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アレクス=オーグ=シュバリオン

遅くなりましたが無事更新できました!

「失礼いたします」


 私達が着替えを終え控室で談笑していると扉をノックする音と男性の声が聞こえてくる。

 その声には聞き覚えがあった。


「あ、ルドルフさんだ。どうぞー」


 そう声を掛けるといつも通りハットを抱えたルドルフが部屋へと入ってきて頭を下げる。


「この度は、お越しいただきありがとうございます。……おや、そちらは?」

「あ、彼女はエリィと言います。警護のために付いてきてくれたんですけど、どういう訳か巻き込まれて着替えさせられてしまって……」


 そう言ってちらりとエリィを見るとどこか落ち着かないようにモジモジと身体を揺すっている。

 最初は「護衛なんだ!」と断っていたけれど、メイド長がニコニコと微笑みながら無言でドレスを持って迫るものだからついに遠慮しきれなくなって着替えさせられてしまった。

 しかし、こうやって女性らしい格好をしているとかなり美人だという事がわかる。いつもはラフだが軽装鎧を身に纏っていて身体のラインなんかもわかりにくいけど、布に着替えた途端にこのわがままボディだよまったく。


「そうでしたか。では遠慮なくお楽しみください。さくら商店の皆様はアスタルス様のご友人という事でお呼びしております。会場で聞かれましたらそうお答えください」

「友達、ですか?」

「はい。あ、それからパーティーの前に少し儀式がありまして、皆さまにはその立ち合いをお願いいたしたいと考えております。難しい儀式ではなく、戴冠の儀式だとお考え下さい」

「おぉ~! 一気にファンタジー! そんなの生で見られるなんて!」

「ふぁんたじ、というのはわかりませんが、確かにそう簡単にみられるものではありませんから貴重ではありますな。ではあと数分で案内の者が迎えに参りますので」

「はーい。あ、アークはここに来ないんですか?」

「……えぇ、会場にもうお越しいただいております」

「あ、そうなんだ。じゃあすぐに会えますね」

「勿論です」


 ルドルフはにこりと微笑むと一礼して部屋を後にする。相変わらず掴みどころのない人だなぁと感心する。忙しさも顔に出さず、主人の為に走り回るのは執事の仕事と言わんばかりだ。


「さくら、よく分かりましたね」

「ん? なにが?」

「いえ、先程の声がルドルフさんだと……」

「え、だって普通に……」

「私には男性の声というのはわかりましたが、誰かまでは確認できませんでした。何て言うか、膜に覆われたような違和感を感じて」

「あぁ、確かに私もそんな感じがしたよ。どこかブレたような声と言うのかな」

「膜……なんだろ、どこかでそんな感覚を味わったような……」


 何か引っかかるようなものを感じていると扉がノックされる。

 どうやら迎えが来てしまったらしい。

 

「ま、いいか。取りあえず会場に行こう!」


 私はアリスとエリィの手を引くと控室を後にする。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あれ、アークが居ませんね?」


 会場に到着した私達は所定のテーブルに着くと辺りを見回す。確かに、アリスの言う通りアークの姿がどこにも見当たらない。

 

「本当だ……先に来てるって話だったのにね」

「所用ではないのか?」

「あー、なるほど」


 つまりおトイレという事かな。確かに、儀式が始まっちゃうと行けないもんね。


「しっかし、見事に場違いだね私達」

「はい。どなたも貴族や王国内部で権力を有する有力者に国職に就く方なのではないでしょうか。多分無関係なのは私達のみかと」

「そして私は関係ないお前達以上に関係ないがな」

「まだ言ってる……。いいじゃないですか、護衛って事で許可出たんだから」

「剣も何も持たずに護衛などと言えるか!」

「それは、確かに」

「けれど剣の持ち込みはダメだと言われたでしょう」

「アリスは魔法使いだからそんな事が言えるんだ! 私は剣士だぞ? 剣がないこの不安感と言ったら……」

「いや、寝てる時はその辺に放ってたじゃないですか」

「あれはその、疲れて忘れてたと言うか」

「ほら、その程度」

「ぐぅ……!」


 アリスとエリィのじゃれあいもなんだかんだで板についてきた。

 そんなふたりを眺めているとルドルフさんが玉座の傍に立ち、咳ばらいを一つすると会場がすっと静かになる。


『それではこれよりシュバリオン王国第36代国王アスタルス=アーク=シュバリオン陛下の聖別の儀並びに戴冠の儀を始めたいと思います。この度はお集まりいただきました皆様に厚くお礼申し上げます。進行を賜りますルドルフ=ミッツァーと申します。どうぞよろしくお願いいたします』

「ありゃ、始まっちゃったよ」

「アークは戻りませんね」


 結局アークがトイレから戻らないまま儀式が始まってしまった。ルドルフが説明と注意を伝える中、アリスも私もアークを探してきょろきょろとしていた。


『それではアスタルス殿下、及び前国王であらせられるアレクス様、儀式会場へとお入りください』


 その瞬間、水の中に石を投げこんだようにざわめきが波紋となって会場中に広がる。エリィも驚いた顔をして口をぽかんと開けている。

 どうしてこんなにざわついているのかわかっていないのは多分私とアリスだけだろう。


「ねぇ、どうしてこんなにざわついてるの?」

「知らないのか? 前王アレクスはクーデター中に消息を絶っているんだ。だからまさか今日この場に来るなんて誰も思ってなかったんだろう」

「あぁ、そうなんだ」

「ダンジョンに籠っていると……外の情報に疎くなりますね」

「今度から風聞紙、取ろうか?」

「そうしましょ――え!?」


 コソコソと話していたアリスが急に声を上げた。

 その声に驚いた私が彼女の視線を追うと、そこにはふたりの人間が玉座の前に立っている。

 ひとりは以前会ったアスタルスだ。相変わらず男の子なのか女の子なのかわからない風貌だけど、しっかりとおめかしして赤い外套に儀式用の細剣を腰に差しキラキラと輝く髪を後ろに結っている。

 そしてもうひとり、頭に王冠を載せ同じく赤い外套を羽織った男性が静かに会場を見渡している。


「アーク……?」


 アリスもエリィも口を開けたままその場で固まっている。私だって驚いて声が出ないんだから仕方がないだろう。

 アークは一度だけ視線をこちらへと向けると少しだけ微笑んでまたすぐに正面へと顔を戻す。

 その立ち姿はいつも店で見ている従業員のアークじゃなくて、完全に王族としてのアレクス=オーグ=シュバリオンに戻っていた。


「それでは戴冠の儀、始めたいと思います。まずは前王アレクス様よりお言葉がございます」


 ルドルフがそう促すとアークは頷いて一歩前に出る。

 もう一度会場を見渡すと、意を決したように口を開く。


「本来であれば、国民の前で今まで私に尽くしてくれた礼と道半ばで退くことについて謝罪をするべきだが、残念ながら私は既にこの世に居ない者……その願いは敵わない。だからこそ私に尽くしてくれた国民の代表たるそなた達に礼と謝罪をさせてもらう。よく私を支え国を守ってくれた。ありがとう。……そして語り合った理想の道半ばにして退くことを許してほしい」


 会場に居る殆どの人達が胸に手を当て頭を下げている。 

 中には肩を震わせて涙を流している人もいた。


「だが安心して欲しい。私の想い、志はここにおられるアスタルス陛下が継いで下さる。私は仮初の王として玉座を守っていたにすぎない。君達が真に仕えるべきは正当な血筋であり、記憶と、意志をもつ新王アスタルス=アーク=シュバリオンに他ならぬ。どうかその力を尽くし新王の為に働いてほしい」


 アーク――アレクスは力強く伝えると頭を下げる。

 王族が貴族に頭を下げるというのは多分異常な事なんだろうけど、私達の知っているアークなら違和感のない実に彼らしい行動だと思う。


「父上……いえ、アレクス叔父様。今までありがとうございます。貴方から継いだ意志は私の中で生き続けます」


 頭を下げるアークの隣に歩み寄ったアスタルスはそっとその背中に手を回す。

 しかしアリスとエリィ、それに会場に集まった人々は的を射ないと言ったように不思議な表情をしている。

 それもそのはず、公式にはアスタルスはアレクスの第四王子という位置づけの筈だから、今アレクスが王位を譲り渡した相手は自分の息子になる。だけど彼はアレクスの事を『叔父様』と呼んだのだ。私はルドルフとドラゴンの会話を聞いていて事情を知っているけど、他の人達は何が何だかわからないだろうなぁ。


「……ん? どういう事なんだ?」

「アークがアレクス様で、アスタルス殿下はアレクス様の甥? という事でしょうか? アレ……少し混乱してきました。おかしいですか? おかしいですよね?」


 エリィは素直に疑問を口にし、アリスはパニックになっている。

 まぁ私達にとってはダブルショックだもんね、混乱する気持ちもよく分かるよ。


「アスタルス陛下はアーク……あー……アレクスの息子じゃなくて前々王オウギュスト様の隠し子なんだって」

「か、隠し子!?」

「ちょ声が大きいよアリス!」


 焦った私はアリスの口を手で塞ぐ。

 でもそれは一歩遅く、気が付いた時には周りから視線を浴びてしまっていた。


「その通り。お集まりの皆様もお気づきでしょうが、私はオウギュスト=アーク=シュバリオンがアレクス様の姉である王妃様とご子息を亡くされた後に血筋を絶やさぬ為に外部の女性に生ませた子供。文字通りの隠し子です。何も知らない私を母はとある村で可愛がって育ててくれました。しかしある日、父が崩御してすぐにアレクス様の遣いの者が私を探しにやってきました。その時に全てを知りました。私の父の事、母の事、そして逃れえぬ運命。正直に言って……正当な血筋や王位など私には関係ないと叫びだしたかった。けれど、その話を聞いてから私の中の父の血が騒ぎ立てるのです。まるで王になるべきだと叱咤激励するように。それからすぐにアレクス様は私を第四王子、自分が外に作った子供だと言って引き取り安全を守る為に三王子とは離れて暮らさせてくれたのです。そして三王子が謀反を企てていることを知った私とアレクス様はこれを機に正当な血筋へと王位を返還するという計画の元に動き今に至るのです」


 つまりは全てアレクスとアスタルスが仕組んだ事だったの? 今日この日の為に、アレクスがアークと偽って私のお店に居たのはそこが一番安全だったからって事? そんな事を考えながらふととある場面が頭をよぎる。その瞬間に全てを理解した。いや、理解してしまった。

 ……アークの言っていた意味がここにきてわかったよ。『その時に私の処遇をどうするのかはさくらに任せるよ』と言っていた意味が。


「そっか。もうやるべきことは何もないんだね」

「さくら、それはどういう……」


 私は何も答えない。

 アークはこの日、全てを私達が知った日、自分が店から追い出されることも想定してあの言葉を私に聞かせたんだ。きっと辛かっただろう。何も言えず、自分の子供達を討ち、そしてまた表舞台から消えていくのは。

 それでも彼はアリスと一緒に私を励ましたり手助けをしてくれたりしていたんだ。自分が一番大きなものを背負ってたくせに。


「サ、サクラ? 泣いているのか?」

「……別に。ただ辛かったんだろうなって」


 あの日、ドラゴンとルドルフが会話をしていた場面を思い出す。


『現王アレクス様は病を患っております。そしてその病は治すことのできない不治の病』


 嘘を見破るドラゴンにルドルフは確かにそう答えた。そしてドラゴンもそれを()()()()()()()()()()()


「ねぇ。魔力ってさ……なくなるとどうなるの?」

「なぜ今その話を……魔力が急になくなると命にかかわる事もあると以前教えただろう」

「じゃあ徐々に、完全にゼロ、まったくなくなったら?」

「……まさか」

「……アークは魔法を使えないって言ってたよね」

「さくら!?」


 この世界に魔力を持たない人は存在しない。だからこそスキルという概念があってそれを使えるんだ。けれどアークは一度もスキルを使ったこともないし魔法を使ったこともない。以前ダンジョンの攻略に参加した時も『魔法は使えない』と言っていたんだ。つまりそれは……。


「《魔力枯渇症》……セレナとは真逆の病だ……」

「ルドルフさんが以前言ってたんだ。アレクス様は病を患っております……って」

「だからって! 決まったわけでは……」


 アリスは少し怒った様に否定する。

 彼女は一度仲間を失いかけた経験からか異常に身内意識が強い。身内意識とはいっても仲間を大切にするとかそういう意味だけど……だからこそ彼女には私の言葉が憶測であってほしいと思わせるんだろう。

 でも私は心のどこかに確信を持ってしまった。もしかしたら最近ボーっとしていたのはその病気の影響もあっての事なんじゃないだろうか、とも考えてしまう。

 私達の前では戴冠の儀が着々と進んでいる。もう気が付けば王冠はアレクスの元を離れ、今、アスタルスの頭上へと掲げられたところだ。

 王冠から手を離したアークは安心したような顔をしてアスタルスをじっと見つめている。その顔は全ての重荷から解放された安堵感なのか、懐かしい兄の面影を見てなのか……心なしかいつもの精悍さは微塵も感じられない。

 そうだ、あんな表情を私は何度も見たことがあったじゃないか。生きている頃、病院で、病室で、そして鏡で。

 それはもう何もかもを諦めた病人の顔、生きていた時の私と同じ表情じゃないか。

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