装備を失うという事の意味
『オイオイ、危うく死ぬところだったじゃねーか』
「……ん?」
『ん? じゃねーよ、ん? じゃ。折角の第二の人生だ、もっと慎重に生きろよ』
「……ああ、なんだ夢か」
『いや違うけどね? ちゃんと存在してるけどね?』
「その返答の仕方は……あ~! やっぱり私!」
『いやお前じゃないけどね』
そこには不貞腐れた様に胡坐をかいて座りこむ私が居た。
こうして面と向かって会うのはこれで2回目かな?
「ということは……も、もしかして私また死んじゃったんですか!?」
『いや、辛うじて生きてる。けど早く戻らないとまたすぐ会う事になる』
「ひえええ!? ど、どうすれば!?」
『……ふむ、そっちが素のお前か……。何、すぐに意識は戻るさ。今回は仲間がいたからな』
「あ、エリィとセレナが居てくれるんだった! よ、良かった助かったぁ」
『……どうだ、異世界の暮らしは?』
「あ、そうだね凄く面白いよ! 私ね商人になったんだ! お店も構えて何と従業員までいるの」
『そうか』
「でね? ドラゴンに会ったり、大きな亡霊に会ったり、アンデッドの大群と戦ったり」
『ああ』
「本当、あの頃の私には想像もできないくらい毎日が楽しい……」
『それは……良かったな』
「ありがとう! あなたのおかげだね!」
『……』
「ところで、貴方は一体誰なの?」
『私か? 私は……そうだな……鏡、かな?』
「鏡?」
『いや違うな。空蝉? それとも半身? ……まぁ何とも言えんな。神とでも呼べ』
「おー」
『お、そろそろ戻る頃合いだな。もうここには来るんじゃないぞ! 今回は何とか繋がっていたが、次はないだろうからな!』
「あ、うん。わかりました」
『……折角の命だ。有意義に使えよ』
「はい。ありがとう!」
私は光に包まれると、急速に落下していくような感覚に襲われる。
最後に見た『神様』は苦笑いをしながら私を見下ろしていた。
「……イ……オイ! さくら! 大丈夫かさくら!」
「おぁ……いた、痛い!?」
「無事だよエリィ!」
手加減なく激しく肩を揺らされる感覚で目が覚める。
さっきまで何か夢を見ていた気がしたけれどちょっと思い出せないなぁ。
辺りを見回すとそこはうすぼんやりと光る洞窟の中……そうだ、私達はさっきまで古の幽鬼王と戦ってたんだった。
「と、とりあえず回復を……」
異空の指輪からハイポーションを取り出すとその場にいる全員へと手渡す。
「あ、私は大丈夫。ただ出来たらマジックポーションが欲しいです」
「そっか。はいどうぞ」
「ありがとうございます」
「しかし、流石に肝が冷えたぞ……」
「私もだよ。まさか攻撃が効かないなんてね」
「でもお陰で助かりました。さくらさんが飛び出してくれなければ、私達はあの横穴で今頃死んでいました」
「う~ん……それもよかったのかどうか……結局ふたりには迷惑かけちゃったしね。偉そうなこと言ったのに、ごめんね」
「いや、さくらの判断に間違いはなかったよ。寧ろさくらが先行してくれたおかげで私達が攻撃に回る時間も出来たんだ。あのまま閉じこもっていてはセレナの言う通り死んでいただろうし、一緒に飛び出していたら間違いなく私達の方が先にやられていただろうから……」
私はポーションを飲み干すとため息をつきその場に寝転がる。
エリィやセレナはそう言ってくれるけれど、もっと早く倒すことができていればこんな危険な状態に陥らずに済んだのにと思ってしまう。
この前ミノスさんに褒められたばかりなのに、結局はこうやって窮地に陥ってしまった……。
「あの、さくらさん」
「んー?」
「これ……」
セレナが布に包んで差し出してきたのは柄を失った破魔の短剣だ。
所々ヒビが入り今にも砕けてしまいそう。
「あ……拾ってくれたんだね、ありがとう」
「いえ……でもかなりダメージが残りましたね。それに服も、篭手と靴の方も……」
「え……あ、本当だ……」
私は改めて自分の状態を確認すると今の状況に言葉を失いそうになる。
剛腕の篭手は身を庇う為に前にしていた左手の方は殆ど残っていないし、早駆けの革靴も所々焦げてボロボロになっている。
商人の服は完全に焼けてしまい、今はセレナのローブを掛けてもらっている状態だ。
「エルダーリッチの魔法、カース系統は装備を破壊する効果が付いているんです。ですから破壊耐性のある装備じゃないとこんな風に……」
「そっか……まぁ、しょうがないよね」
そっか、なんて軽く済ませたけれど別に悲しくない訳じゃない。
剛腕の篭手は私のトレードマークになっていたし、早駆けの革靴は移動の時も戦闘の時もお世話になった。
破魔の短剣にも何度も助けられたし、もはやこの3つの装備は私にとってなくてはならないものだった。
だって私は装備品に助けられて生きてきたし、この装備はこの世界にやって来てからずっと一緒にいたんだから壊れてしまうのは凄く悲しいに決まっている。
けれど不思議な事に悲しいと感じれば感じるほど心のどこかで「次がある」みたいな謎の自信が湧いてきて悲しさを紛らわせようとする。
しかもその感情は段々と悲しさを塗りつぶして大きく、濃くなってついには気持ちがわからなくなってしまうんだ。
軽く頭を振ると、とりあえず私は装備を解除して異空の指輪へと仕舞い予備の商人の服と旅人の革靴を装備する。
「ほっ」
「もう立っても大丈夫なんですか?」
「うん。問題ないみたい」
「気をつけろよ――あっ! ほら足元がふらついてるじゃないか!」
「大丈夫大丈夫! 履き慣れない靴だから、ね」
そう告げると私はエルダーリッチが現れた大洞穴の奥へと進んでいく。
それは何となくの行動だった。
「ん? 杖?」
「なんだ? 見たことないな」
「……その杖、凄く嫌な気配がする」
私は足元の杖を拾い上げると手の中でくるくると回す。
「んー……? 何々……《首界の呪杖》?」
「なんだろうな? 先に来てた誰かがエルダーリッチにやられたのか?」
「でも遺体がないわ……それにそれ、普通に人が持っていい物じゃない気がする……」
「なんだろうね?」
どうにもセレナの調子が悪い……というか、この杖を見つけた時からセレナは怯えっぱなしだ。
何となく悪いなと思い許可を貰って異空の中へと収納する。
「ん……なんだろ、今度は本が落ちてるよ」
その本を開くと、そこには日々のなんてことはない生活が綴られていた。
「日記帳だね――ん? なんかここから様子が……」
飛ばし飛ばし確認していると、文字が荒れ始め書き殴ったような文章が目立ち始める。
「今日って何日?」
「えぇと、水の月の20日目だ」
「21日目よ」
「……すまん」
21日目、という事は……20日前からこんな感じになっているのか。
『水の月2日目。ガジェスノーツから来た錬金術師よりとある杖を買い取る。何やら曰くのある物らしく、研究に役に立つのではないかと格安で譲ってくれた。だがこの杖を持つと何やら背筋に冷たいものを感じてしまう。しかし出自がわからないとはいえ、魔力を帯びたこの杖はきっと研究に役立つだろう。興奮で手の震えが止まらない』
『水の月3日目。私の予想が正しければこの杖は《アンデッドを作り出す》という恐ろしい力を宿している。目覚まし代わりに飼っていたラガス鳥の傍に杖を放置していたら、今朝方ラガス鳥がアンデッド化し籠の中で大暴れしていた。何とか処分したが私が感じていた寒気の原因がまさかこんな恐ろしいモノだったなんて。即処分、とも考えたが長年研究してきた《ネクロマンス》の参考になるのではないかと思い厳重に管理することにした』
『水の月4日目。結局いくら文献を漁ってもこの杖に関する情報は見つからなかった。しかしこの杖の能力がわかっただけでも収穫だったと言えるだろう。取りあえずダンジョンに潜り、モンスターで実験をしてみようかと考えている』
『水の月5日目。街からほど近いところにある幽鬼の墓場にて実験を開始する。本当はコボルトやゴブリンが良かったが万が一見られたらと思うと言い訳ができない。仕方がなくこちらを選ぶことにした。それにメリオンからは他のダンジョンは少し遠すぎる。だが相手はアンデッド、果たしてどんな効果があるのか』
『水の月6日目。不味い事になった。アンデッド相手だから問題ないだろうと21階層で実験を続けていたが対象としていたスケルトンが見知らぬネームドモンスターへと変貌してしまった。恐ろしくなり放置して逃げたが処分しておくべきだったかもしれない。しかし私一人ではどうすることも……』
『水の月12日目。幽鬼の墓場で実験をしてから体調が優れない。今日、私が作り出してしまったネームドモンスターが討伐されたという情報が入った。いくつかのレアスキルを用い危うくダンジョン外へと出る所だったとか。誰かはわからないが尻拭いをさせてしまったようだ。被害が出ていないのが救いだろうか』
『水の月18日目。おかしい。この杖はなにかがおかしい。身体に鞭を打ちながらガジェスノーツへと錬金術師を探しに行くが見つからない。私に杖を売った錬金術師はガジェスノーツで店を構えていると言っていたが、そこはただの廃墟だった。どうやら嘘だったようだ。私は一体何を掴まされたのだろうか? 時折寒気で意識を失いかけることも増えてきた。それから異常に魔力が減る。なんだこれは、なぜこんなことに』
『水の月20日め もうからだはいうことをきかない なぜこんなことになってしまったのかとまい日かんがえているがこたえはでない それもこれもこの杖をなにもかんがえずに買ったのがいけなかったのだ わたしはどうなっているのだろうか? トロルもわたしをおそってはこないなぜ』
「これは……」
「幽鬼の墓場、これこの間話題になってたやつだよね?」
「うん……私もそこにいたんだ」
「え!?」
「……じゃあ、あのエルダーリッチが、犯人……?」
「しかも元人間、みたいだね」
「なんてことだ……」
「通りでアイテムドロップもしない訳だよ」
私達3人は言葉を失う。
思いもよらぬところであの事件の首謀者が見つかってしまったからなのだが、それにしても人をアンデッドに変えるなんてそんな恐ろしい装備があるのかと絶句してしまう。
全てはさっき拾ったあの『首界の呪杖』が引き起こした事だったのか。
「この日記、私からマスター・シリウスに渡してもいいかな?」
「あのシリウスか!? 知り合いなのか!?」
「うん」
「じゃあお願いします。私達が持っていても意味の無い物ですから」
私は頷くと異空の中へ日記も収納する。
色々な事が重なってしまったけど、これでパスティ達が探している「犯人」の目星はついたことになる。
ただこの日記の内容を信用するとなると、この人に杖を売った錬金術師が誰なのか? という疑問が出てくる。
まぁでもそれを調べるのは私の仕事じゃない気もする。
それ以上に私にとっての当面の問題は、壊れてしまった装備の方なんだから。
「じゃあ、そろそろ外へ出るか。トロルに会っても面倒だ」
エリィの言葉に頷くと、私達は重い身体を引きずりながらダンジョンの外を目指す。
けれど注意しなければいけない。
今の私は何の役にも立たないレベル1の商人でしかない。
装備を失った事で自信まで失ったのか、あの頃病院のベッドの上で感じていた息苦しさを思い出してしまっていた。
そしてその息苦しさはある事を私の頭の中へと告げてくる。
私は無力なのだ、と。




