セイバーンから始まる流通革命 後編
「誰も先駆者のいない大事業の舵取り、それをこのロストホース商会に務めて欲しいという事か」
「その通りです。バンドルさん」
「うぅむ……しかしなぁ、その従業員なんだが……」
ロストホース商会の会長バンドルは明らかに困ったような顔をすると書類の一部分を指さした。
「確かに、バンドルさんの危惧もわかります。ですがその為に魔法契約も厳しいものを、そして人選も重犯罪者を除いた初犯、または軽犯罪者から選ぶ予定です。信じられないかもしれませんが、もう王の許可も取れています」
「王が!? ……また無茶をしたなヴィクターめ……」
「申し訳ありません……」
「い、いや、アンズお嬢さんが謝る事じゃないさ! それにまぁ、この話は考えれば考えるほどこの国の利益、そして国民の為になる事業だと思う。特にこの、荷受けの料金を下げる代わりに荷物が一定数以下の場合、それから事業立ち上げから5年間は国から保証が出るというのがいい。事業ってのはどうしても軌道に乗るのに早くても2年、遅ければ10年以上かかる。今まで色々試してきたが一般に浸透するのに5年程度は見ておかないと厳しいだろう。その間の部分を多少なりとも補ってもらえるのはありがたいよ。この案はアンズお嬢さんが?」
「いえ、こちらの……」
「私です。そして従業員に元犯罪者を雇おうと言ったのも私です」
「そりゃまた何故?」
「私は普段ダンジョンに籠っているので外の事に疎いんですが、最近用事があって外に出るたびに盗賊に出くわすんです。色々な人から話を聞いてみたら一度罪の烙印が付くと中々再就職できずまた犯罪を犯すしか生きる術がないという話を聞きました。確かに罪は罪です。けれど償ったのなら一度チャンスを与える事は悪い事ではないと思うんです。特に今回は国から魔法契約の許可が下りています。魔法技術の粋を集めた魔法契約がそう簡単に破られるとは思えませんし、彼らもまともに生きていく機会があるのならきっと手助けが欲しいと思っているんじゃないかと」
「確かに立派な考えだ。……だが理想論でしかないともいえる。人の心というものはわからん。特に一度ケチがついたらそいつを信用するのは難しくなるんじゃないかな?」
「だと思いますよ。なので、信用するのは魔法契約でいいんです。その個人を信用する必要はない。けれど仕事を真面目に頑張って少しでもその人が信用に値する人物だと感じられたら人間性を見てあげて欲しいんです」
「魔法契約を信用する、か……」
「それに……」
「それに?」
「……外に出るたびに盗賊と戦ってたらおちおち景色も眺めてられないので。少しでもそういう人達の数が減るのなら私達にしても彼らにしても悪い話ではないと思いますよ」
「……は、はは、はははははは! 景色か。確かに景色を楽しみながら旅をするのは普通の事だからな。まぁ言い換えれば少しでも安全に旅をできる地盤を作ろうとそういう事だな。それだけでも十分に価値があるか。……それで人選はもう済んでいるのかな?」
「さっき収容施設へ行ってきました。そこで何個か質問して……このネックレスでその言葉の裏付けも取っています」
「裏付け?……まさか――真贋のネックレス!? お、驚いた、神話級アイテムの保持者とはなぁ……ならばただ人道を振りかざす者よりは信用できる! 念のために私の方でも一度面接をさせてもらうがいいかね?」
「はい。こちらが面談した人のリストです」
「よし。では早速になるが事業立ち上げの話をしよう――」
一度腹をくくるとバンドルの行動は異常な程に早いものだった。簡単に説明した制度も難なく理解し、自分の意見をつけ足してこの世界に適した形へと作り替える。これこそが歴戦の商人の行動力というものなのかな。私も、それにあんずも感心したようにその姿を見ていた。
そしてあっという間に制度の下地が完成し、新事業案としてセイバーン王への提出書類を書き上げる。こうして午前中の内にあれよあれよという間に新事業「宅配便」の話は纏まっていった。
私はあくまで事業案を出しただけという立場にしてもらって、後の事はあんずとバンドルに任せてしまう事にする。まぁあんずも「サポーター」という形で関わるだけだから自分の仕事に支障が出ることはないと思うけどね。
「いやぁ、興味深い話だった。長年商会をやっているが、そんな斬新なアイデアは浮かんでこなかったよ。……いや、正確に言うと今この時期だからこそ考え付く事なのかもしれないな。ではまた何かわからない事があったらアンパルへと寄らせてもらうよ」
こうして話が纏まると、私達はラストホース商会を後にする。
「いやぁ、凄い行動力だね」
「そうだねぇ、やっぱり老舗の商会を率いるだけあって経営手腕は見事だし、何よりも頭の柔軟さでは本当に驚くものがあると思う」
「おかげで午前中で話も終わったし、そろそろお土産を買って帰る準備をしなきゃ」
「そっか……お店があるし長くは空けてられないよね」
「まぁうちの従業員は優秀だから私が居なくても問題ないけど、この後ちょっとした用事もあるし早く帰って準備しておけば動きやすいから」
「……じゃあ、お土産選び私も付き合うよ!」
そう言うとあんずは昨日の商店街よりもさらに奥へと案内してくれる。
そこは昨日の場所よりも品揃えが少し上品と言うか、屋台然とした物じゃなくてしっかりしたお土産物という印象を感じる。昨日ご馳走になったクッキーや名産品、特産品が綺麗に並べられ販売されている。
「ここはバンドルさんが整理した土産物区画なんだけど、地元の人も買い物に来るくらい品物には定評があるの! ここならみんなが喜んでくれるような物があるんじゃないかな!」
「よぉし、じゃああんずにも選んでもらおう! よろしくね!」
あんずの手を借りながら普段お世話になっている人たちにお土産を買いこんでいく。
たくさん買って帰っても配る人は沢山いるから問題ないし、初めての国外旅行だからね、楽しんで買い物しなきゃ。
2時間ほど買い物をしただろうか、あっという間に想定の数の倍が《異空の指輪》の中へと納まる。
これだけあれば足りなくて困るという事はないだろうね。
「さくら、本当にありがとう! まさかたったの一日でこんな大事業の話が纏まるなんて思いもしなかったよ!」
「それは私もだよ。お父さんやお母さん、お兄さんの手助けもあったからだね」
「それは、うん……」
「あのさ……質問なんだけど、あんずの家って騎士家系だよね? 間違いないよね?」
「うん、間違いなく騎士の家系だよ。けど最近はなんだかんだで周りが張り切っちゃって。多分……多分だけどお父さんもお母さんも本当は違う生き方がしたかったんじゃないかな? って思うんだ。ふたり共家の為に婚約させられて、今でこそ愛情があって家族になっているけど、それまでやりたいことも行きたいところもあったんじゃないかなって……最近はそんな風に考えるんだ」
「そっか。私はあんまり家族の事とかわからないから、ごめん。その気持ちは理解できないんだ。……けど、あんずがそう感じるんならそうなのかもしれないね!」
「さくら……。そういえば、さくらは従業員さんを雇ってるんだよね?」
「うん」
「じゃあ、その人たちが今のさくらの家族だね!」
「……あんずって、なんだかくすぐったいね」
「ど、どういう意味!?」
「ひひひ! 悪い意味じゃないよ!」
「どういう意味なのよー!」
見送りに正門前の広場へと付いてきてくれたあんずは怒ったように頬を膨らませる。
私はそんなふくれっ面したあんずに手を差し出す。一瞬戸惑ったようだけど、ゆっくりと、だけどしっかり手を握り返してくれる。
「確かにそうだよ。あんずの言う通り。今の家族は、アリスとアークだ」
「アリスさんとアークさん、ふふ、会えるのを楽しみにしてるね?」
「その内こっちのダンジョンにもお店の扉を開くと思うからその時は是非訪ねてきてよ!」
「ダンジョン? お店の扉? さ、さくら、一体どこでお店を開いたの……?」
「あ、言ってなかったっけ?」
私は門へと数歩進むと振り返り手を振りながらこう伝えた。
「私はね! ダンジョンのアイテム屋さんなんだ!」




