襲撃者 前編
「そ、それで、そのお店にはどこから行けるの?」
「ん? ああ、たまにダンジョンの中に木製の扉が現れてさ、横の看板に『さくら商店』って書かれているからすぐわかるよ。なんか初級ダンジョンにはよく扉が出るみたいだな」
「あ、そ、そう……ありがと、う」
「なんだ? 今の女知り合いか?」
「いや、なんか噂の店はどこから行けるのかって」
「ああ、あそこか。まぁ品揃え良いもんな。それにミックスジュースも美味いし」
「そうなんだけど……なんかそんな感じには見えなかったなぁ――――あっ」
「ん?」
「あれだ……ちょっと前に『錯乱の洞穴』へ入って全滅したパーティいただろ?」
「全滅っていうか……ありゃ廃人になったって方が正しいだろ」
「そこの魔法使いだよさっきの」
「え、まじか? 全員冒険者引退して里に帰ったって話じゃなかったのか?」
「いや間違いない。昔あいつらがまだ駆け出しだった時にパーティ組んだことがあるんだが、あの顔はその時の女魔法使いだった。レベルの割にべらぼうに強い火属性魔法を使ってたからなんとなく覚えてたんだよ」
「ほーん……んでその魔法使いがひとりだけで復帰してどうしたんだろうな? ていうかあの店になんか用なのかね」
「まぁ色々取り扱ってるからなぁ。もしかしたら他の仲間の為になんか買いに来たのかもなぁ……まぁ、そういう雰囲気でもなかったけど……」
「どういう雰囲気だよ」
「それがわからないんだよな。なんか、すげぇ嫌な雰囲気っていうかなんて言うか。まぁあのダンジョンに入ったならおかしくなってても不思議じゃないけどな」
「そんなもんかねぇ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私達は同じ村で育った仲の良い5人組だった。
その村には娯楽らしい娯楽はなくて子供たちはもっぱら冒険者の真似事をして遊んでいた。
ある日、村の近くに新しいダンジョンが発見されそのダンジョンを探索しに来たとある冒険者が私達にいろんな話を聞かせてくれた。
幼馴染の騎士と魔法使いの3人で攻略した50階層にも及ぶ巨大ダンジョンの話、トラップで分断され命からがら脱出し冒険者を引退すると話した翌日にはもう一度同じダンジョンに潜っていた話、そして騎士と魔法使いは王国に召し抱えられ自分は調査官として世界を回っているという話。
その話はどれも娯楽に飢えていた私たち子どもだけでなく、村の大人までもが興味津々に聞き入るほどの素晴らしい体験談だった。
そして5人組は自然と冒険者に憧れ、ついにその夢を叶えることになる。
私達は16の時に冒険者となりダンジョンへと挑んだ。
幸いバランスの取れたパーティで幼い頃から一緒だったという事もあり、ぐんぐんとレベルを上げそれに見合った装備を手に入れさらに次のダンジョンを目指した。
そして5年後には上級ダンジョンに挑戦できるほどの実力を身に着け、初めての上級ダンジョンでとあるアーティファクトを手に入れた。
《一度きりの財宝》と呼ばれるそれは私達にあるアイテムの場所を指し示して消えた。
それが『錯乱の洞穴』に存在する神話級アイテム《異空の指輪》だった。
私達は1年かけて対策を練り《精神異常耐性》を得るため多くのアイテムを買い漁り多くの私財を投げうっていたが『神話級』という冒険者の目指す最高位の言葉が熱病にうかされたように全員を突き動かす。
そしてあの日、私達は足を踏み入れるだけで眩暈と寒気を引き起こすあのダンジョンへと潜る事となったのだ。
最初はモンスターも出ないし楽なものだと楽観視していたが、階層式ダンジョンよりも広いフロア式ダンジョンに精神異常のギミックが災いし、錯乱する仲間を抑えながらただひたすらに《異空の指輪》の安置された部屋を目指して進む。
とてもじゃないけれど脇道の探索などできなかった。それでも神話級アイテムが一つでも手に入れば冒険者としての生活は一瞬で変わるというあの冒険者の言葉を胸に私達は何度も精神異常耐性を得るポーションをがぶ飲みし時に傷つけあいながらもなんとか目的の場所へと辿り着いた。
しかし、扉を開けた先には既にひとりの少女が《異空の指輪》を手に佇んでいた。
私はそれまでの苦労が水の泡と消えた事に絶望し倒れそうになる身体を杖で必死に支えていたが、リーダーを務めていたアーネストがその少女ににじり寄り剣を抜いたのを見て何かが壊れるのを感じた。
だが、恐ろしい事にその少女には剣も私の魔法も通じなかった。
幾多のモンスターを葬ってきたレアスキル《斬撃貫通》を持つアーネストの剣は指先ひとつで止められ、《魔法防御貫通》のレアスキルを持つ私の魔法は何のダメージも与えられなかった。
私達はその場から逃げ出し気が付いた時にはダンジョンの近くの村で糞尿と嘔吐物にまみれ、廃人となった仲間を抱きしめて座り呆けているところを保護され里へと帰る事になった。
結局パーティは解散、私以外のメンバーは精神に異常をきたし介護を必要とする生活を送っている。
「さくら商店? あぁ、だったら今日は『ゴブリンの巣』の2階に扉が出てるのを見かけたよ。多分一日中あると思うから行ってみたらいいさ」
私は頭を下げると足早にダンジョンへと向かう為の馬車に乗る。
一度は冒険者を引退した私がもう一度ダンジョンへ向かう理由、それは最近噂になっているとある『商店』を訪ねるためだ。
ダンジョンの中で商売をしている変わった女商人がいるという話を聞いた時はそんな命知らずなバカもいるんだなと鼻で笑ったが、その商人の特徴を聞いた瞬間、私の枯れ果てた心に一気に熱い血潮が巡るのを感じた。
『その女商人が珍しい指輪を持ってたんだよ! なんでもアイテムを保存するための物だって言ってたんだが、ありゃ間違いなく神話級アイテムだねぇ』
男の商人は何がそんなに嬉しいのか楽しそうに教えてくれた。
その話を聞いた私がどんな想いで頷いているのかまるで気が付かないように。
そして私は、今この木製の扉の前に立っている。
ダークウッドで作られた頑丈そうな扉は無骨だがお洒落で品があるように感じる。
取っ手に触れると魔力がぐにゃりと歪んだ様な不思議な感覚に首を傾げ、視線を上げると扉の上の方には小さな木の板がぶら下がり『さくら商店 営業中』と書かれているのが見える。
「ど、どういう、原理なのか……わからないけど、ま、魔力で繋がっているのね」
私は激しく鼓動する心臓に手を当て深呼吸をすると、ゆっくりと扉を開きながら店内へと入っていく。
「いらっしゃーい」
ダンジョンよりも幾分か明るい店内に目を細め声の方へと視線を向けると、そこには見覚えのある銀髪の少女がポーション瓶を片手に私を出迎える。
その姿を確認した瞬間、私の身体は反射的に走り出し左の懐に仕舞った魔術短剣を抜き放つとカウンター越しに振り下ろした。
「――っあっ、ぶないなぁ!」
「くぅ!」
間一髪という所で篭手をはめた少女の腕に短剣は止められてしまう。
もう一度距離を取ろうと身を捩るが、それを察してかがしりと掴まれた右腕はまるでその場に縫い付けられた様にビクともしない。
「あのさぁ……確かにダンジョンの中ならバレないかもしれないけどね? いきなり人に向かって剣を振り下ろしたりしたらダメじゃん!」
「う、うる、さい! 人間の、ふりなんかして!」
「人間のふりぃ? 私は元々人間だけど――ん? アレ? あなたどこかで見たことある人だ?」
「お前、のせいで!」
「あ、そうだ。錯乱の洞穴で魔法ぶっぱなしてくれた人」
「はな、せ!」
「離すわけないじゃん! 刺されたら困るし……取りあえず落ち着いてよ」
「うるさい!」
「んー……仕方がないか。ごめんね? とりあえず先に謝っておくね?」
ごん、という衝撃を顎に感じた瞬間世界がぐるりと回る。
あれ? なんかフワフワす――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅっ! もう、なんなんだよこの人は!」
私は膝から崩れ落ち横たわる女性をカウンター越しに見下ろしながらため息をつく。
その女性は私がこの世界に来た時に、一番初めに出会ったこの世界の住人のうちのひとりだ。
《異空の指輪》を手に入れた時にそれを目当てに襲い掛かってきたパーティの中で、2番目に私に攻撃してきた人。
目の下の隈とこけた頬で一瞬誰かわからなかったけど、よくよく見るとその顔に見覚えがあった。
「いやぁしかし、咄嗟に刃物を向けられると簡単に怪我しないと分かってても怖いね……うっ、今になって心臓がバクバクしてきたよ」
私は魔法使いの女性を抱えると店の隅にある椅子に座らせ後ろ手に縛る。
「念のため足にも縄を……うぅん、なんか悪いことしてる気分だけど……」
縛り終えると取りあえず危なそうなものを取り上げる。
とはいってもさっきの短剣とお金が少し入った革の袋を持っているだけで他には何もない。
お金もあまり持っていなかったのか、その身体も服も汚れ少し臭いを放っている。
「こんなになってまで私に何の用なんだろう……いや、わかるんだけどね。……どうしよう、一応パスティさんを呼んできて対処してもらおうかなぁ」
「ごめんください」
「おお!?」
急に開いた扉に驚き後ずさると不思議そうな顔をしたパスティが首を傾げながら中へと入ってくる。
「何をそんなに驚い――て? え?」
「いや、これは」
「つ、ついに人間まで商品に!? それはダメ、いけません!」
「ちょ、違いますよ! 襲われたんです!」
「え、襲われた?」
「ええと、実は――」
私が説明を終えるとパスティはポンと手を打ち頷く。
「あ、そういえば少し前に冒険者登録を抹消したパーティがありましたね。確か全員が錯乱の洞穴で精神に異常をきたしたとかで……確か、魔法使いの女性の名前は……アリス、アリス=ハルムストさん」
「アリス、成程、いきなり短剣で襲い掛かってきそうな名前だ」
「え?」
「いえ、こちらの話」
「でもどうして彼女がここに……やはりさくらさんへの強い恨みがあるのかしら」
「いやぁどう考えても逆恨みでしょそれ」
「そうですね」
「さて困ったなぁ」
「取りあえず意識が戻るのを待ちませんか? 話を聞いてみないと何とも……」
「そう、ですね。それまでいてくださいよ?」
「ええ、構いません。あ、その前に……っと。これ、ギルドで委託販売している地図の代金です」
「ああ、どうもどうも!」
私とパスティは襲撃者のことなど忘れたかのようにカウンターでのんびりとお茶を啜りながら話をする。
呑気に見えるかもしれないけど、これでも十分に焦っているんだけどね。
さて、彼女が目を覚ましたらどんな話をするべきなのかな?
そんなことをぼんやりと考えながら、パスティの持参したクッキーに手を伸ばすのだった。




