慈愛のマリア
沢山のブックマーク、評価、誤字報告をありがとうございます!
特に先日は一度にたくさんの誤字報告を頂きました。
自分では確認しているつもりでも、こんなに抜けていた部分や間違いがあったのかと驚くと共に報告していただけたことがとても嬉しいです。
いつも支えて頂き何とお礼を言えばよいやら……感謝の言葉もありません。
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします!
「なっ、なんだあいつは!?」
「こっちゃ50人超えてんだぞ!? それを一瞬で蹴散らしやがってチクショウが!!」
「バリケードだ! バリケード張れ!!」
「一撃だぁ、一撃で首と胴が分かれて……!!」
ここはメリオンから2時間ほど離れた山中にある盗賊のアジト。
元々はダンジョンが出来た時に洞窟化したものだが、攻略と同時にダンジョンは消滅しその形を残したまま空洞化してしまった場所だ。
隠れ家にはおあつらえ向きのこの場所を拠点に盗賊達は各地に散らばり冒険者や商人等を襲っていた。
そして今日は貯まった戦利品を捌くための準備をしていた所へ、突然洞窟の入り口から背の高い男なのか女なのか分からない剣士ひとりが入り込んできた。
そして瞬く間に作業をしていた50名の内30名の団員を斬り刻み息ひとつ乱すことなく笑いかけてきたのだ。
「こんにちは、盗賊さん。ここ、最近頑張ってるって噂の盗賊団のアジトで間違いないわよね?」
その剣士は団員を斬り刻んでからそう問いかけた。
それはあまりに判りやすい挑発で、この言葉に意味はなく相手は全てを理解してここにやってきたのだろう。
「何者だテメェ!!」
そう問いかけた巨漢の男は次の瞬間には首と胴体が離れて地面へと転がる。
その様子を見た数人の団員が悲鳴を上げ洞窟の奥へと駆けだしていく。
「あっ! バカ野郎!」
ひとり残った男が逃げていく団員を止めようとする。
どうせ逃げる先は首領の部屋だ、「今そこに行けば相手に場所を教えるだけだぞ!」と叫んだつもりだったが、その言葉は口から出ることはなくただ自分の身体が倒れるのを逆さまの視点で見つめていた。
「あら道案内してくれるのね? ありがたいわぁ」
剣士はにこりと笑うと逃げていく団員の後を音もなく追いかける。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
世の中はあまりに退屈で、だから最初は兄の下らない誘いに遊び半分で乗ってみただけだった。
だがそれはいつしか私自身ががそうするべきだという主命に従うような、自分の中で大きな命題へとなり替わっていた。只の遊びだと鼻で笑っていたころが懐かしくすら感じる。
「な、なぁアスレイ。本当にやるのか?」
オドオドとした口調で媚びへつらった視線を向けてくるのは私の兄アンドレウスだ。
彼も人並み以上の才覚は備えているが、如何せん肝が小さすぎる。
まだ弟……三男のアルグスの方がやる気がある。
「あぁ、兄上が言い出した事だろう? まるで自分には関係ないような口ぶりだが……それでは困るのだが」
「わ、わかっている! だが成功するのかも怪しい今の段階では……」
「そんな事だからこの大事な時期に情報を漏らしたりするのだ兄上は。いつまで怯えている? それとも本当は怖くて逃げだしたいのか?」
「……そんなことは、ない! あるはずがない! 」
人一倍臆病なくせに人一倍プライドが高い兄は少し焚きつけてやれば一応は行動するのだが、この後先考えない性格が災いし侍女のひとりに我々の計画の一端を聞かれてしまったのだ。
幸い問題の侍女は始末したが、その頃から雲行きが怪しいという報告が何度も上がってきていた。
「キリンダニアに感づかれているかもしれないのだ、もう一刻の猶予もない。今やめてしまえばただの思想犯ではないか」
「くっ、キリンダニア……忌々しい魔女め!」
我々、三王子は現国王アレクスの実子にして次の国王候補、つまり王位継承権を持つ。
だが我が父はその地位を第四王子へと譲渡しようとしているのは明白だった。
第四王子、父がどこかしらで作ってきた忌々しい忌子、そんなものに私達が遠慮し王位を譲らなければいけないのか? と兄は憤慨していた。
だからこそ暇つぶしに手を貸したのだが、思いのほかキリンダニアは勘に優れ尽く我々の手から逃れてしまった。そうなると私も思わぬ好敵手の存在に夢中になってしまい、結果的には兄よりも熱心に事に取り組んでいた。言ってしまえば私と奴との王位継承を掛けた疑似戦争だったのだ。
だが時間が差し迫り、焦った兄がとある筋の力を借りわが父アレクスを亡き者にしようとした事で事態は一変してしまう……。
「そのザマがこれだ」
私は洞窟の中に仕立てた凡そ王子が住むには不釣り合いな部屋を見渡すとため息をつく。
アンドレウス、アルグスはまんまと処刑されたようだが、私は間一髪のところで救い出され事なきを得た。
しかしその後はこうして再起を図るために戦術も戦略も知らない獣のような奴らを使役して金策に勤しんでいる、哀れで愚かな負け犬に過ぎない。
「手立てはあるのだ……あとはその懐に入り込めれば」
手の中で光を放つ短剣を握り締めるとその輝きが一層増した様な気がした。
「劇毒の短剣」と呼ばれるこの短剣は、たったの一撃を加えるだけで砕け散り二度と使えなくなるほどの耐久性しか持たない出来損ないの武器だ。が、その特性は他の追随を許さぬほどの威力を誇る。
ただの一度でも傷をつければその刀身に刻まれた中和不能の毒の魔法が対象の身を滅ぼしつくすからだ。
これを手に入れられたのは重畳、宰相の命を犠牲にしても惜しくなかったなと自嘲気味に笑う。
この短剣でキリンダニアを始末すれば、始末させる事ができれば後はどうとでもなる。そう考えると自然と顔がニヤけてしまう。
「あら、物騒なもの持ってるわね?」
唐突に後ろからかけられた声に腰の剣を抜いて剣戟で答える。
しかし太刀筋は空気を斬り、声の主には全くと言っていいほど届いてはいなかった。
「あら、その腰の剣も中々の業ものねぇ」
「何者だ?」
そこに立つのは長身の男、見た目には剣士のように見える。
冒険者ギルド辺りで雇われたのか、単身で潜入してくるとは実に命知らずだ。
そんな私の考えをよそに、その剣士は不敵な笑みを浮かべると恭しく頭を垂れ自己紹介を始める。
「お初にお目にかかりますわ、シュバリオン王国第二王子アスレイ=オーグ=シュバリオン様。いえ、元王子、の方がよろしいかしら?」
そう言って困った様に眉根を寄せる姿は異常な程に私をイラつかせた。
だがそうやすやすと挑発に乗るほどバカではない。
「なるほど、知っていてここまで来たか。して、何用だ?」
「何用? それはあまりにも、じゃありませんか? お判りでしょう?」
「何がだ」
剣士は肩をすくめるとため息をつく。
「やりすぎたのよ。大人しく身を隠して生きればいいものを……何人も何十人もの命を奪ってまで返り咲きたい物なのかしら、その王位っていうのは」
その言葉は何より私を熱くさせる。冷静さこそ失ってはいないが、剣が届く距離ならばすぐに斬りかかってしまいそうなほどの殺意を覚える。
しかしそこでふと思い直す。冒険者風情に一体何が分かるというのかと吐き捨てることは簡単だが、そもそも彼ら程度には理解すらできない雲の上の事なのだ。そのような感想が出るのは致し方がない。
「貴様、知ったような口をきくな。誰に頼まれてきたか知らないが、私がそう簡単に首を差し出すと思っているのか?」
「思っているわ。だって、貴方は所詮王子様ですもの。騎士に守られ、死なないように父親に守られ……あなた達の思惑を知ってもなお最後まで助命を願った想いに守られるそんな人間よ」
「……貴様、余程の死にたがりのようだな」
「残念だけどまだまだ生きたいわ。美味しいものを食べて、仲間と飲んで、美形と恋して……そして強い敵と戦う。そんな風に激しく生きたいのよ私」
「ならばここで終わらせてやろう。どのみち顔を見られて生きて帰す気など無いのだからな」
その言葉を聞いて剣士の眼が面白そうに細められる。
「そう、じゃあしょうがないわね。あぁ、その前に一つ聞いてもいいかしら?」
「なんだ?」
「ひと月前、金貨を輸送していた親子の商人覚えているかしら? 王都から出てきて護衛が10人、荷馬車は3台。そして商人の父親は白髪だけど凄くハンサムで、娘さんは亜麻色のとってもきれいな長い髪をしていたの」
「ふん、知らんな。今までに何台、何人の商人を襲わせたと思う? そんな事一々覚えていられる――っ」
剣士の手元がブレたように感じた次の瞬間、首に猛烈な熱さを感じた。
咄嗟に手を当てると、まるで湧き水が噴き出すように首筋から赤い血が溢れ出ている。
「なっ!? ぐぅ!!」
遅れてやってくる痛みと流れ出る血の不快感、急速に熱が失われ身体が小刻みに震えだすと立っていられずに地面に膝をついてしまう。
咄嗟に止血できる物はないかと視線を巡らせるといつの間にか眼前に迫った剣士と視線が合う。
その眼は人間とは思えない程に暗く、恐ろしいほどに爛々と輝いている。
「ま、覚えてないでしょうね。あなたにとっては所詮はお金でしかなかったのだから。……あなたの手下はね、その商人の前で娘を滅茶苦茶に犯して殺してしまったのよ。彼も重傷を負ったけど隙を見て川に飛び込み下流で救助された。そして余命幾ばくも無い彼が私に全ての資産と命を差し出して依頼してきたのがあなた達を皆殺しにする事。どうやら無事に完了できたみたいね」
何? なんだというのだ。そんな下らない事の為に、私はこんな洞窟で死ぬのか?
あのグズどもめ、遊ぶのは全てを終わらせてからにしろとあれほど厳命しておいたのに……。
「しょ、所詮は……言葉の通じない獣か……」
呼吸をする毎に身体から熱が失われ視界が霞んでくる。
長身の剣士はまるでそんな私を観察するようにじっと見下ろし呼吸のひとつまで目に焼き付けようとしているようだ。
いよいよ痛覚も失い、まともな思考もできなくなってきたその時、剣士が呟くように言葉を漏らした。
「残念だけど、あなたはその獣以下よ」
自然と笑みが零れる。
己の愚かさに。
そして運のなさにも、か。




