あんずを尋ねていざセイバーンへ
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「こんにちは」
「あ、はい、いらっしゃい……ませ」
その女性……女性? は入ってくるなりお店の中を興味深そうに眺めている。
美しい漆黒の髪を掻き上げ、左目の泣きぼくろがとても艶やかだ。
筋肉を落とさずそれでいて余分なものを限界まで絞った、まるでアツガヤキの後ろ脚の様なしなやかさを思わせる身体は溜息が出る程にバランスが取れている。
「あの、何かお探しでしょうか?」
「あらごめんなさい。ここってさくらちゃんのお店で良かったかしら?」
「はい。店主とはお知り合いですか?」
「ええ、私マリアって言うの。いま彼女は居る?」
「ええと、店主は日課のダンジョン探索に出てます。最近行き倒れが多いとかで……」
「あらそうなの。少し待たせてもらってもいいかしら?」
「はい。ただいつ戻ってくるかは――」
「ただいまぁー!」
「あら、お早いお帰りね」
「さくら、おかえりなさい。お客様です」
「ん? あーっ! マリアさん!」
「お・ひ・さ・し・ぶ・り」
さくらとマリアは親し気に話をしている。
このお店で働き始めてから感じたのは、さくらの交友関係の広さだ。一体どこで知り合ってくるのか沢山の顔見知りがいるようだ。
確かにさくらは屈託なく誰にでもグイグイ行くタイプだから好かれるのはわかる気がするけれど、相手が大物冒険者やギルドマスターとくれば特に不思議にも思う。
しかも彼女もどこかで見た覚えが……そんな事を考えていると腰に下げられた煌びやかな細剣に目が行く。
「あっ……」
思い出した。
彼女は『慈愛のマリア』。『鮮血のアムネア』と肩を並べる凄腕冒険者だ。
その腰に帯びる細剣は伝説級とも神話級ともいわれ、例え小指程の小ささの蟲であっても一瞬で切り刻む剣速は並の人間には制御できない。
勿論、武器の性能も高いがそれ以上に彼女のしなやかな身体から繰り出される剣技は他の追随を許さぬほどの技量を持つと言われている。
どんな敵でも一瞬で斬り刻み痛みを感じさせず絶命させることから『慈愛のマリア』と呼ばれているという話を聞いたことがある。
彼女の周りはいったいどれほどの有名人で溢れているのだろうと少し怖くなってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ところで今日は何かお探しですか?」
「ええ。実はこれなんだけど……」
「ブローチ?」
「可愛いでしょう? たまたま露店で見かけたんだけど、うっかり名前を聞きそびれてしまって。その露店の店主に会いたいんだけどどうにかならないかしら?」
「んー……情報がそれだけじゃ」
「そうねぇ。なんでも可愛い物や綺麗な物を専門で売っていると聞いたわ。あちこちで個人の制作者と契約しているとも……」
「あ、あんずかな? 栗色の髪の、こう髪飾りをつけた」
「そうよ! その子よ!」
「へぇ~、どこで会いました?」
「先月の中頃ね、場所はメリオンの貸出商店街よ。なんでも国に帰っている途中なんだとか……暫くはそっちに居るって言ってたわ」
「じゃあセイバーンかな? 確かそこに実家があるって聞きましたよ」
「あらぁ、じゃあ隣の国ね」
「そういえば、どうしてあんずを探してるんですか?」
「さくらちゃん、次元蜥蜴見つけたのあなたでしょう?」
「は、はい」
「最近話題になってるじゃない? 私も一つ欲しいんだけどね、いかんせんデザインが気に入らないのよ! もっとお洒落で可愛らしいのが欲しくて……だからあの子ならもしかしたらと思ったの」
「なるほど、じゃあちょっと訪ねて聞いてきますよ。今マリアさんは何処にいるんですか?」
「私はメリオンに暫くいるわ。ちょっと用事もあるから」
「わかりました。じゃあ帰りに寄ります」
「いいの? でもどうやって?」
「まぁ、色々と……」
「ま、詳しくは聞かない方がいいわね! 乙女には秘密の一つや二つないとね! それじゃあお願いね? あ、これ前料金。旅費の足しにして」
そう言ってカウンターに金貨10枚を載せるとウィンクをした。
いやいや、足しっていうか、これだけで行って帰ってこられるんじゃないでしょうか?
「いいんですか?」
「私、欲しい物には手を抜かない主義なの。よろしく頼むわね」
マリアは流れるような仕草で投げキッスをしながら店を出ていく。
後には仄かな香水の匂いが少しだけ漂っている。
「さくら、よかったんですか?」
「ん? 何が?」
「いえ……王城への招集の件もありますし」
「返事したのは今朝だし、じゃあすぐに! って訳にはいかないでしょう。それにダンジョン経由で行けばもしかしたら一日で帰ってこられるかもしれないしね」
「確かに。すみません、少し不安になってしまって。さくらは一度出ていくとすぐにトラブルに――」
「ちょストーップ! 待って! それ以上はいけない!」
「はっ――す、すみません……」
最近のアリスはどうにも心配し過ぎている気がする。
確かに色々とトラブルに巻き込まれてはいるけれど、それはある意味で仕方がない事じゃないでしょうか?
それに四六時中巻き込まれている訳じゃない。ダンジョンの探索や見回りに行くときは特にトラブルはないし……まぁ行き倒れとかはいるけど、それだって私には実害がないことだし。
一日に一度は探索に行くんだからそんなに巻き込まれていたら流石にどんなにいい装備をつけてても死んじゃってると思うんだよね!
「まぁ、とにかく暇があるなら行動しといたほうがいいよ。お店も大事だけど、それ以外でもお金稼がなきゃね!」
「さくらがそう言うなら……」
うーん、しぶしぶと言った感じだ。
「ふたりにもお土産買ってくるからさ! だから心配せずに待っててよ。 ね?」
「わ、わかりました」
「アークー、私ちょっと出かけてくるから! アリスとお店よろしくね!」
裏で休憩を取っているアークに声を掛けるといそいそと出かける準備を始める。
「え、も、もう出るんですか!?」
「うん。今から出ればのんびり観光できるし……なにより、ほら、ね?」
「な、何故ドタバタしてるんです?」
「だぁかぁらぁ! 靴! ほら、新しくなってスキルが付いたってホイールさんが言ってたじゃん! だからちょっと試したいんだよ!」
「え、しかし《長距離滑空》スキルは高い所から落下した時くらいしか使いどころのないものですよ?」
「なら崖から飛ぶさ!」
「やめてください!!」
「うへぇ!? で、でも折角新しくなったんだし、長距離を走って確認したいなって……」
「それはいいんですが……本当に崖から飛ぶのはやめてくださいね?」
「うんうんうん!」
アリスを何とか説得すると早速アンパルへと戻る。取りあえず南門から外に出ると地図を広げてセイバーンの位置を確かめる。
「ふむふむ……ここがアンパルで、お、ここから北東に進めばメリオン、その先がセイバーンか。王都とは逆なんだね。北門から出ても良かったかな?」
ひとしきり確認すると軽く背伸びをして準備体操をする。
心なしか以前よりもずっと身体が動かしやすく感じるのは装備が軽くなったという事もあるのだろうけど、今日のこの天気の良さも関係しているのかもしれない。
「さて! それじゃあ行きますか!」
私はひとりでクラウチングスタートを決めると鼻歌交じりの上機嫌でまずはメリオンを目指して走り出す。
まだ時間は昼前、軽く飛ばせば昼にはメリオンでご飯が食べられるね!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《メリオンの街中にて》
「あら奇遇ねぇ」
「ん? おぉ、マリアじゃないか」
「お久しぶり! 貴女どうしてメリオンに?」
「……いやなに、騎士団の再編成がようやく終わったからな。休暇だ」
「あぁ、聞いたわ。大変だったみたいね?」
「そうだな……。本当のことを言うと、ただの休暇というだけでここまで来ている訳じゃないんだ」
「でしょうね。貴女が武器を持ち歩いているという事はそういう事でしょう」
「流石だな。……私からの依頼、受けてもらえるか? 今は猫の手も借りたい」
「いいわよ。ただし私はそこいらの野良猫と違って、とっても高いわよ?」
「頼もしい限りだ」
青く輝く槍を背負った女性と美しい細剣を腰に携えた女性? はお互いにニヤリと笑うと街の雑踏の中へと消えていく。




