温いお湯と温い感情論
公衆浴場は今日も混んでいる。
アンパルにはここしか浴場がなく朝晩問わず人が大勢訪れるある意味では一番の人気スポットかもしれない。
「ほら、しっかりと髪洗って」
「あ、あの」
「あ、そっか。身体あんまり動かないんだっけ。洗ったげる」
「……ごめんなさい」
「もういいよ。よいしょっと……色々と知っていくと仕方がないって気もしてくるんだよね。なんか上から目線になっちゃうけど、ダンジョンって恩恵もあるけど何より少し怖いよね。簡単なダンジョンでも何かを間違うと死んじゃうし。だからあの時アリス達がああいうことしたのも、今日ああなったのもちょっとだけ気持ちがわかるから」
「でも、許される、事じゃない」
「……そうだね。だけど罰は受けたよ。他の人は死刑にするべきだって言うかもしれないけど、この先ずっと人に世話してもらって、身体の自由も利かなくて、意識もあるのかないのかわからないって凄く辛いよ。私も……そういう人たちを見てきたからね」
「ふ……うぅ」
「ごめんね。責めるつもりも泣かすつもりもなかったんだけど」
「いえ……ムシが良すぎるのは、わかってる……私には泣く権利も怒る権利もないのに」
「そんなことないよ。誰にだって泣く権利はあるし、生きる権利もあるんだよ。選択肢がないわけじゃないんだから……ほら流すよー」
「あ、ありがわぷっ」
「……アリスはこれからどうするの?」
「まだ、わからない。けどこ、このままじゃいけないとは思う。貴女に貰った命だし、どうするか考えていかなきゃいけないと思ってる」
「そっか……じゃあ、しばらくうちのお店で店員しなよ」
「え?」
「お財布の中見たけど路銀もないでしょ? もし村に帰るなら途中で野宿ってわけにもいかないしさ。パーティメンバーにお土産買っていってあげなよ」
「けど! さ、流石にそこまで、してもらう訳には!」
「気にしないで。ただの偽善だから」
「う……」
「でもちょっとでも力になれれば嬉しい」
「本当に……ありがとう」
「さ! お風呂入ろうよ! 身体冷えちゃう」
「うん」
アリスの赤い髪を束ねるとその手を引いて浴槽へと向かう。
彼女の身体は必要以上に痩せ細っていたけれど何よりも気になったのはその傷の多さだった。
お湯で温められたその身体には無数の小さな傷がうっすらと跡を残しているのが近くで見るとよく分かる。
16歳で冒険者としてデビューしてここまで来るのにこの細い身体は何度も何度も傷を負い、その度に立ち回りを学び、装備を整え最適な状況で戦えるように努力してきたのだろう。
けれどそんな堅実な冒険者でも『神話級』というネームバリューには心を惑わされ、道を踏み外してしまう事もあるんだなぁとぼんやりと考えてしまう。
そしてその代償は文字通り冒険者としての『命』だったわけで。
私は自分の身体をさする。
病院に居た頃は枯れ枝かと姉に馬鹿にされるくらい細かった腕は薄っすらとだけど肉の厚みを感じるし、あばらの浮いていた脇腹は柔らかな脂肪に包まれ傷のひとつもない。
つくづくスキルと装備に助けられているなとありがたく感じる反面、果たして私はこの身体を授からなければ生き残れただろうかと考える。
「生かされてるんだよなぁ……私」
少し肌にまとわりつく温めの湯船につかりぼーっと天井を眺めながら呟くけれど、その声は周りの喧騒にかき消され誰の耳にも届くことはなかっただろう。




