですけど、本人も色々と記憶に欠落があるみたいで」
「意思の疎通が出来るのか?」
「はい」
「ブルームというのは……」
「《青銀》鉱石が使われてるから……とアリスが」
「……あのお嬢ちゃん、うちで働かないかね」
「あげませんよ!」
「冗談だ。しかし恐ろしく目がいいな。知識もある。ブルームーンは本当の意味で希少金属だ。魔力の質も相当の実力者でなければ目で追えないくらい薄く綿密な物だ。彼女はその点異常に優れているな」
「へぇ……ホイールさんが言うんだから相当なんですね」
ホイールは少し考える様に目を閉じると何かを決心したように頷く。
「サクラ、すまんがそのアーティファクトに会う事は出来んか?」
「え……っと」
「悪い様にはしない。エルフの方はどうかは知らないが、うちはそのアーティファクトの保護を訴えている。幸い逃げ出す時に多少の衝突はあったが死者はいなかったしな」
「それ確実ですか?」
「あぁ。なんなら今すぐに王に進言してもいい。そもそもこの案件は王直々のものだ、少しでも自国の益に繋がるなら俺と同じ決断をするだろう」
「……わかりました。それじゃあ――」
ホイールとブルームを会わせようと決心した瞬間、私の身体に突然激しい痛みが襲ってくる。
「うぐっ!?」
「ど、どうした!?」
なんだろう、この身体を割くような痛みは。血も出ていないしこっちで与えられたダメージじゃないみたいだ。
痛み自体は一瞬で収まったけれどなんだか身体の中の違和感がずっと消えない。
何が起こっているのかわからず右往左往していると、私の疑問に答える様に頭の中に無機質な声が響く。
《異界商店に異常発生。何者かのスキルにより強制的に侵入されました。繰り返します。異界商店に異常発生――》
「ホイールさん! ごめん話はあとで! 誰かがお店に侵入してる!!」
「何だと!? 個人のスキルに干渉できる奴が――いや、俺も連れていけ! 多分役に立つ!!」
「どういう――」
「説明は後だ! ヤバい状況なんだろ!? 恐らくだが……アーティファクトの存在がバレたんだろう……!」
急いで支度をするホイールを唖然として見る。
バレた? 侵入? 頭が混乱している。
私のスキルに侵入できるのは今のところ聖女だけだ。
そもそもスキルの強度には私の防御力が反映されているのか外部からの攻撃にはビクともしなかったのに、ここにきてその防御力を突き破る侵入者なんて……。
「アリス……ブルーム……! 一体何が……!」
精神にかかった補正があっても私の動揺は抑えられないのか、殆ど感じることのなくなっていた焦燥感がふつふつと湧き上がってくる。
ただただ無事でいて欲しいと願う気持ちとどうすればいいのかという焦る気持ちがぶつかり合って思考が纏まらない。
支度を終えたホイールに急かされ、彼を背負って《鉄鬼の庭》ダンジョンへと急行する。
私は焦る気持ちが空回りして何も考えられないまま、気が付くとガドールの街を飛び出していた。




