騎士団長の憂い
「ん? 賊を捕まえた? 今忙しいんだ後にしてくれよ」
メリオンに到着して早々に衛兵の詰め所へと訪れた私はそのだらけきった空気にため息をつくことになる。
「あの、今何してたんですか?」
「ん? あ、あぁまぁ休憩だ」
「詰め所中の兵士が揃いも揃ってこんな人数で?」
詰め所の中にはざっと10数人の衛兵が鎧も脱ぎ捨て一つの卓を囲み何かの札を持って座っている。
中にはその札を私から見えないように背中で隠そうとしている人もいて、明らかに遊んでいることは明白だった。
「っていうか外に休憩中って札出てただろ!」
「もう3時間も休憩してるの? 街の人に訊いたら最近は毎度の事だって言ってましたよ。そもそも交代制で休憩取るはずの衛兵が3時間も全員で何してんだか……」
「チッ……めんどくせぇな。喧嘩売ってんなら留置所で続き聞いてやろうか?」
「ほう? では早速聞いてもらおうか?」
「あぁ!? 何を偉そう――に……あの、これは……」
聞き覚えのある凛とした声に思わず振り返る。
「久しぶりだな、さくら。元気にしていたか?」
「シルヴィアさん! お久しぶりです、商人祭以来ですねぇ!」
「あぁ。相変わらずあちこちへ足を延ばしているようだな」
「へへ、最近ではそうでもないですけど……」
「……さて、と」
私には優しそうに微笑んで見せたシルヴィアの眼が鋭く細められる。
先程までは衛兵なのかチンピラなのか分からないような対応をしていた衛兵が微妙な表情のまま固まってしまっている。
「貴様ら、メリオンの衛兵隊はいつから真昼間に賭け事に勤しむような腑抜けになったのだ?」
「え、い、いえ! これは……」
「私が数日前からここに滞在していることは知らないだろう? しっかりと街を巡回していれば嫌でも出会うはずだがな」
「あの、これには訳が!」
「ほう? ならば聞こうかその訳とやらを」
肌で感じるほどの殺気が放たれた瞬間、卓を囲んでいた衛兵のひとりが机をこちらへと蹴り飛ばし椅子から転げ落ちる。
「貴様か」
いつの間にかシルヴィアの右手に握られていた槍、竜の蒼槍がまるで弾丸のように飛び出す。
目で追うのも難しい速度で加速する槍は、そのままひっくり返された机を難なく貫くと窓から外へと逃げ出そうとする衛兵の左肩へと命中する。
衛兵は派手に血飛沫をあげながらその身体を奥の壁へと縫い付けられ、余りの痛みに鼓膜が破れるんじゃないかという程の叫び声をあげ藻掻き苦しんでいる。
「うわぁっ……」
「シ、シルヴィア団長!?」
シルヴィアはゆっくりと駐屯所へと入ると懐からポーションとは違う小さな薬瓶を取り出し壁に張り付けられた衛兵の傷口へと数滴垂らす。
「これはとある蟲のモンスターから採取した麻痺毒だ。安心しろ、精々意識を失う程度で命には影響しない」
「あ!? がぁっ」
言うが早いか男は数度痙攣すると急激に意識を失いだらりと垂れ下がる。
それを確認したシルヴィアが槍を引き抜き横薙ぎに振り抜くとその表面にはまるで何もなかったかのように血の一滴もついていない。
「ここの責任者は誰だ」
「わ、私であります!」
椅子に座っていた衛兵のひとりが慌てた様に立ちあがる。
シルヴィアはそちらを一瞥するとため息をつき頭を抱えると仕方ないと言ったように指示を出す。
「……この男を留置所へと運べ。自殺防止のための処置と傷の手当てを忘れるな。それからもうすぐ私の部下がここに来る。交代後貴様らは謹慎処分とする」
「はっ! え!? あのそれは……」
「二度言わせるなよ? 普通なら質問も許すが、今貴様たちは盗賊団の片棒を担いでいるという事を自覚しろ。本来ならばここにいる全員を即処分するところだ」
「も、申し訳ありません! おい、すぐに拘束だ!」
「はっ!」
見ているだけの私が震えるような怒気を孕んだ言葉を直に叩きつけられた衛兵隊の隊長は、慌てた様に部下に指示を飛ばし場を仕切り始める。
その様子を見たシルヴィアはもう一度深くため息をつき槍を仕舞うと苦笑いをしながらこちらへと歩いてくる。
「すまなかったさくら、身内のいざこざに巻き込んでしまったな」
「いや、あの……一体何があったんですか?」
「実はな……」
憂いを帯びたような表情の王国騎士団長はこうなった事の顛末を語り始める。
近頃、この辺りを中心に手広く活動する盗賊団の情報が早馬で王都へともたらされたという。
しかし問題なのが、その情報を持ち込んだのが依頼を受けたフリーの冒険者だったというのだから騎士団としては怒りが収まらない。
冒険者曰く、メリオンの衛兵隊に要請したが取り合ってもらえず、冒険者ギルドと連携して冒険者が自警団として取り締まっていたらしい。
しかし盗賊団の首領は相当の切れ者のようで多くの冒険者が出し抜かれ中々壊滅に至らないらしい。
そこでたまたま遠距離通信系の伝説級アイテムを持った冒険者が仲介役となり王国騎士団へと報告にやってきたのだ。
「その理由がこれだ」
そう言って彼女は運び出されていく衛兵の男をちらりと見る。
「どうやら例の盗賊の手の者だったようだな。衛兵隊内へ交渉力に長けた仲間を潜り込ませ内部から少しずつ堕落させていく……なんとも手の込んだやり方だが、一度効果を発揮すればこの通りだ」
「そういえば途中で盗賊を捕まえましたよ。留置所へ放り込んでおきましょうか?」
「ああ、私も行こう」
ふたりで留置所に盗賊を放り込んでいる時、私が最後に蹴り飛ばした男の顔を見てシルヴィアの表情が変わる。
「この男……」
「知ってるんですか?」
「……やはり予想は的中したか。今回の盗賊団の活動、裏で手を引いているのは前王アレクス様の第二王子アスレイ=オーグ=シュバリオンだ」
「え、でも確か王子は3人とも処刑されたんじゃ」
「表向きはな。いや、正確には国家転覆を狙っていた3王子は実際に処刑された。しかし、第二王子アスレイはとんでもない方法でその窮地を逃れたのだ」
「とんでもない方法?」
「あぁ。自分の身体の中に神話級装備を仕込み、手の者に処刑当日の食事に毒を仕込ませ急死して見せた。王子に恨みを持つ者の犯行という事で片付けられ、他のふたりの王子は処刑されたがアスレイだけはそのまま埋葬されたのだ。しかしその翌日、何者かに遺体は持ち去られてしまった。つまりは死んだふり、いや一度死んで生き返ったという方が正しいか」
「そんな事ができるの?」
「私も懐疑的だったが墓場から魔力反応が検出されたことを考えると間違いないだろう。そしてその髭面の男はアスレイ王子の側近を務めていたファンクス宰相の護衛をしていた者だ」
「じゃあ早く捕まえに行かないと!」
「大丈夫だ、それならもう手を打った。私がここで数日の時間を有したのはある事情からなんだ」
「ある事情?」
「街中で活動する盗賊団の団員にとあるアイテムを盗ませた。それが敵のアジトの位置を教えてくれたからな」
「じゃあ!」
「手は打ってある、と言っただろう? 恐らく私が行くよりも確実に始末をつけてくれる人物に依頼したんだ。口惜しいがここの状況を収められるのは私しかいないからな。こういう時に上に立つ者は面倒だな……」
シルヴィアは疲れた様に笑うと私の背中を軽く叩く。
「盗賊を捕えてくれたのは助かったよ。協力感謝する! 何か用事の道中ではないのか?」
「た、確かにそうですけど……」
「何、本当に心配することはないよ。さくらの噂は聞いているが、私達だってそう捨てたものじゃないさ」
そう言って彼女は笑う。その顔を見て私も何故か笑顔になる。
けれどその時、盗賊のアジトでは地獄が繰り広げられていたことを私は知らなかった。




