彷徨う屍は彷徨う心を求めるのか? 前編
私はアリス=ハルムスト、元冒険者で今はとあるお店で店員をさせてもらっている。
最後のダンジョン攻略で精神的にも身体的にもダメージを負ってしまった私を救ってくれたのは、さくらという珍しい名前の商人の少女だった。
彼女とは『錯乱の洞穴』で出会い、とあるアイテムを巡って大変な迷惑をかけてしまった。
ただ恥ずかしい事に迷惑をかけたのはその時だけではなく、ここで雇ってもらう少し前も逆恨みから彼女へと武器を向けることとなってしまった。
つくづく自分の心の弱さに呆れてしまうけれどそんな私を彼女は笑って許してくれたのだ。
私は不思議に思っていた。
2度も命を狙われてその相手を笑って許すことなど誰ができるだろうか?
少なくとも関わり合いになりたくはないと突き放される事はあっても、こんな近くで金銭や商品の管理を任せるなんて事ができるだろうか?
私は手の中の金貨と銀貨へと視線を落とす。
これが私の一日のお給金、金貨1枚と銀貨5枚。
忙しく一日働いても金貨1枚にも満たない事が多いというのに、このお店は適度な就労でここまでの金額を渡してくれるのは彼女がよく分かっていないのか、私を憐れんでなのか見当もつかない。
「あ、そうだ。アリス、明日はちょっとお願いがあるんだけど」
「はい」
「私ね、明日『幽鬼の墓場』に出張することになったから朝一番に出かけてくるね! そのあとギルドマスターと会う約束してるから夕方には帰ってこられると思うけど……その間はひとりで店番をお願いします」
「わかりました。買取はどうしますか?」
「そうだねぇ~……ん! じゃあこれ。買取金額を書いたファイルを置いていくからこれ見てお願い。あと、これも持っておいて」
「え!? それ……『真贋のネックレス』じゃないですか……そ、れは流石に預かれません……」
「けどポーション系は騙されやすいしさ。鑑定スキルがない以上はやっぱり必須だと思うんだよ。質問しておかしいなって思ったら買取はしなくていいからね!」
「しかし……」
「あなたはもう私のお店の店員さんなんだよ? 気持ち的に重たいかもしれないけれど、私の信頼の証だと思ってさ。別にあげる訳じゃないし!」
「わ、わかりました。ではお預かりします……でも、さくらはいいんですか? なくて困りませんか?」
「大丈夫だよ! 一応秘策もあるし。それよりごめんね、一人にしちゃって」
「いえ、がんばりますので」
「うん! お願いね! じゃあ明日はよろしく!」
「はい、お疲れ様でした」
さくらはひらりひらりと手を振るとドアから外へ出ていく。
あのドアの先は数多くのダンジョンに繋がっているそうだけどその理由はわからない。
ただ接続先を切り替えることでアンパルの冒険者ギルドの庭に繋がっているという事だけは毎日変わらないみたいだ。
「……じゃあ戸締りして休もうかな」
私は扉に魔法錠をかけるとカウンターの後ろにある小さな休憩スペースへと向かう。
この商店の凄い所は、スキルで作られていながらこうして眠る事のできるスペースまで存在していることだと思う。
小さい、と入っても私ぐらいの背格好ならあと3人は眠れるだろうし、壁際には『ポーション作成台』も備えられていて本当に居心地のいい万能な空間だ。
さくらが買ってくれたふかふかの布団を敷き、眠ろうかと横になった時不意に強くドアが叩かれる。
何事かと身を起こし身を守る為に短剣を右手に持ち扉へと近づく。
扉のすぐ横にある小さな鏡には『幽鬼の墓場』と書かれている。
つまり今扉を叩いている訪問者は上級ダンジョン『幽鬼の墓場』から接触しているということらしい。
『くっ――閉まっているか!?』
『どうしますか!? どうしますか!? 階層を超えてきてますよ!?』
階層を超える……? なるほどネームドモンスターに出会ってしまったのか。
極まれにネームドモンスターの中には階層を無視して徘徊するものが存在する。
多くは死霊系、アンデッド系だけどもちろん例外も存在する。
『このまま上の階層に上がるしかないな……だが……』
『いやいやいや! さっき見ましたよね!? 階段にもアンデッドがウジャウジャいたの! おかしいですよここ、こんなの聞いたことないです!』
どうやら緊急事態らしい。
本来ならこの扉はさくらが店を出れば自動的に解除されるけれど、私がここに住み込みで働かせてもらってからは消えることなくダンジョン内に存在し続けている。
時折夜間にこうして扉を叩かれる事があるが、それだけがこの商店の難点ともいえる。
一応外の看板には『閉店中』とは出ているけれど……このまま見殺しにすることはできないし、どうしたらいいのだろうか。
『……まずいな! アン! 後ろへ下がれ!! 一か八か突破するぞ!!』
『ひぃいい嫌です!! 絶対噛まれますよ!! 痛いじゃないですか!!』
暫く外の声に耳を傾けていると状況が変わったらしくその会話はどんどんと切羽詰まったものになっていく。
流石にもうこれ以上は放置できないな、と扉へ手を掛ける。
「入って!!」
「うをっ!?」
「いい、から早く!!」
「あぁダメです! 向こうから来てますよ!?」
「くっ――古の聖霊よ! 眼前に迫りくる悪しき屍を打ち払え! 光の墓標!!」
光魔法特有の甲高い魔術音を響かせながら光の十字架が迫りくるアンデッドモンスターに突き刺さり一気に10体程を消し飛ばす。
しかしその後ろからまるで津波のように押し寄せる集団を殲滅することはできず、精々怯ませただけで終わってしまった。
『ォオオオオオォォ……!』
「凄いな……あの数のアンデッドを」
「は、早く入って!!」
「お邪魔しマァースッ!!」
ふたりが転がり込んできた直後扉を思い切り閉めると間一髪という所で施錠が間に合う。
扉に激しく何かがぶつかる音が響くが、この扉は簡単に突破できるようなものではないとさくらから教わっているので安心だと思う。
「ふいぃーっ、た、助かりましたぁ……」
「あぁ、すまない。まさかこんなところに人が……いや、店があるとはな。オレはゴレス、こっちはアンだ。助けてもらい感謝する」
「あ、わ、私は……アリス、です……」
「アリス――もしかすると、あの魔法の威力とその名……もしや『暁の腕』のアリス=ハルムストか?」
「え、あの少数精鋭のノーマルギルド『暁の腕』のアリスさん!?」
「……ひ、人違い、です」
「む……そうか、申し訳ない、少し興奮しているようだ。なんにせよ命を助けてもらい感謝する」
「そうですよ! 命あっての物種です! ありがとうございますアリスさん! ……それで、あの、ここは?」
アン、という僧侶の少女は店の中をきょろきょろと見回すと不思議そうに商品の陳列された棚を眺めている。
「こ、ここはある人の商店、お店です。今日はもう閉店で……私はここで従業員をしています」
「なるほどぉ、ダンジョンの中でお店をされてるんですね!」
「ダンジョンで商店……なんだ、物凄く既視感があるのだが……なぁ」
「うーん、言われてみれば……」
「そ、それで、今あのダンジョンは一体どういった状況なの?」
「あぁ、それなんだが……。今日の昼過ぎにオレたちふたりは大型パーティの募集を見かけて15人でこのダンジョンに潜ったんだが、15階層辺りで突然モンスターの数が増え始めた。最初は《繁殖期》かと思ったのだがよく考えればここはアンデッド系のダンジョンだ。勘違いだろうという事になった。だが、やはりすぐに引き返しておけばよかったんだ」
「21階層、休憩所を抜けた先である一体のネームドモンスターに出会ったんです。最初は全員で交代しながら相手をしていたんですが、相手の耐久性、攻撃力、何よりその異質なスキルを目の当たりにして私達では勝てないと悟りました。すぐにパーティリーダーが後退の指示を出し20階層の休息所へと逃げ込んだんですが……まさか休息所へ入ってくるなんて……」
「きゅ、休息所へ!?」
「ああ。全員完全に気を抜いていたんだ。『休息所なら安全だ』という思い込みがあった。その隙をつかれてしまった」
「私達はそのまま19階層へ逃げ、他のメンバーは21階層へと逃れたようです。それから何とかこの10階層まで駆け上がってきましたが、9階への階段にアンデッドが群がっていて上がれず……下からは私達を追ってかアンデッド達が上がってきてしまって……八方ふさがりの所にこの扉を見つけました」
「え、ネームド以外が階層を上がってきた……?」
「そうだ」
ありえない。
ダンジョンの階層というのは物理的に繋がっているように見えて実際は断層のずれの様なものが存在していると言われている。
階層を超えられるのはどういう訳か冒険者としてダンジョンへと入った者達と一部のネームドモンスターのみ。
今の話を聞くと通常のモンスターまでもが階層を無視してパレードしている、それはもしかするとダンジョン外への逆流を意味するのではないだろうか?
「そういえば……うちの店主が明日、『幽鬼の墓場』へ呼び出されていると言っていました」
「この店の店主が?」
「商人さんなのに戦えるんですか?」
「ご存じありませんか? うちの店主はサクラと申します」
「――成程、呼ばれる理由がわかったぞ」
「わ、私も」
ふたりは顔を見合わせると気が抜けた様に笑う。
どうやら店主とは顔見知りのようだ。
「その理由がもしかするとそのネームドモンスターにあったのかもしれません」
「そうだな。彼女ならばアンデッドには効果的な対策が打てるだろう」
「うん、私達よりもよほど向いてますよ!」
「そんなに……。あの、実は私はまだここに来て日が浅い。彼女がいったいどうやってアンデッドモンスターと戦うのか教えてもらえないでしょうか?」
「うーん……でもこれは個人の事ですから……手の内を明かす――って訳じゃないですけど」
「そうだな。いくら店員でもそれはオレ達が喋っていい事ではないだろう。ただあまり隠す気はないようだから訊いてみてはどうだろう? 恐らく簡単に答えてくれるはずだ」
「そう、ですね。すみません、元冒険者なので気になってしまって」
「……そうか。いや、しかし明日か。少し怪しいな」
「ええ、時間がありませんね。……なんでしたらアンパルでよければ送り届けることができますよ?」
「アンパルへ? ど、どうやってですか?」
「店主はいつもアンパルの宿屋へ帰りますから。そこの扉はアンパルへ常時繋がっています」
「一体、なんなんだこの店は……しかしあの勢いでアンデッドが階層を上がり続ければそう時間を置かず外へ溢れるかもしれない。それはなんとしても止めなければならないからな。アンパルへ行けばその手立ても……」
「けどアンパルからじゃ『幽鬼の墓場』のあるメリオンまで早駆け馬でも1日はかかりますよ。どうやっても間に合わ―――あぁ、なるほど。もしかしたら間に合うかもしれない人がいますね!」
「そうだ。頼ってしまって悪いが行ってもらうしかないだろう」
「じゃあまずはアンパルへ、ですね!」
「ああ、行かせてもらおう」
「では扉を繋げますね。私はまた誰か来るかもしれませんのでここで待機していると伝えてください。店主はアンパルの『小麦粉亭』にいます」
「何から何まですまない。今度礼をさせてくれ。……しかし、会うのも久々だな」
「ですね! またパーティが組みたいですね!」
ふたりはアンパルへとつながる扉を潜ると手を振って走り出す。
さくらも以前はあのふたりとパーティを組んでいたのだろうか?
裏庭の扉を開けて走り去る彼らを見送ると、私は仲間達と何度もあのダンジョンへと潜ったことを思い出していた。
「仲間、か」
扉を閉めると背中を預け座り込む。
先程の危機的状況の中、魔法を使った時の事を思い出すとぶるりと身が震える。
私はまだ未練があるのだろうか? またあんな苦しい思いをしてでもダンジョンへ潜りたいのだろうか? それとも二度と魔法も使いたくないほど恐怖しているのだろうか?
葛藤が渦を巻くように頭の中でうねるのを感じる。
私は頭を軽く振ると膝へとうずめ静かに息を吐く。
ただその吐息の音だけが誰もいない店の中へと響いていた。
多くのブックマーク、評価、誤字報告ありがとうございます!
お陰様で第二章も数話を超えて投稿することができています。
ひとえに読んでくださる皆さまのおかげであります。
拙い文章ですが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします!




