ダンジョン攻略、出発まであと1時間
少しひんやりとする空気をいっぱいに堪能しながら街の中を歩くと、早くからお店の準備に動き回る人や逆に閉店の準備をする人達を見かける。
朝早くから動いているのは個人商店の人や宿屋の店員さん、後は風聞紙の配達員――いわゆる新聞の配達をしてくれる人が目に付く。
逆に閉店準備をしているのは夜間営業している酒場等の大人の出入りするお店の人達。
「よし。じゃあ向かおうか」
「ああ。しかしこの時間にダンジョン行きの馬車が出ているのか?」
「それなら任せて! ほら!」
私が道の端に停めているある物を自信満々に指さすとアリスとアークは何とも言えない不安そうな顔をして見つめあっている。
「……いや、それをどうするのだ?」
「馬で引く荷車ですよね?」
その顔を見て私がふふんと鼻を鳴らすとふたりは余計に困った顔をして首を傾げた。
「まぁまぁいいから乗って乗って!」
「あ、ああ……」
「お邪魔します」
ふたりが荷台に乗り込むのを見届けると私は本来馬が入り込む場所へと身体を滑り込ませる。
荷車を引きやすいように取り付けてもらった取っ手を握ると荷車を軽く前後へと動かす。
「うん! それじゃあしっかり座っててね! 新発見ダンジョンまで出発進行!」
「うお!?」
「きゃ!?」
勢いよく走り出すとアンパルの北門へと向かう。
事前に場所を調べておいたから多少道が暗くてもすぐに辿り着ける。
「さ、さささくら! あ、あああのあ、あの!」
「なぁにー!? 舌噛むからあんまり喋らない方がいいよぉ!」
アリスが何やら話があるようだけど荷車の車輪が路面の凹凸を拾うので揺れてしまって喋れていない。
けど喋っていると舌を噛むのは本当だ。
だってマスター・シリウスはそのせいで暫く熱いスープが飲めなくなってたから……。
「あ、ああとでいいですぅ!!」
「それがいいね!!」
さくら商店専用人力車はそのまま街道を北西へと進み、件の新ダンジョンの入り口へと向かっていく。
道中、同じ目的で向かっているであろう冒険者の馬車を数台見かけたが、どれも大規模パーティなのか台数が凄く多い。
これはどれだけの数が入り口に集まっているのやら……。
「はぁい! 到着!!」
整備された道が急に開けた広場になる。
そこにはパッと見ただけでも数十にもなる天幕が連なり、そこかしこで攻略準備に取り掛かる人の声が聞こえてくる。
私は台車を引きながらオーレンの姿を探して広場の中を進んでいく。
「さくら! こっちだ!」
「オーレンさん! おはようございます!」
「ああ、おはよう。って従業員も一緒に行くのか!?」
「はい! うちの従業員は商店の店員としても一流ですが冒険者としてもなかなかですよ! きっとお役に立てると思います! ねっ?」
「あ、はい……はぃ」
「ああ」
アークは元気だけどアリスは少し顔色が悪い。
どうやら車酔いしてしまったらしい。
ちょっと悪い事をしてしまったかな。
「……まぁ、問題はないだろう。うちのパーティメンバーを紹介するからこっちへ来てくれ」
「はぁーい」
荷車を近くに停めると4人で連れ立って一際大きな天幕の中へと入る。
外からはわからなかったけど、中へ入るとその広さに驚いてしまう。
「皆、聞いてくれ! この3人が今回特別にダンジョン攻略に参加してくれるゲストになる! 軽く自己紹介をしたいから班長のみでいい集まってくれ!」
天幕の中には男女入り乱れて20人程の人がいる。
用意は終わっているのか雑談をして過ごしていたが、私達の姿を確認すると興味深そうに視線をこちらへと向ける。
オーレンが呼びかけると4人の冒険者が近寄ってくる。
「来たか。まずは彼女たちの紹介だ。さくらとアリス、そして……」
「アークだ」
「だ、そうだ。彼らは知ってるやつもいると思うがさくら商店という店を営んでいる商人だが、今回は
装備やアイテムの管理を任せる為に参加してもらうことにした」
「はっ! 只の荷物持ちかよ!」
そう言ってバカにしたような視線を向けてくるのはオーレンから一番遠い所で椅子に座って酒瓶を傾けているスキンヘッドの大男。
こういうと悪いけど、どんな世界でも真っ先に喧嘩腰でバカにしてくるのはこういう人が多いなぁと妙に納得してしまう。
「只の、じゃないぜガゼン?」
「……あぁ?」
「一応全員に言っておくが、商人だからと馬鹿にするなよ。以前起こった《アンデッド階層突破事件》を解決したのは彼女だ。舐めてかかると痛い目にあうぞ」
その瞬間どこか緩み切っていた空気がざわりと震えたように感じた。
バカにしたように見ていたスキンヘッドの大男も、まるで獲物を睨みつける熊のように雰囲気が殺気を帯びる。
そこかしこからそんな雰囲気を感じているとアリスが腰に手を回すのが見えた。
「アリス」
「はい」
アリスは頷くとその手を元へと戻す。
この子は意外と喧嘩っ早いと言うか、私の事になると過剰に反応してしまうようだとアークから話を聞いていた。
嬉しい反面、不安でもあるんだけど……そんな彼女の為にも私が毅然としていなきゃね!
「おはようございます! 私はさくら、それからアリスとアークです! 今回は荷物持ちという事で参加させてもらいますが一応自分の身は自分達で守れますから足手まといにはならないと思います! でも何かあったらお互いに助け合って生きてダンジョンから出ましょうね! よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げると何人かが拍手を返してくれる。
だけどやっぱり気に入らない人も中にはいるみたいだ。
「おいおい、ガキを攻略組に参加させるのか!? いくら荷物持ちでも俺たちの邪魔にしかならないだろうが! 例の事件も本当にこいつが解決したって証拠はねぇんだぞ?」
例のスキンヘッドの大男、ガゼンが持っていた酒瓶を机へ叩きつけると荒れた口調で叫ぶ。
どうやら彼はどうしても私達に参加して欲しくない理由があるみたいだね。
「ガゼン――」
「どうしたら認めてくれますか?」
オーレンが宥めようとするのを遮るようにガゼンへと言葉を投げかけると、彼はその厳つい顔を歪めると腹立たしそうにため息をついた。
「まずお前達を雇うメリットだ。確かに荷物持ちは必要だ。だがこの人数を見ろ。この天幕以外にもメンバーが30人、総勢50名弱の大規模パーティだぞ? 荷物持ちなんざ分担すればいいだけの事だ。それにな、荷物持ちだからって戦えない奴じゃ話にならねぇんだよ。後方からの奇襲にすぐ対応できるのは当たり前、怪我人や前線で戦えなくなった奴を迅速に退避させなきゃいけねぇ。ここに集まってる冒険者は殆どが上級職、下級職でも一応は戦闘職だ、多少荷物を持ったからと言って動きが大きく鈍るわけじゃねぇ。それをまともに戦えない商人に一極集中で持たせておいてそいつが万が一にでも死にやがったらあとの奴らはどうする!? 荷物が無事ならいいがもし破損したらどう責任取るってんだ!」
「あー確かに一理あるよ」
「……何だと?」
もっと新参が気に入らねぇ! とか商人風情が! とかそんな感情任せの理由かと思ったらかなり良く考えられた意見だった事に驚きを隠せない。
確かに大切な消耗品をひとりに持たせた場合、そのひとりが例えば不意打ちを受けて死んだ場合は持っていた荷物が無事とは限らない。ポーションなんかは特に割れやすいしね。
「いや、見た目に反してよく考えてるなぁって」
「バカにしてんのかお前!」
「んー、荷物持ちに関してだけど、私が持てる荷物は今のところ無制限。重量も個数も大きさも関係ないよ。それだけで戦闘職に荷物を持たせてわざわざ人員を削ぐ必要がないから自由に動ける人は増えると思う。それと一応私の固有スキルは防御力を上げてくれるスキル。上級ダンジョンの《鉄鬼の庭》のアイアンゴーレムに囲まれてタコ殴りにされたけどノーダメージだった。状態異常耐性もあるから即死はないはずだよ。まぁ落下式のトラップとかがあるなら確かに話は別だけど……」
「落下式トラップとかは見たことがないな。一応注意して索敵しておくよ」
妙な仮面をかぶった女性がその手があったかと頷きながらメモしている。
彼女がトラップを見極めてくれる索敵班という奴だろうか?
「……だが戦闘力に関してはどうだ? ここは未探索のダンジョンだ。 敵の強さもわからねぇ以上は全ての能力が必要になってくる。 固いだけじゃ窮地を脱せるとは言えねぇぞ」
「それならアリスは冒険者でユニークスキル持ちだし、アークは剣術に関してなら上級職レベルだよ」
「肝心のお前はどうなんだよ?」
「私も……うーん、いやでもなんか自分で言うと嫌味じゃないかな?」
「もうその辺にしとけ。ガゼン、これは俺の判断だ。これ以上逆らうなら今回の探索班からは外れてもらう」
「何だと? テメェいつから俺らの頭になったつもりだ? 今回はお前がギルドから持ってきた仕事だから仕方なく従ってやってるだけで元々上も下もねぇんだぞ」
「だがそれは話し合いで決めただろう。これ以上蒸し返すならオモテに出ろ。相手になってやる」
「抜かしやがったな! いいだろう覚悟しやが――」
勢いよく立ち上がろうとするガゼンがビタリとその動きを止める。
理由は簡単だ、彼が立ち上がろうとした瞬間一気に間合いを詰めてその肩に手を置いたから。
立ち上がろうとする不安定なところを剛腕の篭手の力で押さえつけられたらどんなに怪力自慢でもそう簡単には立てないだろうと考えてのことだけど何とかその効果はあったなぁと安堵する。
「もうやめよ? それにこれで分かったでしょう? 私が少しは動けるって」
そう告げると私はガゼンの肩から手を放す。
ガゼンは一瞬何が起こったのかわからないようだったけれど、椅子に尻餅をつくようにして座ると額の汗をぬぐいながら目を細める。
「テメェ……」
「よし! それじゃあ探索の準備を始めるぞ! 各班は最初に決めた役割分担通りに行動してくれ! それからアイテム類は全てさくらに預ける事! 管理は彼女がやってくれるから何かあれば彼女に訊け!」
オーレンの声を皮切りに天幕内が一気に騒がしくなる。
私も準備に取り掛かりたいけど少し気疲れしてしまったのかその様子を見ながら溜息をつく。
まだダンジョン探索は始まってすらいないのに、いきなりこんな最初からイキリイベントをやらされるなんて思いもしなかったからこう、来るものがあるね。
ちょっと恥ずかしいけれどこれで面倒事が解決したら――いや、するはずがないか、ガゼンの性格を考えたら……。
だってさっきから背中越しに突き刺さるような視線を感じるんだもん。
「さて、どうなるやら……」
そう呟いた私をアリスが不思議そうに眺めていた。




