ダンジョン攻略 前編
「次右だ! 陣形スイッチしろ!」
「下がれ下がれ! 次来るぞ!」
ダンジョンは標準的な階層式、広々とした通路はパーティメンバーが20人程横になってもまだ余裕がある。
いわゆる長大型階層式ダンジョンという物らしく同じ長大型には『トロル大洞穴』が含まれるそうだ。
「……いやぁモンスターもなかなか大きいね」
「そうですね……トロルくらいのサイズはありますね」
大型の未確認モンスターとの戦闘はまさに怪獣と戦う地球防衛……いや、MMORPGのように見える。
肝心の私は、と言うとアリスと一緒に後方から前衛の戦闘を観察している。
怪我人が出れば即走って行って引きずってくるというのが私の主な仕事だけど、今のところ怪我はおろかダメージらしいダメージすら負っている様子がない。
流石上級職、流石オーレンが集めたメンバーだと感心してしまう。
「馬鹿野郎! 手際よく下がらねぇか!」
けれど殆どダメージを受けていないのは個人の技量の他にももうひとつ大きな理由があった。
大声で仲間の前に割って入りモンスターの攻撃を受け流している大男、ガゼンがその理由だ。
その身体の大きさに似合わず俊敏な動きでモンスターの背後を取ると必殺ともいえる一撃でターゲットを全て自分へと集中させ、その隙を他のメンバーが付くと言ったまさにゲームのタンク役の様な立ち回りで前線をコントロールしている。
天幕でも感じていたけど、彼は言葉はまさにチンピラのそれだけど頭はかなり良いと思う。
見た目と言葉遣いでかなり損してるタイプだなぁ。
「よし! 殲滅終了! 次2班先行で1班は後方警戒にまわれ! 索敵班もこまめに休息採れよ!」
オーレンが声を掛けるとさっきまで戦っていたメンバーは後ろへと下がり、代わりに私達の後方に居たメンバーが前線へと上がっていく。
その後ろには3班も待機していて順番に戦闘をこなしながら後退していくという攻略ではオーソドックスな方法を取っている。らしい。
「怪我はないですか? 怪我してる人いない? 体調悪い人もいないですかー?」
一応呼びかけるが1班は皆笑いながら手を振ると後ろへと下がっていく。
その中にはムスっとした顔をしたガゼンの姿もあった。
「むぅ、まぁだムスっとしてるよ……ちょっと怖いんですけどぉ」
「ふふふ、ごめんね?」
「え?」
声のする方へ振り返ると、そこには黒髪の女性が豊満な胸を持ち上げるように腕を組んで立っている。
「ええと……」
「私はアムネア。1班の魔法使いよ。ガゼンとは同郷でもあるの」
「あ、どうもさくらです」
「今朝はごめんなさいね? ガゼンが余計なちゃちゃ入れたから自己紹介も出来なくて」
「いえ。まぁガゼンさんの言ってることは間違ってませんから」
「そういってくれると私も助かるわ。彼ね、ああ見えても面倒見がいいのよ。だからあなたひとりに重荷を背負わすのが嫌だったのね」
「いえ、特に重くは――」
「重量の話じゃないのよ? アイテム管理って実際は物凄く大事な仕事なの。特にヒーラーの数が少ないこの世界ではその役割は中盤以降パーティ内で最も忙しくなるわ。そうなると貴女の体調にも影響するしそれを心配してるのね。……最も、貴女にはその心配はいらないようだけど」
「あはは! 人は見かけによらないですね。でも、気にかけてもらえるのは嬉しいかも」
「何か言われてもあんまり気にしないでね」
「はい。ありがとうございます!」
アムネアは手を振ると1班のいる方へと歩いていく。
彼女はガゼンの傍へと立つと何やら会話を交わしている。
「あの女性……間違いありません『鮮血のアムネア』ですね」
「鮮血?」
「はい。あの淑やかな態度からは想像できませんが、使用する魔法の属性が非常に特異で《血液》を媒介にするそうです。彼女はどんな過酷なダンジョンからでも生きて帰る事から『吸血鬼アムネア』とも呼ばれています」
「吸血鬼かぁ。そんな風には見えないよね」
「そうですね。ただ混戦になればなるほど、味方、敵が血を流せば流すほど彼女の力は増幅するんだとか。攻略組の古株でもあります。絶対に死なない魔法使い、ともっぱらの噂ですから」
「そんな人がガゼンさんと同郷なのか……もしかしてガゼンさんも有名人なの?」
「いえ……ガゼンという名には覚えがありますが特に逸話などは……」
「縁の下の力持ちか。そういう人好きかも」
「え?」
「ライクね」
「ライク?」
「いやもういいや。ほら、前が進みだしたからいこ!」
隊列を整え終わった2班が前線に立つとパーティはさらに奥へと進んでいく。
枝道が少ないのは救いだけど、一直線の道だと後ろから私達の後に入ったパーティが追い付いてきたりしないかな?
「そういえばさっきから結構ゆっくり進んでいるけど後ろから人が来ないね?」
「そうですね。他のパーティも慎重に進んでいるんじゃないでしょうか」
「そっか。よく考えたらここ攻略済みのダンジョンじゃないんだよね。……なんだろ、ちょっと緊張してきたかも」
「私もです。……そういえばアークの姿が見えませんが?」
「あぁ、アークはオーレンの指示で索敵組の護衛に回ってるよ。交代制らしいからそのうち帰ってくると思う」
「いつの間に……気が付きませんでした」
「入ってすぐのゴタゴタしてた時だからね」
歩きながら水筒を取り出して喉を潤すとさっきまで感じていた緊張が少しだけ軽くなる。
それでも今までの様な攻略済みダンジョンじゃないというプレッシャーが微妙に背中にのしかかっているような気がするのは少し怯え過ぎだろうか?
「よし! 20階層だ! 休息をとるぞ!」
ついにパーティは20階層の休息所へとたどり着く。
ここだけは他のダンジョンの例に漏れず明らかに他の階層とは違う空気が流れている。
ただ以前のように温泉があったり、足湯があったりする訳じゃなくてただ薄ぼんやりと明るいだだっ広い空間が広がっているだけだった。
「21階層への階段も見つけた。以前の階層突破事件の事もある、交代制で見張りを立てるぞ」
「じゃあまずは先行してる2班から出します。頼む」
2班の班長である槍を持った戦士が横に立つ若い男性に声を掛けると、彼はすぐに頷き数人で階段の方へと進んでいく。
その姿が小さく霞んでいくのをボーっと眺めているといつのまにかオーレンが私達の座っている場所へとやってきていた。
「さくら、疲れてはいないか?」
「全然問題なし!」
「そうか、ならいい」
「あ、あの気になる事があるんだけど……」
「どうした?」
「私達相当ゆっくり進んで来たよね? 後から入ったパーティって追い付いてこないのかな?」
「そうだな、まぁゆっくりとは言ってもこのパーティは熟練者の集まりだし実際にモンスターの排除もかなり早いと思う。後方のパーティも大所帯だったがうちの速度には追い付けてないのかもな」
「そっか、普段は攻略済みだからどんどん進むけどそれに慣れちゃうとダメだね」
「まぁな。攻略組の目的はアイテムもそうだが、一番は攻略したという名誉だ。だからこそ慎重に、それでいてある程度の速度は維持しなきゃいけない。だがだからといって無理をしてはパーティの壊滅にも繋がるからな、もしかするとそのうち後ろのパーティに抜かれるかもしれないな」
「そっか。あ、そうだ私皆に水配ってくるよ。小腹がすいてる人もいるかもしれないし」
「おう、頼む」
「お手伝いしますさくら」
私とアリスは各班を回りアイテムや食料品を配って歩く。
出発してから3時間くらい経っているからか意外と持ってきたハンバーガーもどきが良く売れた。
これはさくら商店の看板メニューにしようとアリスと試行錯誤して作ったハンバーガーを模したパン、その名もハンバーガーもどきだ。
まぁ単にパンの間にブルボーンのタレ焼き肉とレタスの代わりに似たようなハッシュの葉を挟んだだけなんだけど、甘辛い果実ソースとパンの組み合わせがこの世界では珍しいのか結構男女問わず人気がある。
ここで試作品を出しておけばそのうちコレ目当てにまたお客さんが来てくれるかもしれないしがんばって配っておかなきゃ。
「よし、そろそろ1時間だ。先に進むぞ!」
もう1時間か、あれこれ用事してたら意外と休めないなぁ。
アムネアさんが言ってた事を早くも感じてしまった。
私はともかく、アリスには休んでもらわないとなぁ。
「2班、先行します」
「頼む。続くぞ! 1班、3班準備いいか!?」
「おう」
「OKでーす」
「よし、出発!」
オーレンの声に反応して列が動き始める。
さぁ次は21階層、今日中に40階層まで降りられれば御の字だとオーレンは言ってたしこの調子ていけば3時間から4時間程度でつくかもしれない。
念のために地図を取り出すと後ろから見えないようにマップを更新する。
「うん……曲がり道なんかはあるけど基本的には一本道だね。しかし本当に枝がないなぁ」
「長大型ダンジョンは基本的に枝分かれしていません。そのぶん広い空間がありますが、宝箱の数は少ないと聞きます。でも逆に攻略に集中できそうですね」
「少し物足りなさもあるけどね」
「商人としては、ですね」
「へへ」
地図を仕舞うと先頭の2班を見る。
このダンジョンは『トロル大洞穴』と同じくらいの広さだけど、全然違うなぁと感じるのはその明るさだ。
『トロル大洞穴』には魔力を吸い上げて光る苔がダンジョン内へ沢山露出していたから凄く明るく感じたけど、このダンジョンは光源を持たなければ進むことも難しい。
現に各班の魔法使いが《光源魔法》を使用しながら進んでいるような状況になっている。
私自身、ダンジョン内でこんな風に光源が必要になったことがないから、今度からは代わりになる物も準備しておかなきゃいけないなぁとぼんやりと考えていた。
「前方! モンスター5体! 戦闘準備!」
その時、2班と一緒に進む索敵班から警戒の声が上がる。
小規模パーティならハンドサインなんかで済むけど、この規模になると声を出すしか伝達手段がないのはちょっと致命的な気もするなぁ。
だって折角奇襲できる状況でも味方に知らせるために声を出せば絶対に気付かれるわけだし……けどそれを見越して正面突破できる実力者の集まる大規模パーティなのだから一長一短あるわけだけど。
「他の階層と同じモンスターだ! パターン確認をしながら戦闘開始!」
このダンジョンのモンスターは大きさだけならトロル並みに大きい。
見た目は大きな蜥蜴……なんだけどゴリラのように前傾姿勢で両の手が異常に大きく、その体表は何故か異常な程柔らかい。
剣で斬りつければ深々と傷をつけられ、魔法を当てればその肉は一瞬でえぐり取られる。
ただ不気味なのは、絶命する時も声ひとつあげず消えていくという所だろうか。
「なんかおかしいなぁ」
「何がですか?」
「いや、あのモンスター。大きさはトロルくらいあるけど動きは遅いし防御力も大したものじゃない。攻撃力は流石にあの大きさだから当たれば相当だろうけど、結構皆簡単にいなしてるよね?」
「そうですね。物理、魔法共に耐性が低いと考えられます。私も未攻略ダンジョンは初めてですが、もしかしたらダンジョンができて間もない事が関係しているのかもしれません」
「だといいけど……なんか重大な秘密があったりして」
「や、やめてくださいさくら。さくらが言うと何か起こりそうで薄ら寒いです」
「ちょ酷くない!?」
「うわぁああーーっっ!?」
「ほらぁ!」
「うっそだぁ!?」
前線で戦っている2班の方から叫び声が響く。
即座に人の間をすり抜けながら前に飛び出ると5体のモンスターの死体の真ん中でのた打ち回っている男性がいる。
「どういう事!?」
「さくら! 呪いだ! 解呪できるか!?」
「呪いぃ!? ええと――あるある! おりゃあ解呪のポーション!」
解呪のポーションを振りかけると少しずつ痛みが和らいだのかその激しい痙攣が収まっていく。
モンスターの血だまりから彼を運び出すと、すぐさまその身体を大量の水で洗い流し様子を見てみるけど外傷は特に見当たらず物理攻撃や魔法で呪いを受けた訳じゃなさそうだ。
どう考えても原因は……。
「これ、モンスターの血を浴びたから?」
「だろうな。やけに奴らの身体が柔らかいのは気になっていたが、まさか倒されることを前提にしたモンスターだったとは思ってもみなかった……まさしく新種だな」
「魔法攻撃主体で戦うしかありませんか、オーレン」
2班の班長である槍使いの青年が困ったように尋ねる。
オーレンも少し考えた後に各班の班長4人を呼び出すと臨時の作戦会議を始める。
「1班が受け持ちの時に呪いの効果が出てなかったのは偶然だろう。返り血を浴びた奴も少なかったというのもあるが……どうやら蓄積して発動するタイプのようだな」
「チッ。うざってぇ」
「僧侶は各班にひとりずつしか居ません。このまま呪いにかかり続ければいくら魔力を回復できても先に体力が底をつきます。ここは魔法主体か、槍や弓などの中遠距離を主体とした構成に切り替える必要があるでしょう」
「だが班の構成は基本的に前衛主体の戦士、武器も剣で構成されている。よしんば装備があっても使い慣れない武器を使って命を落としたら洒落にならないからな」
「それに呪いを治療できてもダメージは無効化できないじゃない? そうなると治療しても暫く戦えない人員が出るって事だから戦闘に支障をきたすわよ」
「さくら、呪いに対抗できる装備はないか?」
急に話を振られて驚いていると代わりにアリスが答えてくれる。
「オーレンさん、ご存知の通り呪い耐性は精神異常耐性の次に装備を整えるのが難しいと言われています。例えひとつふたつ耐性装備があっても50人は賄えません」
「そうだな……だが対策として解呪ポーションを大量に用意してくれていたのは助かった。無効化はできないが解呪は出来る。あとはなるだけ前衛が動きでカバーしていくしかないな」
結局は前衛が返り血を浴びないように注意する、で結論が出た。
一瞬撤退しないのかな? とも思ったけど、対処方法があるなら先に進むのが全員の総意みたいだね。
攻略組というのは全員が『攻略』という魅力に取りつかれているようにも感じた。
アイテムだけじゃなく、ダンジョンの全てが人を惑わせる魅力を持っているんだね。
取りあえず解呪のポーションの在庫を確認する。
「残り……100本弱、ひとり2回まで解呪できるけど」
正直足りないな、と感じている。
救いは長大型の階層式ダンジョンはそこまで深くないという特性があるらしい事だ。
後ろの班の会話を盗み聞きした限りでは60階層あるかないか、と踏んでいるらしい。
後はポーションが持つかどうか……そう考えながら唇を舐める。
何故だろう、やけに唇が渇いているような気がしていた。




