8人目の英雄と魔女
「聖女様……?」
「ふふ、イゼルナとお呼びください。あら、お疲れですね?」
そこに居たのはアスタルスの聖別の儀で出会った聖女イゼルナだった。
彼女は美味しそうにクッキーの感触を楽しむと頬を抑えてニコニコとしている。
「それにしてもこのクッキー美味しいですね。一体どこで売られているのですか?」
「あ、それはさく――店主の自作でして……」
「まぁ! さくらさん、料理がお上手なんですね」
「あ、いや、たまたまナッシュっていう焼くと香ばしくてカリカリになる木の実が売られてたんでクッキーに混ぜ込んで焼いたんです。気に入ったのならお土産にお渡ししますよ」
「本当ですか? でもただでは悪いのでお金はお支払いしますね」
「毎度! ……いやいやいや! そうじゃなくて! あの、イゼルナ様はどうしてここに?」
イゼルナはお茶を飲む手をとめると微笑みながら目を細める。
その何とも言えない威圧感を含んだ笑みは、一瞬何もしてないのに謝ってしまいたくなる。
つまりめっちゃ怖い。
「さくらさん、こちらで珍しい装備を買い取りしませんでしたか?」
「か、買取しました」
「七神官とも戦いましたね?」
「七神官……あ、怨霊神官の事ですか?」
「……少し昔話をしましょうか」
「唐突過ぎない?」
イゼルナは苦笑いをするとお茶のカップをゆらゆらと揺らし何かを呟く。
「え!?」
アリスが驚いたように辺りを見渡す。それもそのはず、お店の中は何故か照明が落ちて暗くなり白い壁に何か映像が流れている。まるで映画館だ。
でも実はアリス以上に私が驚いている。
なぜならここは私のスキルの中、誰も私のスキルを解除したり影響を与えることはできないんだから。
「昔々、100年、200年では足りないほど昔の事です。この世界を七人の英雄が悪しき者より守っていました。そんなある日、この世界に初めてダンジョンと呼ばれる迷宮が誕生し、そこから色々なモンスターが地上へと溢れ出てきました」
イゼルナが紙芝居を読むように七神官の話を始めると、まるでその言葉に合わせるように絵本のような映像が動いていく。
なにこれ、こんな魔法……いやそんなレベルの話じゃないんじゃないだろうか。
「そこで彼ら七英雄はそれぞれが神器と呼ばれる武器を手にダンジョンへと攻め込むことにしました。そして長く続く苦しい戦いの末にダンジョンの中に潜んでいた魔王を討ち倒し世界を救う事に成功しました。しかし魔王は死の間際、彼ら七英雄に呪いを掛けました。魔王の呪いにより七英雄は徐々に正気を失っていきます。彼らは自分達の力が平和に暮らす人々を傷つける前に自らをダンジョンの奥深くに封印することにしました。そしてそれ以来、彼ら七英雄の姿を見たものは誰もいませんでした。おしまい」
映像は七人の英雄がダンジョンの中へと消えていくところで終わる。
そしてイゼルナがカップを揺らすのを止めると部屋の中に明るさが戻ってきた。
「……七英雄の物語」
「正解です。これはこの世界に伝わる有名なおとぎ話なんです」
「へ?」
「ただし、この七英雄は存在しました。それこそがこの国を支えた七人の神官なのです。彼らを哀れに思った当時の王が詩人にこの話を末永く語り継ぐように命じたのです」
「じゃ、じゃあ彼らは」
「そう。封じられた七神官その人なのです。私は彼らの封印が解け、姿を現すであろうことを確信していました。そして彼らがあなたに倒されたのを感知したのでこうしてお邪魔したのです」
「お、お邪魔したって……ついさっきの事ですよ? いったいどうやって」
「こうやって」
にこっと笑うイゼルナは右手でお茶のカップを高く掲げるとおもむろに手を放す。
私とアリスが慌てて走り寄ろうとするとカップは空中で姿を消し、気が付いた時には掲げたままのイゼルナの右手に握られている。
「どういう事!?」
「ふふ、ごめんなさいね。簡単に言ってしまえば、空間移動……とでもいうのかしら? 魔力の波を泳いで目的の場所に辿り着くことができるんですよ」
「なんたるチート!?」
この世界の聖女っていったいどういう存在なの?
前回の聖別の儀でも魔力操作だけで簡単にセレナとパスを繋げて魔力を吸収していたし、今回もいとも簡単に空間転移なんておかしなことをやってのけるし。
挙句に《異空》に類する私のスキルに簡単に割り込んで勝手に設定をいじくるし、もうやってることがめちゃくちゃすぎるんですけど……。
「さて、本題に戻りましょうか。貴方が買い取った装備と七神官を倒して手に入れた装備、全て私に買い取らせていただけませんか?」
「……ええと、結構高く買い取ったんですけど、だ、大丈夫ですか?」
「お幾らで買取しましたか?」
「……150億リム……」
「では全てを2000億リムで買い取らせていただけますか?」
「にせ――ひゅ」
傍で話を聞いていたアリスが驚きのあまりに気を失う。なんだろ、これミリアナに聞かせたら死んでしまうんじゃないか?
あの冷静なアリスでさえ崩れる様に床へと倒れてしまったのだからその額が異常であることは言わずもがな、と言ったところだろう。
というかオークションに出品した《ドラゴンの外殻》より滅茶苦茶高いんですけど!?
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「何故そんなにもこのアイテムが必要なんですか? 明らかに私が売る事を渋らないような値段を提示しましたよね?」
「……バレましたか。そうですねぇ……正直に言ってしまえば私にとってもそれほど価値があるものではないんです。いえ、それ以前にこの世界に生きる他の誰にも価値があるものではないのです」
「意味が――」
「《七怨霊の錫杖》……いえ、正確には《七神官の神錫》は7本で1本の《神器》と呼ばれる武器なのです。ですが、その真の力を発動できるのは七神官の七人のみ。他の誰が持ってもただの棒でしかありません」
「棒って……けどそれなら余計に説明が付きません。何故そこまでの金額を出して買い取ろうとするのか」
「答えは単純ですよ。その錫杖の持ち主が欲しているのです」
「……え? 何言ってるの?」
「そんな目で見ないでください。少し恥ずかしいです……」
「いや意味わからないでしょ!? 持ち主の7人は私がさっき――」
「七神官は本当なら八神官だったんです」
「はい?」
「実は七神官の中には双子の神官が居ました。しかし与えられた神器は7本。本来ならば魔王討伐へは全員が参加する予定でしたが、双子の妹はダンジョンから溢れるモンスターを押しとどめるためにひとり地上に残りました。そして彼女はまだこの世界を守るために生き続けているんです」
「そんな、おとぎ話みたいな……」
「けれど事実です。そしてそんな彼女も命の終わりが近い。最後は安らかにと考えていましたが、貴方のお陰で彼女の心を救う事が出来そうです」
「……まぁ、でも大事な物なら仕方がないですね。わかりました、お譲りします」
「ありがとうございます、さくらさん。このご恩は必ずお返しします」
聖女はそう言うと本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
私の眼には彼女が嘘をついているようには見えないし、何より持っていても仕方がないものだと言うなら買ってもらえる方がありがたい。
「じゃあ出しますね」
そう言うと《異空の指輪》から《七怨霊の錫杖》を取り出し全てを彼女に渡す。
「そう……もうひとつの姿に戻る事も難しいのね……」
「え?」
「いえ、ありがとうございます。ではお金はこれに」
イゼルナが足元から大きな鞄を持ち上げる。
「ごめんなさい、このサイズじゃないと金貨が入らなくて……」
「いえいえ、私は問題ないですよ――っと。はい、受け取りました」
「便利ですね、その指輪……」
「いやぁ、聖女の能力の方が凄いと思います」
「そうかしら?」
「そうですよ」
ふたりして笑いながら言葉をかけあう。
なんていうか、イゼルナは怖い時もあるけど安心する時もある。まるで凄く親しい家族みたいな何かを感じることがある。
「それでは今日はこれで。また伺いますね」
「はい。あ、クッキーはその鞄の中へ入れてますから」
「まぁ! 何から何まで……ありがとう、さくらさん」
私の髪を撫でながらイゼルナは微笑む。
その姿は嬉しそうでもあり、どこか悲しそうでもあった。
イゼルナが私から離れると、彼女は掌を真横にかざし微笑んだままその姿を消す。
そしてこの日、この世界からひとりの魔女がその姿を消したことを私達は誰も知らないまま明日を迎えるのだった。




