大問題
「では続きまして聖別の儀へと移らせていただきます。聖女イゼルナ様、よろしくお願いいたします」
玉座に座るアスタルスへとひとりの女性が歩み寄る。
歩くごとに銀の長い髪が煌めき流れ星のように光の尾を残していく。思わず見とれてしまうようなその女性は横目で私の方を見ると僅かに微笑む。
「聖女様なんているのね」
「私、初めて見ました」
さっきまで私達の席はアークの事があって落ち込み気味だったけれど、今はなんとか平静を取り戻している。私自身言うべき事じゃなかったなと思ったけれど、アリスは家族同然に暮らしてきたんだ。内緒にしておくという訳にはいかない。
そんな私達の気持ちを軽くしてくれたのは戴冠の儀が終わり休憩を取っている時にエリィが教えてくれたとある情報だった。
『ぬか喜びになるかもしれないが、延命は可能だと思う。伝説級アイテムに《施しの腕輪》と言う装備がある。この装備は装着者に魔力を常時供給するという物で産出量も少なくはないし売りに出されることも珍しくない。ダンジョンも既に攻略済みで中級に分類される事から冒険者に人気なんだ。実際にこの装備で命を繋いだ魔力枯渇症の人もいるらしいからな』
その話を聞いて喜んだのはアリスだった。彼女の気持ちを考えればそれも当然だし、私だって嬉しくないはずがない。ただこの話はアークには話さないでおくのか、しっかりと確認をすべきなのかという部分で少し意見が分かれている。
アリスは伝えるべき、そしてエリィは伝えるべきではないという意見だ。私はどちらとも言えないと思っている。
確かにアリスのはっきりと明確な意思を示すべきという答えも最もだと思うし、エリィの手に入るかどうかわからないものに縋らせるのは酷だという意見もわかる。
ただ不思議だったのは普段ならアリスもエリィも言い争いを始めてしまう場面だったけれど、なんとアリスがエリィの意見も一理あると折れたのだ。彼女にしては珍しい行動だったけど、それだけ真剣に考えている証拠だと捉えた。
取り敢えずこの話は儀式が終わってからという事で一応の決着がついた。いや、ある意味では先延ばしなんだけど今はなしても埒があかないしね。取りあえず色々な人に情報を募ってあとはダンジョンを徘徊するしかないかな。偶然でも売りに出ていることを願いたいけど……。
「あ、あれ? あの聖女様の後ろにいるのセレナさんじゃない?」
「何!? ――あ、ほ、本当だ。でもなぜ聖女と……?」
私達の視線に気が付いたのか、聖女の後ろを歩くセレナが目だけでこちらを向く。そしてそのすました顔が一瞬驚いたような表情になりすぐに顔を背ける。
エリィはセレナに会えたことが嬉しかったのか身を乗り出して食い入るようにその姿を見ている。いやぁもう誤魔化せないっスよエリィさん……。
「ではこれより聖別の儀を始めさせていただきます。魔法で何かしらの延命処置をされている方は退室をお願いします。これ以降、この場は魔法の使用ができませんのでお気を付けください」
ルドルフはそう告げると部屋を見渡し出て行く者が居ないことを確認する。
「それでは聖女様、よろしくお願いいたします」
聖女と呼ばれた銀の髪の女性が頷くとその身体の周りに白い光の球が浮遊を始める。その数は数個から数十個に増え、最終的には光が部屋全体を満たしてしまう。しかし不思議と眩しさや熱は一切感じることがない。
「セレナ」
「はい」
聖女に名を呼ばれたセレナが何か呪文を唱え始めると聖女の肩へと手を重ねた。
「聖女と魔力回路を繋いでいるのか」
「それってエリィさんと繋ぐみたいにってこと?」
「あぁ。聖女というのは魔力を意のままに操る者、魔法使いでは到達しえなかった遥か高みに存在する世界唯一の職だ。変わりは存在せず、聖女が死ねば次の聖女が自然と生まれる。そういった循環で連なる特殊ジョブらしい。私のようなスキルを使用しなくても相手から魔力を引き出すなんて容易なのだろうな」
「ちょっと嫉妬してる?」
「してないっ!」
『神の威光。光の本流をもってその内に悪意あらばその姿を暴き出す。天衣の箱庭』
アスタルスの頭にかざされた掌から破魔の短剣によく似た閃光が瞬間的に放出されるが、その光はこの部屋にいる人全てを照らすとすぐに消える。
「……聖別の儀、無事終了しました。アスタルス陛下、王位継承おめでとうございます。今後ともよりよくシュバリオン王国をお導きください」
「聖女イゼルナ、ありがとうございます。歴代シュバリオン国王の名に恥じぬように努力いたします」
なるほど、よくわからないけどこれで全部の儀式が終わったという事だろうか。
これからがパーティ本番って訳だね! まぁその前に色々挨拶とかしないといけないかなぁなんて思うけど。
「終わりましたね。さくら、アスタルス王に挨拶が終わったらアークの所に行きますか?」
「あ、う、うん……ええと、そうしよっか?」
ん? なんかおかしいぞ?
「どうしたんですかさくら? 調子が悪いんですか?」
「え、う、ううん。なんでも、ないです……」
「どうしたんだ? 何か変だぞ……もっとハキハキ喋れていただろう」
ええと、こんな時はどうやって返事を……してたんだっけ?
なんだろう、頭にもモヤがかかったみたいになって何も考えが纏まらない。
「あの、あ、アリス、さん」
アリスの顔がすぐに険しくなる。怒ったのかと思ったけれど、なんだろう何か違う気がする。
「さくら!? どうしたんですか!?」
「え、ど、どうもして、してないと思う、ます……」
いや、絶対どうかしてる、気がする。なんだろう、ちょっと前まではもっとうまく喋れていたような気がするんだけど……どうしてだろう? あの光を浴びた直後だろうか、何かこうすぅーっと抜けるような感覚がして。あれ、人とどうやって会話するんだろう?
「エリィ! どうしてここに!」
「セレナ! そんな事よりサクラの様子がおかしいんだ! あの聖別の儀が終わった直後からこんな――」
「どうやら呪いが解けているようですね」
突然柔らかくて温かいものが後ろから頬に触れる。
そして遅れて漂ってくる甘い果実のような香り。なんだろう、凄く安心する。
「さくらさん、と言いましたか? あなたは精神系に作用する呪いを持っていたんですね」
「あ、ひぃ」
「ごめんなさい。聖別の儀の効果で呪いが一時的に解除されているようです。まさかそんな呪いを良い方向に作用させている人がいるとは思いませんでしたので……」
な、なるほど。聖別の儀はそんな効果もあるんだ。
「アリス! さくらがどうかしたのか!?」
気が付くと私の目の前にはアークが心配そうな顔で立っている。
大丈夫だと伝えたいけれど、その言葉すら出てこない。どう会話していいのかがわからない。わからない。
「そちらが本来の貴女……けれどそれではいけませんね。大丈夫、一時的な解除ですから明日の朝には元通りになるはずです」
「ひゃ、ひ」
「あ、あの聖女様」
「イゼルナとお呼びください」
「そ、それではイゼルナ様、さくら……あ、いえ、店主は一体どうしてしまったのですか?」
「先ほども申しましたように、彼女にかかっていた呪いが解けたことによりこのようにコミュニケーションが難しくなってしまったのでしょう。あなた方が普段接してきた彼女の人格は呪いで補正して形作られていたようですね」
「聖女イゼルナ、それは問題ないのだろうか? 呪いと言うとあまりイメージが……」
「そうですね。ですが呪いは元を辿れば《まじない》なのです。今は負の側面ばかりが目立ちますが、本来は彼女のように苦手な事を得意にしたり、その日の運を占ってみたりとそういったものだったそうです。しかし彼女の場合は魂に刻み込まれたと言いますか、何かが原因で呪われているという訳ではないようですね。もっと根源的な……」
そう言うとイゼルナは私の眼を上から覗く。
以前なら何ともなかった人と目を合わせるという行為が、今は異常な程恐ろしいのは《健康な精神》の補正が切れてるからなんだ。なんだか懐かしいけど、確かに家族以外にはこんな感じだった気がする。
「いえ、詮索はやめましょう。ただこの状態ではお話は難しそうですね――アスタルス陛下」
「そうみたいですね」
皆の視線が声の方へと集まる。
そこにはルドルフを従えたアスタルスが困ったように苦笑いしながら立っていた。
「こんにちはサクラさん。――と言っても、今はお返事も難しいですね。では、貴方には明日改めてお会いするとしましょう。他の方々もよろしければ明日、ご一緒にどうぞ」
「アスタルス陛下、ご即位おめでとうございます」
「おめでとうございます陛下」
そう言ってアリス、エリィも頭を下げる。
アスタルスはアークを見るとまた困ったように笑う。
「ありがとう。ええと、貴方がアリスさんですか?」
「あ、はい」
「私の叔父……いえ、父がお世話になりました。素性を隠すなど大変な無礼かと思いましたが、どうしてもこの日まで父の事を秘匿するにはあのお店しかなかったのです。勝手に盾のように使った事、お詫びいたします」
「陛下、私とアーク……アレクス様は同僚でもあり家族でもあります。そのように頭を下げないでください。おこがましい様ですが、私もそして店主のさくらもアークがアレクス様だからと言ってこれから何かが変わるとは思っていません」
「そうですか……父は良き仲間、良き家族を持ちました。少し羨ましいですが、父の家族という事は私の家族でもある。今後とも父をよろしくお願いします」
「――っ! で、ですが……」
「大丈夫。――」
アスタルスは声を抑えるとアリスの耳元で何かを呟く。
驚いたようにアリスがアークの手元へと目を向ける。
「私だって……もう肉親は失いたくない」
小さな声でアスタルスがそう呟いた気がした。
「ではまた明日お会いしましょう。皆さん、ごゆっくりお楽しみください」
アスタルスは私の周りに集まる人たちに声を掛けると他のテーブルへと行ってしまった。
「では私もそろそろお暇します。セレナ、貴方の仕事はもうおしまいですので、そちらの方とゆっくりパーティーを楽しんでくださいね」
「あ、はい! イゼルナ様もお元気で!」
「また会いましょうね」
イゼルナが私の頬から手を離すとそのまま髪を撫でるようにして離れていく。
その心地良さが去るのを少し口惜しく感じながら私はその後ろ姿を見送った。
少し俯き気味に周りを見渡すと皆それぞれ楽しそうに話に花を咲かせている。私もその中へ入れたらと考えながらも今の状態では叶わない事だと諦める。
改めて、私がどれだけスキルに助けられていたかを痛感することになっちゃったな、とため息をついた。




