アリスとアークは店主想い
私がこの店に世話になって1週間が過ぎた。
当初は店主のさくらや先達のアリスがあれやこれやと指示してくれていたが、最近ではさくらに元気がなく殆どをアリスから教わっている。
そのアリスもさくらに引っ張られているのか気分が沈みがちなように感じる。
そのような事、以前は全く気にもならなかったがこの店に来てからというもの、まるで失っていた人間性を取り戻すかのような錯覚を感じている。
「アリス。込み入ったことを聞いて悪いのだが店主――さくら殿は最近元気がないように感じるのだが気のせいだろうか?」
「それは……そうですね。実は――」
少し戸惑いがちにではあるが、どうやらアリスも気になっていたのか誰かに聞いてほしいと言った様子で詳しく事情を話してくれた。
なんでも冒険に出た先のダンジョンでトラブルに巻き込まれ装備を失ったのだという。
私は今のさくらの姿しか見ていないせいか今の今まで様子がおかしい事に違和感を感じることはなかったが、当の本人であるさくらにとっては冒険者になってからずっと信頼し身を預けていたものだったのだろう……気が沈んでしまうのも無理はない。
「私も……幼い頃に義兄より賜った……あ、いや、譲ってもらった一振りの剣があった。いつかその剣を持って冒険者になろうと心に決めていたが残念ながら運命はそれを許さなかった。そして忙しい日々を過ごすうちにあの剣もいつの間にか所在が分からなくなってしまっていた。だからなのか、さくらの気持ちが何となくではあるがわかる気がするんだ」
語るつもりはなかったが、どういう訳かぽつりぽつりと言葉が湧いてきてしまう。
どうもここは、なんというか安心感があるというか……幼い頃に過ごしたマルストの家を思い出すのか口が軽くなってしまった。
「しかしそうなると根が深いな。馴染んだ装備品の代わりというのは中々見つからないものだ。まったく同じ装備であっても違和感を感じると聞く。」
「その通りだと思います。……救いなのは本来であれば装備は破壊されればその形を失いますが、どうやらまだ完全には壊れていないようなんです。けれど装備品の修復は秘術中の秘術。《ドワフ族》の一部の技術者のみに語り継がれていると聞きました。門外不出……なのでしょうね」
「例えばだがドワフ族と親交の深いエルフ族なら誰かあてがあるのではないだろうか?」
「けれどエルフ族なんて最近こちらの大陸では――あ、いえ……そういえば」
「心当たりが?」
「以前、お店を構える前にさくらのお客さんにエルフ族の方がいたとパスティさんから聞いたことがあります。えっと、パスティさんというのは冒険者ギルドの方なんですけど」
「そうか、では仕事が終わった後に訪ねてみないか?」
「そうですね! パスティさんに訊けば相手の方もわかるかもしれません!」
アリスは力強く頷く。
まるで何か解決する案が見つかったとでもいうような興奮した様子だ。
「だがさくら殿には内緒にしておかなければな」
「どうしてです?」
「ぬか喜びになるかもしれないからだ。もしそのエルフ族に伝手がなければそこでこの話はおしまいだ。そうなると余計に落ち込むのではないかと思う」
「なるほど! 確かにその通りです。すみません、少しだけ浮かれてしまっていました……」
このアリスという女性は非常に聡明で理解力が高い。
吸収力が高いとでもいうのか、人の意見をしっかりと訊く耳を持っている。それは多くの情報を処理する為に労力を使うという短所もあるが、冒険者としては長所となる事の方がずっと多いだろう。
そんなことを考えながら私達は仕事をこなしていく。
仕事終わりに冒険者ギルドへと赴く為に。
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「パスティは他の支部へ出張中でまだ帰ってないよ」
「あ、そう、ですか……」
冒険者ギルドへとやってきた私達は残念ながら情報源となるであろうパスティさんに出会う事は出来なかった。
どうやら先日さくらが巻き込まれた事件の調査が長引いているのか、いまだにアンパルへは帰還していないらしい。
彼女ならばさくらの為に仕方なくではあっても情報を教えてくれただろうけど、流石に他の職員には聞くわけにはいかない。
冒険者ギルドには個人の情報という物は保護されてしかるべき、という理念があるからだ。
そういう点ではパスティさんは甘いとも言えるけれど、誰彼構わずという訳ではない所が彼女の優れた慧眼ともいうべきものなのだろう。
「何か大事な用だったの?」
「実はこの街でさくらという商人と親交のあるエルフ族を探しているのだが……」
「エルフ……あぁ! 彼女なら登録所の方にいるよ。行ってみたらどう?」
「そうか、ありがとう」
どうやら件のエルフの女性は冒険者ギルドに勤めているらしい。
私とアークは少しだけ離れた冒険者登録所の方へと足を運ぶことにした。
「すみません」
「あ、すみません。今日はもう……」
「あの、私さくら商店に勤めていますアリスと申します。こちらは私と同じ従業員のアークです」
「さくら商店……あ、さくらさんの所の?」
「はい。その、突然で申し訳ないんですが、実はお話を聞きたいことがあってお伺いしたのですが……」
「何か事情がおありなんですね? ではここを閉めてしまいますから、どこかで食事しながらお話を聞くという事でいかがでしょうか?」
「よ、よろしくお願いします!」
エルフの女性はにこりと微笑むとすぐにお店を閉める準備を始めた。
「え、ドワフ族ですか?」
「はい」
私達はさくらとよくご飯を食べにくる『アッシュ』というお店へと入ると早速本題の話を始める。
彼女はエルフ族のメリンという名で、さくらとは大変な怪我を負った時に助けられたことが縁となって付き合いがあるのだという。
「エルフ族は古くからドワフ族と親交が深いと聞いたことがある。同じ精霊の流れをくむ種族同士、今も強い絆があると考えているが……どうだろうか?」
メリンはパンを千切る手を止めると真剣な表情で何かを考えているようだった。
「確かに私達エルフとドワフは今でも親交があります。私も何人か知り合いは居ますが……ですが伝説級の装備を扱える鍛冶師となると話は別です。恐らく今ドワフの国にもそのレベルの鍛冶師は5人いるかどうか。そして全ての職人が国の庇護下にありますから個人の依頼を受けてくれるとは限りません。まずいきなり国に申請しても通らないかと……。さくらさんならマスター・シリウス経由で何かしらのコネクションが使えるかもしれませんが……」
確かに、彼女のいう事は正しい。
完全に頭から抜け落ちていたけど、国お抱えの魔法使い等は基本的に国の依頼以外は受けない。
名が売れれば依頼は増えるが、その全てに対処していては国に仕えるという意味がなくなるからというのが表向きの理由だけど、本当はもっと別の部分……多分、技術の独占に本質があるのだと思う。
だから鍛冶師なんかの技術に関わる人は特にその傾向が強いのではないか、という事は少し冷静に考えればわかったはずなのに……。
「手詰まり、か。メリン殿のいう事はもっともだ。国同士のコネがあるのならば問題はないだろうが……こんな時に……」
アークが何かをつぶやいたような気がしたけれどよく聞こえなかった。
ただ、彼なりにさくらの事を心配しているのだろうという事はわかった。
「しかし、だからといって何もしない訳にはいきませんから私の方でも国へ手紙を送っておきます。幸い私の姉が錬金術師をしているので、社交的な姉なら何か手があるかもしれません」
「あ、ありがとうございます! 本当に助かります!」
「いいんですよ。私は……いえ、私達は彼女に命を差し出しても構わないと思う程の恩を受けています。こんなことで恩返しができるのであれば何という事はありませんわ」
「私達?」
「ええ。私と、そして私の家族を助けてくれたのは彼女なんです」
メリンはそう言いながら嬉しそうに笑う。
何となくその顔を見るだけでどれだけさくらに対して恩義を感じているのかがわかってしまう、そんないい笑顔だった。
「きっと、さくらが聞いたら喜びます」
「ああ。そうだろうな」
私は運ばれてきて時間のたったスープに口をつける。
すんなりと喉へと流れる温度になったそれは、あの日さくらに連れられて行った浴場のお湯のように少しぬるいけれど心に染み込んでいく、そんな気持ちにさせてくれる温かさだった。
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「ありがとうございましたー」
私は昼最後のお客さんを見送ると扉の札を『休憩中』に変更する。
今日はひとりだからお昼ご飯の時には店を閉めないといけない。
珍しくひとりなのは理由があって、アリスにもアークにも休みを取って貰ってるから。
だって無理にでも休ませないとあのふたりはいつまでもいつまでも仕事をしてしまうから、ありがたい反面少し困ってしまう事もある。
「あの店員さんいつ来ても働いてる! ブラック企業だ! なんてコンビニみたいな話が広がったら困るしさっと」
背伸びをするとお昼御飯用に買っておいた何日前の物かわからない焼き肉弁当を異空から引っ張り出し自分で作ったお箸と並べてカウンターに座る。
この世界は基本的にスプーンとフォークで食べる事が多いからお箸は売っていないから自分で作ってみたんだけど、やはり長年使って来ただけあってとてもしっくりくるんだよなぁこれが。
お弁当の蓋を開けたその時、店の扉がカラコロと音を立てながら開くとひとりの小柄な男性が店内へと入ってくる。
「あ、ごめんなさい。今休憩中で……」
「む、そうだったか。すまんな。また出直そう」
一瞬男性の視線がお弁当へと釘付けになるが、すぐにバツが悪そうに頭を下げると出ていこうとする。
「待ってください!」
出ていこうとする男性を呼び止めると、私はもうひとつ焼き肉弁当を異空から取り出し男性へと薦める。
「あの、良かったら一緒にどうですか?」
男性は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにくしゃりと笑うと弁当を手に取る。
「すまんな。実は朝から何も喰ってなかったもんだから匂いにやられてたんだ」
「もう一個あって良かったです」
私達はお互いに声を出して笑うと一緒に焼き肉弁当を食べ始めた。
「ふぅ美味かった。ありがとう。値段はいくらだ?」
「良いです良いです、買い置きが沢山あって……たまたまですから」
「そうか? すまんな」
「いえいえ! ……それで、今日は何かお探しですか?」
「おお、そうだった。 実はな、とある素材を探していてな。その話を知人にしたところこの店を紹介されたのだ」
「知人? ですか?」
「そうだ。人間なのだが名前をアーレンという。知っているか?」
「アーレンさん? 知ってま……す?」
「何故疑問形なんだ?」
アーレン=ヒルム。
隣のカーリアム王国に店を構える大商人で、以前ガネッサの商人祭で開催されたオークションへと参加した際にマスター・シリウスを介して出会った人だ。
店を構えたら連絡しろと言われたから一応マスター・シリウスに頼んで連絡をしてもらったけれど……まさかお客さんを紹介してくれるなんて思いもしなかったなぁ。
「ええと、それでお探しの品とは?」
「それなんだが……俺は鍛冶師をしていてな。ある装備品の修理に必要な素材があるんだがどういう訳か市場に出ていなくてな。アーレンにも頼んだんだが、あっちでも手に入らないという事で困ってたんだ。珠蟲の宝殻ってんだが」
「あ、ありますよ山ほど」
「何!? 何枚あるんだ!?」
「ええと、待ってくださいね。……今のところ300枚位ありますね」
「凄いな……市場に出回っても100枚あるかないかだぞ」
「そうなんですか? まぁ確かに手に入れるのは面倒だとは思いますけど」
「最近蟲系モンスターの数が減っててな。まぁ時期的なもんだが、お陰で手に入らないわ値段は上がるわで大変なんだ」
「時期? そういうのもあるんですね。えっと、参考までに教えて欲しいんですけど他のお店ではいくらで出てるんです?」
「そうだな、一枚10万リムくらいか」
「うっそ!? え、本当!?」
「ああ、今年は特に少なくてな。ここまで上がるのは稀だ。いつもは2~3万リムで手に入るんだが……蟲系モンスターはダンジョンの影響をモロに受けるぶん変動が激しいんだ。特に普段は装飾品くらいにしか使わないしな」
「へぇ~……」
「じゃあとりあえず100枚ほどくれ。1000万リムか。む、しまった少し足りんな。数を減らそうか」
「……あのぉ、鍛冶師ってことは壊れた装備も直してもらえるんですかね?」
「ん? まぁな。なんだ何か困っているのか?」
「実は――」
私は異空から剛腕の篭手、早駆けの革靴、破魔の短剣を取り出すとカウンターの上に並べる。
男性は興味深そうにその様子を眺めていたが、急に慌てた様に立ちあがると破魔の短剣を手に取った。
「なっ――これは! 全部伝説級……いや、この短剣、こいつはもしかすると神話級に近いかもしれんな!」
「わかるんですか?」
「舐めてもらっちゃ困る。俺はこう見えても国で4人しかいない伝説級以上の装備を扱える鍛冶師なんだ。装備の良し悪しを見るなんて朝飯前だ。……しかし派手にやったなぁ。これはカースド系列のスキルか? 短剣の方は違うな? 無茶をしたせいか」
凄い、装備の破損状態から原因を言い当てている。
魔力痕跡とかそういう事じゃなく職人の勘というものでみているんだろうか?
「ふむ……これは面白いな。まだ生きている」
「そっか……良かった……。そ、それで、こんな状態でも直せますか?」
「……ああ。ただかなり金がかかる。素材の鉱石は国に帰れば山ほど揃っているが、伝説級2つ、そして神話級になり損ねた短剣がひとつ……かなりの額が必要になるな」
「いくらくらいかかりますか?」
「まぁざっと50億ってところ――」
「直してください!」
「決断早いな!? 大丈夫なのか50億だぞ!?」
「大丈夫です。是非すぐに」
「あ、ああ。待て待てそんなギラギラした目をするな」
「じゃあ手付金代わりに珠蟲の宝殻も100枚、持って行ってください」
「……いいのか?」
「はい。多分ですけど、普段はこういう仕事断ってるんじゃないですか?」
「察しがいいな。国のお抱えになると色々と面倒くさいんだ」
「だから受けてくれるお礼に」
「は、ははは! 豪胆だな。まぁそれだけこの装備に思い入れがあるという事か…………わかった、最優先で仕上げてやる」
「本当ですか!? やっったぁ!」
「ただし少し時間がかかるぞ。国に戻るのにここからだと15日前後かかるからな」
「ええとそれなら……。あの、住んでいるお近くにダンジョンはありますか?」
「ああ、『鉄鬼の庭』ってところがある。俺もよく鉱石を堀りに入るよ」
「ちょっと待ってくださいね。……鉄鬼、鉄鬼、と……あ、あった。5階層でかまいませんか?」
「まさか――おい、繋げることができるってのか!?」
「はい。ここは繋げっぱなしにしておきますので出来上がったら是非声掛けに来てください! 取りに行きますから!」
「常識外れだな……。まぁダンジョンに店を構えてるんだ、常識も何もないか。よし、じゃあ修理が済んだら持ってきてやる。金はその時でいいさ。こっちとしても長旅覚悟で出てきてるんだ。15日が数時間で済むんだからありがたい話だよ」
「あ、でもできれば皆には内緒で……。特にマスター・シリウスには……」
「冒険者ギルドの?」
「はい。自分が行き来するのはいいけど他の人間には緊急時以外使うなって言われてるから……」
「なぁに緊急時だよ、装備が壊れるっていうのはな! まぁ任せろこんな商売してるくらいだから口は堅いんだ」
そう言いながら男性は装備を布に仕舞うと背負っていた鞄へと大切そうに仕舞う。
私は珠蟲の宝殻を包んで渡すとダンジョンの入り口を『鉄鬼の庭』へと固定して外の様子を窺う。
どうやら近くにモンスターの影はないようだ。
「そうだそうだ、自己紹介もしてなかったな? 俺はドワフのホイール。ドワフの国で鍛冶師をしている」
「私はさくらです! さくら商店のさくら!」
「ああ、さくら。それじゃあ預かっていくからな! 何かあったらドワフ国を尋ねてきてくれ」
ガルドは豪快に笑うと大きな荷物を背負って帰っていく。
その姿を見送りながら私は心の中でガッツポーズをしていた。
この時ただ自分の運が良かっただけだと思っていたけれど、実はこの出会いは私を想っていてくれる人の気持ちが生んだことを後になって知る事になったのだった。




