エリィとセレナ
「さて、じゃあ扉に貼り出しておこうか。しばらくお休みしますって」
「そうですね、周知は早い方がいいかと」
「いー……よし! じゃあこれ貼っておいてー」
「わかりました。出発自体は当日ですよね?」
「そうだね、ダンジョン経由で行こう」
アリスがアンパル側へと出るとその扉に魔法板を掛ける。
この扉の本体はアンパルの冒険者ギルドの裏庭にあるから、ここにかけておけば今繋がっているダンジョン全ての扉にお知らせが貼り出せるって寸法さ。
ま、どういう原理なのかはさっぱりわからないけどね。
「よし、と。そういえばダンジョンからはどうやってシュバリオンに?」
「それはねぇ。なんと馬車を用意しました!」
「え゛」
「え、何? なんかめっちゃ難しい発音したね?」
「あ、いえ……馬車、ですか?」
「そう。あ、でも心配しないで。速度は出さないし、今回の馬車は特注品なんだ!」
「特注品?」
「その通り! 実はホイールさんにお願いしてね! 揺れに強い馬車を作ってもらったのさ! そうアリス、君の為に!」
「それは助かります。正直前回のダンジョン探索の時は暫く調子が戻りませんでしたから」
「反応うっす」
薄い反応とは裏腹にその顔は心底ほっとしたように見える。
前回はかなり顔色が悪かったからね、私も飛ばし過ぎたかなとは思ったんだけど。
けれどこれからも馬車で移動する事は多々あると思う。だからこそホイールにダメもとで馬車の改良案を出していたのだ。
改良案と言っても、私がよく使っていた車椅子を参考にブレーキのようなものや、早駆けの革靴の靴底に使われた《ダール金属》を車輪に利用してもらい多少の段差や凹凸なら衝撃を吸収してくれるようになった。
本当は車みたいにバネが付いていたらいいんだろうけど、残念ながら私には車のバネがどうやってついているのかすらわからないから伝えていない。まぁ、あの人ならすぐに開発しそうなものだけど。
「まぁ乗ってのお楽しみさ! きっと前よりは100倍は乗りやすいよ?」
「き、期待しておきます」
アリスが引きつった笑いを浮かべながら準備のため休憩室へと引っ込む。
うちのお店は暇なら座っててもいいし他の人がカウンターに居たら奥で休んでいてもいい、まさに理想のお店なのです。
「邪魔をするぞ」
少し暇そうにカウンターを指でなぞっているとカラコロと音を立てながら扉が開かれ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いらっしゃ――おぉ、エリィさん! お久しぶりです」
「サクラ! 元気にしていたか?」
「おかげ様で! あの後装備も元通りになってですね、いつでも準備万端ダンジョン探索に行けますよ」
「良かったじゃないか! 実は私もセレナも心配はしていたんだ。だけど流れの冒険者としては一所に留まっているわけにはいかなくてな。だが今朝他の冒険者から《店の扉》の位置を聞いて、様子見がてら買取をお願いしようと思ってな」
「それはそれは、わざわざありがとうございます。じゃあ早速買取済ませましょうか?」
「頼む」
エリィはドロップアイテムを詰め込んだ《次元蜥蜴の鞄》をそのままカウンターへと置くと、物珍しそうに装備を並べた場所へと近づいていく。
「中身全部?」
「そうだ。持ち物の鞄とは別にしてるから遠慮なく買い取ってくれ」
「ではでは……」
私はすぐにスキルを操作する。
視界に《金額算出中》の文字が表示され、中のアイテムの相場から金額を割り出していく。
このスキルも使ってて思うけど、いったいどうやって相場を確認してるんだ?
「お、出ましたね。エリィさん、全部で金貨80枚でどうですか?」
「それで構わない。他の店よりも少し高いか?」
「うちはお客様第一なので! じゃあはい、金貨80枚ね」
「ありがとう。所で、外の魔力板に書かれていた5日後からしばらくお休みしますっていうのは、何か理由があるのか?」
「え、まぁ諸事情ありまして。何か気になる事でも?」
「いや、それがうちの相方がな――」
エリィはつまらなさそうにここまでの経緯を話してくれる。どうやらセレナも事情があってシュバリオンに行ってしまったらしく、彼女はひとりガネッサの隣にあるハルシアナという街に残され暇を持て余しているらしい。
「残念ですねぇ、想い人がいないと」
「違う! 相方だ! サクラはどうしてそうも関係をややこしくしたがるんだ!」
「それじゃあ一緒に行きますか?」
「え?」
「いや、私達氷の月の5日の朝に出発しますから一緒に王都まで行きますか?まぁ流石に用事の時は待ってもらう必要がありますけど」
「行こう」
「決断はっや! そんなに会いたいの!?」
「いや、違うぞ。仕方がないんだ。私は他の人とパーティが組めないしソロでダンジョンに行くには効率が悪い。それにもし万が一のことがあった時にやはり複数で行くのとソロで潜るのとでは危険性が――」
「わかりましたわかりました! もう、必死だなぁ」
「必死ではない。決してそんなことは」
「必死じゃん! ……じゃあ前日はここに泊まってください。奥に部屋がありますから。従業員もいますし」
「良いのか? すまないな、じゃあ一泊分払わせてもらうよ」
「じゃあ格安にしときます。食事もついてますよ。あ、そういえば、セレナさんの居場所はわかるの?」
「さぁ」
「……」
「い、いや、大丈夫だ! 以前王都の魔術院で世話になっていたと聞いている! 今回もどうせそこにいるだろうからな!」
「うーん、不安」
「何故だ!」
この人はセレナと一緒にいると何となく頼れるお姉さんなのに、ひとりだとポンコツになってしまうのはどうしてなのだろう?
初めて会った時よりも今日の方が随分と幼く見えるし、もしかしてセレナがいないと本気になれないタイプなんだろうか。うーん、愛の力って凄い。
「何か考えているな? 違うぞ?」
「え、声に出てました?」
ふと後ろから視線を感じる。多分私とエリィのやり取りを後ろからこっそりとアリスが覗いている。
そういえばうちの従業員とは初対面だし挨拶でもしておいてもらった方がいいのかな。
「アリスこちら――」
「アリス?」
エリィが訝し気に目を細める。
途端に扉が勢いよく閉められお店の中に静寂が訪れる。
「サクラ、アリスというのは……」
「もしかして知り合い?」
「……数年前に少しな」
何かちょっと含みがある。
もしかしてトラブルがあったとかそういう事なんだろうか?
「アリス、アリス! 少し出てきてよ!」
呼びかけてから暫くして扉が少しだけ開かれる。
そこから顔を出したアリスは今まで見たこともない位の嫌そうな何とも言えない複雑な顔をしていた。
「……何しに来た吸血鬼」
「なっ!? 誰が吸血鬼だ!?」
「ちょっとアリス!?」
知らない。こんな毒を吐くアリス知らない。
「何どうしちゃったの!? 素直でかわいいアリスは何処に行っちゃったの!?」
「いえ……その女は悪魔です。吸血鬼です。人の生気を吸い取って生きる魔物です」
「散々だな!? あの件は謝罪しただろう!?」
「謝罪して許される様な事じゃないでしょ! 危うく死にかけたんだからね!」
「待って待って、どういう事?」
「じ、実はな――」
エリィがアリスがこんな態度を取るようになった原因を渋々教えてくれる。
どうやら原因は彼女のスキルにあると言う。
彼女も以前までは普通にパーティを組む冒険者だったけど、そのスキルが原因で不特定の人とパーティを組むことが難しくなってしまった。
それが《血脈接続》というスキル。パーティメンバーのひとりから魔力を供給してもらう事で剣技や攻撃系スキルの威力を上昇させるユニークスキルだけど、どうやらその消費も大きいらしく魔力量に相当の余裕がある人でなければその消費量はかなり厳しいらしい。更に面倒なのが、このスキルはパーティを組むと自動的に接続されてしまう事。
パーティを組むのが難しいというのはそういう理由らしい。
アリス達のパーティとダンジョン攻略中にこのスキルが開花し、最初の接続で自動的にアリスが選ばれてしまい調整も出来ずそのまま敵にスキルを使用した結果アリスの魔力をほぼ全て吸い取る事になってしまった。魔力は急激に量が減ると魔力欠乏症という症状が起こるらしく、アリスはそのせいで5日間生死の境をさ迷ったそうだ。
「それは……うん……何と言うかね」
「確かによく確認しなかった私も悪いが、ユニークスキルは説明も曖昧だし自動で接続されてはどうしようもなかったんだ……。私だって焦ったよ! 悪気はなかったとはいえ危うくパーティメンバーを殺しかけたんだからな」
「まぁ不可抗力、と言えばその通りなんだけど」
「……」
その時の事が強く印象に残るのかアリスの警戒心は相当のもので、扉の陰に半分隠れて一向に出てこない。
王都へ一緒に行くことになったんだからこのふたりをどうにか仲直りさせないと色々と面倒そうなんだけど。
「アリス、ほらアリスさんや。そこから少し出てきてお話しましょう」
「それはちょっと」
「そう言わずに……一緒に王都に行くことになったんだから、少しは仲良く……」
「……私の身体が拒否するのです。頭では理解していても、どうしてもあの時の事を身体が恐怖として覚えているのです」
「あぁ……まぁ、死にかけるって怖いよね。私も何度も経験があるからわかるよ……っていうか、私の場合は軽く死んでたしね!」
私が力なく笑うとアリスも思う所があったのか扉の陰からカウンターへと出てくる。
「アリス、以前はすまなかった。今はもうスキルの調節も出来るし、接続先もちゃんと選ぶことができるようになっている。もう二度と迷惑を掛けないからどうか許してくれないか?」
「ほら、エリィもこう言ってるし。いつまでも根に持ってたらお互いに辛いだけだよ? それに出てきたってことは少しは仲直りしようって思ってくれたんじゃない?」
「…………わかりました。さくらに免じて、お受けします……」
「本当か!? ありがとうアリス!」
「お、意外と素直だね?」
「ちょ、やめてくれ! 折角仲直りできたんだから」
アリスは少しだけ考えるような素振りをするとジトっとした目でエリィに告げる。
「ただし次に私にあのスキルを使ったら即座に蒸発させますよ」
「あ、あぁ。大丈夫だ、もう使う相手はいるから……」
「あれ? そういえばセレナさんとパーティ組んでるよね? 大丈夫なの?」
「そこは問題ないよ。セレナは《魔泉》というスキルの持ち主なんだ」
「魔泉!?」
アリスが驚いたように大きな声を上げる。
あのアリスがそんな反応を示すほど珍しいスキルなんだろうか?
「アリス、その《魔泉》ってどんなスキルなの?」
「……文字通り、魔力が泉のように湧き出ると言われているスキルです。装備でいうなら神話級と考えてもいいと思います。多くのユニークスキルがある中で、その性能は規格外、制御できる魔法使いとなれば特大魔法を数十発放ったという話もあります。しかし多くの場合、魔泉というスキルの持ち主は……」
「……アリス?」
「魔泉は魔力がとめどなく溢れる状態、言い方を変えれば魔力を消費し続けないと生きていけないんだ。魔力は急激に失えば死ぬこともあるが、多すぎても魔力が内側から身体を破壊してしまう。彼女は、幼い頃にこのスキルが原因で魔力が暴走し両親を亡くしている……。だから今は常に彼女と繋いで私が絶えず魔力を消費しているんだ」
「けど、それだと冒険者なんてしててエリィさんにもしもの事があったら……」
「それも考えたんだ。だけどこれは彼女の提案なんだよ。怯えてびくびく生きていたくないって。まぁそのせいで本人が死にかけてしまったら意味がないけどな」
「そっか。じゃあふたりでひとりなんだね!」
「そういう事になるな」
「やっぱり嫁じゃないか」
「なぁ!?」
慌てるエリィをからかっているといつの間にかアリスも笑顔を見せていた。
何とかこのふたりの確執は取り除けたみたいだけど、果たしてシュバリオンではどんな事件に巻き込まれるのやら……。
でも私以上に不安な思いを抱えているのは、今日珍しく自主的に休みをとったアークの方じゃないかな。




