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さくらとアスタルス

 目が覚める。

 身体を起こすとよろよろとベッドから降り洗面所へと向かう。普通の民家がどうなっているかは知らないけれど、ここにはホテルのようにしっかりとしたトイレと洗面所が備え付けられている。


「……ん」


 顔を洗いながら鏡を見る。昨晩は散々だったと頭を振る。

 結局誰にも挨拶ができず料理の味も殆ど覚えていないし、何よりなぜあんな簡単な返答すらできないのかと本来の自分に驚いてしまう。

 あのまま病気が治って元気になっても家から一歩も出ない生活になってしまっていたんじゃないかという気さえする。


「おはようございます。さくら、あの……」


 気が付くとアリスが眠い目をこすりながら私の様子を窺っていた。

 彼女にも昨日は悪い事をしてしまった。色々思う事もあっただろうに、私の事でも心配をかけて殆ど料理も食べられず付きっきりにさせてしまって。

 

「おはようアリス」

「あ、良かった……元に戻ったんですね」

「まぁ昨日のが元、なんだけどね。でも大丈夫、アリス達の知っている私だよ」


 そう伝えるとアリスは嬉しそうに笑う。めっちゃ可愛い。

 普段こんなに満面の笑みのアリスは見たことがないけど、それだけ私の事を考えさせちゃったんだよなぁ。なんかごめんね。


「じゃあちょっと挨拶に行ってくるよ。流石にあれはね……」

「わかりました。私はここで待っています。一緒にどうぞとは言われましたが、いくら何でも恐れ多いので……」

「わかったよ。そういえばアークの様子はどうだった?」

「その事ですが――」



「お待たせしました。サクラさん、昨晩は楽しんでいただけましたか?」

「アスタルス様も人が悪いですね……どういう状況が知ってるのに」

「そうでした、つい社交辞令的に聞いてしまって……」


 ここは王の政務室、本来なら謁見室でしか外部の人間とは会えない規則らしいけれど、私は一応『王の友人』という位置にいるらしく特別な形で許された。

 私の前にはソファーに腰かけるアスタルスとその傍らに立つルドルフ。部屋の中は驚くほど質素で目を引くような調度品なんて一切ない仕事の為だけの部屋といった感じだった。


「何もない部屋でしょう? アレクス叔父様が豪華な調度品を好まない性格だったので。私も叔父に似たのか興味がないんですよね」

「いいんじゃないでしょうか? だって王様だからってキラキラした宝石に囲まれてなきゃいけないなんて決まってないですし」

「それは、確かにそうですね。……やはり貴方は不思議な人です。皆私に王らしくあれというのに。彼でさえ時折そういうことを言うんですよ」

 

 そう言うと悪戯っぽく目を細めてルドルフの方を見る。

 ルドルフも苦笑いをすると困った様にこめかみをかくような仕草をする。


「サクラ=ハナオウギ、私が王位を継承できたのは貴女の協力があったからこそです。改めて、深く感謝します。ありがとう」

「王位継承おめでとうございますアスタルス様」

「言葉だけでは貴方の恩に報いることはできません。何かして欲しい事、欲しい物はありますか?」


 私は小首をかしげると少しだけ考える。

 

「因みに叔父様の事は――」

「はい。アリスから聞きました。《施しの腕輪(ギフトリング)》、既に手に入れてくれてたんですね」

「周りからどう思われているかはわかりませんが、私にとっては父なのです。父の顔を知らない私にとっては……」

「私にとっても、アリスにとっても家族同然です……ありがとうございますアスタルス陛下」

「では私達は《きょうだい》という事になりますね」

「兄弟……いいですね! 王様と兄妹だなんて自慢になります! けれど、どちらかと言うと姉妹の方がしっくりきますね」

「……その眼、ですか?」

「いえ、最初にお会いした時から何となく。……ルドルフさん、《偽装スキル》使ってますよね?」

「……ご明察、流石《竜の眼》を持つお方です」

「最初はルドルフさんの違和感に気が付きませんでした。やっぱり自分に使うのと人に使うのでは違うんですね?」

「成程、お気づきになられたのは……アリス殿ですな」

「それからエリィも。声に違和感がある、と」

「恐ろしい……魔力に関してそこまで才能を有する者が近くにふたりもおいでとは……()()()()()()()()()()()()()()ですよ」


 ルドルフは驚いた顔をすると首元の蝶ネクタイを緩める仕草をする。次の瞬間、その姿が次第にブレて消えていき、代わりに背の高い女性が姿を現す。


「お初にお目にかかります。ワタクシ、アスタルス様の警護を命じられておりますベルディ=ベルニアと申します」

「黒い肌に長い耳、……エルフじゃないんですか?」

「ダークエルフというエルフ族です。エルフ族とは祖を同じくしますが、我々は魔力の傾向が変異したことで生まれた種族です」

「じゃあ、ルドルフさんは……」

「私ならここにおりますよ」


 部屋の隅、壁の一部から声が聞こえる。

 その壁が変色すると人の形を形成し徐々にその姿を現す。


「お久しぶりでございますさくらさん」

「ルドルフさん!?」


 壁から現れたのは間違いなくルドルフその人だった。

 けれどルドルフはついさっき、その姿をベルディへと変えたはず……。


「申し訳ありません。事情があり暫く姿を現すことが叶いませんでした。ですが、昨晩の司会は私が務めさせていただきましたよ」

「え……っと、じゃあルドルフさんは実在の人物……?」

「その通りでございます。神話級装備の輸送を依頼したのも、さくら商店へ最初に伺ったのも私でございます」

「……さくら様は()()()()ですがワタクシとルドルフ殿の違いを指摘されておりますよ?」

「一度? ――あっ! アークを連れてきた時だ!」


 そう、ルドルフがアークを連れてきた時に私は一度聞いたんだ。

 あの時『……なんか少し痩せましたか?』って。


「驚きました。あの時はルドルフ殿の姿を借りるのは3度目でしたので、まさかワタクシの《偽装スキル》を見破られるとは思いもしなかった」

「いやぁ、忙しくて痩せてしまったのかとばかり……」

「凄いですねサクラさんは。私もたまにどっちが本当のルドルフかわからなくなりますし……けれど、確かに初めてお会いした時も屋敷に偽装がかかっている違和感を感じてましたよね」

「流石にワタクシでもあの規模の偽装となると難しいですね。気づかれない自信があるとしたら大型馬車位まででしょうか」


 どうして3王子がアスタルスを見つけられなかったのか理解できた。これだけの《偽装スキル》の使い手にルドルフという軍師のような人物が付いていてはそう簡単に尻尾はつかめないだろうなぁと。


「あれ、そういえばドラゴンの眼を盗み出したのは……」

「それは私でございます。年甲斐もなく、燃えてしまいましてな」


 恥ずかしそうにこめかみをかくルドルフを見てベルディの偽装能力の高さを痛感する。

 あんな些細な癖でさえ全てコピーして演じていたのだからその実力と能力は折り紙付きだろう。今見てもおかしい所など微塵も感じさせないんだから本当に凄い。


「サクラさん、話を戻しますが、何か私達が出来る事はありませんか? 私達は仕方がないとはいえ何度も貴方を欺いていた。せめて出来ることでそれに報いたい。できうる限りの事はするつもりです」


 アスタルスは真剣な顔で私の眼をじっと見つめる。

 昨日はあんなに怖かった人の視線がこうもあっさりと受け入れられるというのもおかしな話だけど。


「何でも、ですよね?」

「はい。なんでも」

「じゃあ一つだけ、以前からずっと考えていたことがあるんですが――」


 私は自分が考えていたことをアスタルスに伝える。最初は考えるような仕草をしていたけれど、私の話を聞いて意図を理解したのか頷く。


「面白い、面白いです! それなら国王就任の一番初めの事業としても十分ですし、何よりこの国に新しい風を吹き込む足掛かりになる」

「私もそう思います。商人としての目線ですけど、これがうまくいけばもっと取引が簡単になるし商人毎の創意工夫もできると思う。決して悪い事ばかりじゃないと思うんです」

「そうですね。ではその願い聞き届けましょう。……いえ、寧ろ我々も乗っかりたいですね! 是非お願いしますよサクラさん」

「喜んで!」


 私はアスタルスと固い握手を交わすとにっこりと笑ってみせる。彼……いや、彼女の手は小さいながらもしっかりと手を握り返してくる。

 ただ笑っているだけのアスタルスが異常な程の妖艶さを持っているように感じるのはあまり気にしないようにして置こう。きっと触れると呑まれてしまう。その魔女のような美しい視線に。

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