世界の荷物事情が変わる時
手元にある赤い革を引っ張ったり畳んでみたりしながら一人カウンターに座る私をアリスが不安そうに眺めている。
私が今弄んでいるのは前回のダンジョン探索で入手した《次元蜥蜴の皮》だ。
あのダンジョンで出てくるモンスターは全部が新種、ドロップアイテムもほとんどが皮ばかりだった。
ボスモンスターであるスライムディザードは《スライムの粘液》というアイテムをドロップしたらしく、それは以前オークションで見かけた国の研究機関が高値で買い取ってくれた。
だけど他の皮類は少量をサンプルとして引き取ってくれたくらいで、後の物は全て私の買取という事になってしまったけれど、残念ながらその用途が《オークの皮》などと変わらないようで、そこまでの高値でなくてもいいという結論になった。
私としては皮類を安く入手できたことになるけど問題はその用途だ。
黒い皮はディザードが落としたものでドロップ量も多く強度もあるけれど防具にする程の強度ではないという中途半端さで、私とガゼンが戦った《次元蜥蜴の皮》は柔らかく柔軟性はあるけれど強度はない。
さてどうしたものかとあれから何日もこうして手元で弄んでは活用方法を探っているような状況なんだよね。
「さくら……もうそれは普通に加工してみてはどうでしょうか?」
「うーん、確かに用途がね。革ならオークでもコボルトでもいいし……ただ新ダンジョンで新しいドロップ品でしょう? しかもこっちは御大層に次元蜥蜴なんて名前だよ? 絶対なんかあると思ったんだけどなぁ」
「しかし強力なモンスターが強力なアイテムをドロップするとは限りません。今回はそう言った部類に入るのではないでしょうか」
「皆、あれだけ苦労してこれじゃああんまりだよね」
「でも攻略組とはそういったものですよ。一番の栄誉はダンジョンの攻略のようですし」
「え~、でもいいアイテムがドロップしたら嬉しいんじゃない?」
「それは、まぁ」
「だよね」
しかしこの世界をよく知らない私にはここら辺が限界だろうか。
もう頭の中ではこの皮で財布を作ろうか、くらいしか考えが浮かばないんだもの。
もう結論を出した気になった私は手元の銀貨を1枚、何気なく袋状にした《次元蜥蜴の皮》の中に放り込む。
「お、見て見て。これなら財布っぽくない?」
「あ、やっぱり最初の予定通りお財布にするんですね」
「だってそれくらいしかない――じゃん?」
銀貨を取り出そうと袋を開いた私は一瞬言葉に詰まってしまう。
「あ、あれ? 銀貨は?」
そう、さっき袋状にした時に放り込んだ銀貨がどこにもないんだ。
まるでどこかに穴が開いていて転がっていってしまったような……。
「穴……次元蜥蜴…………いやいやそんな都合のいい……魔眼起動」
魔眼を発動させるともう一度《次元蜥蜴の皮》を袋状にして中を覗き込む。
そこには《さくら商店》をダンジョンに繋ぐときと同じ揺らぎ、魔力と次元の揺らぎがばっちりと観測できてしまう。
「ひ、ひぇぇ……これヤバい奴だぁ……」
「さ、さくら!? どうしたんですか震えてますよ!?」
それは世界の収納事情が大きく変わった瞬間だった。
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「マスター・シリウス」
「おぉ、どうじゃった?」
「はい。さくら店主の言う通り《次元蜥蜴の皮》には次元収納の効果があると確認されました。私も長年アイテム研究をしてきましたが……これほど驚いたのは初めてですよ」
「そうは見えんがな」
「驚きすぎて逆に感情を失っているだけです。それで、マスター・シリウス、この事は公表されますか?」
「ううむ……」
ソファーにもたれ掛かると腕を組み天井を仰ぐ。
『マスター・シリウス、これ、もしかして皆の生活がもっと楽になるんじゃないですか!?』
アイテムを持ち込んできたさくらは開口一番にそう言った。
目を輝かせながら嬉しそうに報告するその姿は、以前親友であったとある男とよく似ている。
「……うむ、公表しよう。どうせその内この事に気付く者はおるじゃろう。ならば公式に発表しておいた方が混乱は当初のみ、後は供給量と需要が釣り合えば問題なかろう」
「わかりました。では早速皮をなめし、サイズによって収納量にどれだけの差があるのかを検証いたします」
「それお主がやりたいだけではないか?」
「勿論」
「……任せたぞ」
「はい」
アイテム研究科の主任は今にも小躍りしそうなほど軽やかな足取りで部屋を出ていく。
あの者があそこまで気を高ぶらせているのを見るのは《ドラゴンの外殻》のサンプルを入手した時以来……意外と最近じゃったな。
「しかし、本当にやりおったなあやつめ」
ワシの願いをこうも早く叶えてくれるとは……きっとそれほど大事だとは捉えてはおらんじゃろうが、これがどれほどの革命をもたらすのか考えただけでもこの老骨の脚も震える。
時代が進むごとにダンジョンもまた進化しておる。
いったい何がそうさせるのかはまったくもって謎じゃが、それでも人々はその進化にくらいついて生きていく。
際限のない欲望はあらゆるものに進化を促し世界すら回転させる。
その様の何たる面白き事か。
「さて……これから忙しくなるのぉ」
ワシはソファーから立ち上がると窓から街の流れを眺める。
あの大きな荷物を持った女性が手ぶらで家に帰り、荷車に満載の物資を積み込んだ商人が馬のみで旅をし、そして子供ですら露店一店舗分のアイテムを持ち運ぶ可能性もありうる。
そんな100年前には考えられなかった時代が今目の前に実現可能な未来として手の届く範囲にやってきた。
この革命で人々がどうなっていくのか、ワシにはそれが楽しみで仕方がないのだ。
「そうじゃろう、なぁ? タクマよ」
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「次元蜥蜴の鞄? ありますよサイズは……え? 全部欲しい? ごめんなさいひとり一個です。はい、小サイズが金貨10枚、中サイズが金貨20枚、大サイズが金貨30枚です。うん、日に日に下がってますよ。多分供給量が増えてるんじゃないかなと思いますけど。来月には大サイズでも金貨10枚くらいになるかもしれませんね。あ、はい、確かに。毎度ありがとうございます」
次元蜥蜴の皮の効果が判明してからひと月、毎日がずっとこんな調子だ。
その火付け役となったのは冒険者ギルドから発行された異例の風聞紙が各街の中で配布されたから。
『新ダンジョンである呪詛の狭間で発見されたモンスターである次元蜥蜴の皮には特殊な効果がある事が判明。今までは神話級アイテムでしか再現されなかった異次元収納・異空収納を可能とする画期的な製品が手軽に作れるようになる。それに伴いダンジョンの混雑が予想されるため冒険者ギルドから人員を派遣しダンジョン内での治安維持に努める。またアイテムは手軽に手に入るものの、モンスターの強さは上級でも手に余る事から対策は必須であり、命を落とした場合は自己責任となる為無理はしない事』
要約するとそんな感じの内容だった。
それからというもの、どこのお店も自分の所で皮を加工し鞄にしたり財布にしたりして販売しているようだけど、その供給量の多さから値段は日に日に下がり誰でも、とは言わないけど多くの人が《次元蜥蜴製品》を使用できるようになってきた。
特に喜んだのは商人達だった。
多くの金貨を持ち運ぶのは骨が折れるし護衛の数も必要になってくるけど、次元蜥蜴の大きな鞄が一つあれば100臆リム程度なら持ち運びが可能なんだからまさに仕入れの常識が変わると言っても過言じゃないようだ。
しかし流石に入る量には限度があるようで冒険者ギルドが指標として発表したサイズである小で金貨1000万リム、中で1億リム、大で100臆リム。
個人で大以上のサイズを作っている人も多い為あくまで指標としてしか働いていないが、庶民には小よりも小さいサイズが人気で可愛らしいデザインを扱った個人製作の物も出回り始めているみたいだ。
恐らく手掛けているのは以前ガネッサの商人祭で知り合った《あんず》だろう。
「さくら、今日の分売り切れました」
「おー、ありがとう。しかし、凄い売れ行きだねぇ」
「ええ、今までこんなアイテムは神話級だけの世界でしたから。値段も日に日に下がってますしその内子供でも買えるかもしれませんね」
「どうだろうね、ある程度の所で止まるとは思うけど。まぁでも、自分で使って便利なのはよく分かるから皆が使えるようになっていけばうれしいよね」
「ただ問題も発生しているそうですよ」
「問題?」
「はい、なんでも次元蜥蜴の鞄を使った窃盗が流行っているとか。うちみたいに棚の中で管理しているところは少ないですしね。それに装備なんかは出しっぱなしという所もありますから手に持ってパっと入れてしまえばすぐに逃げられるんだとかで最近では自警団の数も増えているそうです」
「あー……便利になった弊害だね」
「でもまぁそれは仕方がありません。魔法技術が発達したころは魔法により事件が急増したそうですし、新しい物を手に入れたら何かしらよくない事を考えてしまう人もいるでしょうから。そういった人の為に便利な技術を衰退させるのはまたおかしな話ではないかと」
「個人の意思頼みになっちゃうわけかぁ」
「そうですね」
全く、どこの世界でもそんな考えの人は後を絶たないんだなぁ。
けれど思考する生き物である以上はチャンネルがズレている人もなかにはいる訳で、そういう人を事前に見極めるのは物凄く難しいと思う。
まぁうちでそんなことしてたら問答無用でアリスとアークに叩き出されるんだけど……。
「あれ、そういえばアークは?」
「はい、さくらがダンジョンから帰ってくる前に冒険者ギルドから使いの方がいらっしゃって、さくらの代わりにお話を聞きに行っています」
「そうなんだ! なんか悪いなぁ、面倒な事させちゃって……」
「いえ、アークも息抜きになると喜んでましたから」
「ふふ、そうなんだ」
アークがこの店に来てから三か月、既にお店の中で教えることは何もない位に成長していた。
とはいっても、アリスもアークも元からずば抜けて覚えが良かったし、最初から困る事は何もなかったんだけどね。
店舗もレベルが上がったおかげで中規模になって広くなったし、取扱できる商品の数も増えたから二人が居てくれるのはとっても助かる。
でも時々このままずっと雇っていて良いのだろうかと考える事もある。
アリスは言わずもがな冒険者としても一流で、たまにダンジョンで起きる面倒事にアークと一緒に出掛けては解決してくると言った仕事も請け負っているし、アークも魔法こそ使えないらしいけれど剣術の腕は上級者を唸らせるほどだ。
更にアークにはもう一つ特技があって、たまに来る難癖をつけるタイプの貴族をいつの間にか納得させ黙らせるなんて変わったこともできるみたいだ。
ふたりとも、能力的に見たらこの店でずっと過ごすにはちょっと勿体ないような気がするんだよね。
「ただいま戻った」
「アーク! おかえりぃ」
「おかえりなさい。どんなお話でしたか?」
「……あぁ。実は――」
アークは珍しく曇った顔で事の顛末を説明してくれた。
その顔を見て何となく『面倒事かな?』と思っていたけどその予感は的中していた。
「と、いう事だ。……どうする?」
「うーん……お城で歓迎会、ねぇ」
「どうしてお城で? それもさくら商店が招待されるのですか?」
私は腕を組むと椅子の背もたれへと身体を預ける。
確かに身に覚えはある。
多分、アスタルスとルドルフが関わっている事だろう。
なんでも数か月前に王都でクーデターがあり、現国王は行方不明に、そして国王の息子三人は国家転覆罪の容疑で捕縛、処刑されたらしい。
私が以前依頼された仕事はこの時の為にお金を稼ぐ手伝いだったんだ。
だからクーデターが成功したお礼に私を招待、してくれているのだろうという事は何となくわかった。
ただ何故そこにアリスとアークも一緒なのかという事だけど……ただ単に気を利かせて? いやでもあの王子様の事だからもっと抜け目ない理由があるかもしれないしなぁ。
「よし、取りあえず行こうか」
「行くんですか!?」
「あ、うん。そんなに驚く事?」
「いやだって……お城、つまり王都ですよ? クーデターで前国王が行方不明になり現国王は出自のよく分からない方だと聞きます。冒険者ギルドと各国の協力で混乱は最小限で済んでいますが、それと私達に何か関係があるのでしょうか?」
「あ、そっか言ってなかったっけ。アークを紹介してくれた髭の紳士覚えてる?」
「はい、確か……ルドルフさん」
「そそ。あの人、現国王の側近だよ」
「……はぁ?」
アリスの驚いた顔を横目に私はアークへと視線を向ける。
帰って来てから浮かない顔をしているのは何かしら関係があるからなのだろうか?
もしかするとクーデターに関係した人物、国の重役とかだったのかもしれないけど。
「アーク、どうする?」
アークは一瞬思案するような顔をしたがすぐにいつものポーカーフェイスに戻る。
「何故俺に?」
「いや、多分この話はアークが一番関係していることだと思うから。私一人で行ってもいいし……アークが決めてくれていいよ」
そう伝えるとアークは少し俯き何かを考えているように見える。
暫く答えを待ったが彼は少しだけ頭を振ると疲れたような顔で呟く。
「すまないが、少し考えさせてくれ」
「うん。ゆっくり考えて」
彼が決断を下したのは意外にも次の日の朝の事だった。




