ダンジョンのアイテム屋さん
最近妙な噂をよく聞く。
ダンジョンを歩いていると唐突に壁に扉が現れるというなんとも空想じみた笑い話だが、なんとそんな話が至る所で聞こえてくるのだ。
冗談だ、何かの間違いだと幾人もが鼻で笑い、酒の席では度胸試し感覚で中へ入ろうという者まで出てくる始末だが、実際に入った者はいないのかその後の話を聞かない。
「もしかして中に入った奴は皆死んでるかもな!」
なんて話も出てくるくらいだ。
そんな事が数日続き、ついには調査官である私の元へ話が降りてきたのだ。
「これか……」
ここはダンジョンの中でも比較的街に近い初級ダンジョン『コボルトの巣』の3階層。
ゆっくりと階層を探索していると不意に石と土交じりの壁の一部が洒落たダークウッド製の扉へと姿を変えている。
私は腰の片手剣へと手を伸ばすとゆっくりと扉を開く。
カラリン、と金属が打ち鳴らされる音がする。トラップかと咄嗟に剣を抜き構えると扉の間から中を窺うが魔法や矢が飛んでくるような気配はない。
それどころか仄かな薬草のいい香りが漂い、中は明るく棚の様なものにポーションが飾られているのが見える。
意を決し扉を半分ほど開けると身を滑り込ませる。
「いらっしゃーい」
唐突に声を掛けられた私は驚き剣を声の方へと向けるとそこにはダークウッドで作られたカウンターの奥に銀の髪を肩口で切り揃えた少女がうっすらと笑って座っている。
「おや、いつぞやの調査官殿じゃないですかぁ。ようこそさくら商店へ」
「む? んん? 君はミリアナと一緒に居た……さくら商店?」
彼女はニコニコと笑うとこくりと頷いた。
「ではダンジョンで店を、商店を構えているのか?」
「はい。元々ダンジョンの中でアイテムを売り歩いてたんですけどね? ある日便利なスキルを覚えちゃいまして、お陰でこうしてお店を出すことができたんですよ」
「成程、しかし巷では『トラップの類』だと噂されているようだ」
「……あぁ、そっか。看板だしてないや。どぉりで人が来ないと思ったぁ!」
銀髪の少女、サクラは頭を抱えるとカウンターに突っ伏した。
私は椅子に座り改めて店の中を見回すと、その造りに感心してしまう。
全体的に木を使った内装で、カウンターに向かって右にはガラスの扉が付いた大きな棚が2つ並んでいる。
棚にはポーションが何本も並べられ種類によって分けられているが、その前にはポーションの名前と値札が貼られ一目で何なのかがわかるようになっている。
ざっと見ただけでもノーマルポーションが3種類にレアポーションが1種類、各種状態異常回復ポーションが置かれている。
そしてカウンターの左には平台と背の高い木製の籠、そして鎧台が設置されパッと見ただけで短剣、片手剣、両手剣に槍、盾に全身鎧が所狭しと並べられている。
「では私の方でレアスキルを使用した商店だった、と報告しておこう。数日中に看板をよろしく頼む」
「わかりました、今日中に出しときます」
「ところで、この扉はこのダンジョンにしかないのかな?」
「いえ、ランダムですけど数か所に設置してますよ?」
「ではダンジョン同士を気軽に行き来できるという事なのか!?」
「ああ、そういう人もいますね。先日もパーティーが壊滅したとかで逃げ込んできた人を初級ダンジョンへ送り出しましたよ」
「なんと……いやしかし人命も考えれば……だが問題でもある……」
「んー、やっぱりそうですよねぇ。私もそう思ったんですけど流石に死にかけてる人達にもう一回戻れ! とは言えなくて。ダンジョンへの手続きもあるし下手したら『死亡扱い』にもなりますよね」
「そう、だな。いや、そこは何とかしよう。代わりにこの扉を通って他のダンジョンへ向かった冒険者の冒険者カードを控えてくれないか? 台帳と照らし合わせて後で処理するようにしよう。ただし緊急時のみ……という事にしてもらえると助かる」
「わかりました。まぁ私も気軽に他の場所へ繋ぐ訳にもいかないですし」
「しかし助かるよ。若い冒険者なんかは無理をしがちでね。命は一度しかない事を軽く考えている者さえいる。ダンジョンが身近になった結果、危機感までもが失われてしまったのは頭の痛い話だ」
「私も一度強制的にボスと戦わされたことがあるんでそれからは結構気を使ってますね」
「例のアンデッドスパイダーか! 君もあの場に居たのか」
「はいたまたまパーティーを組んだ人たちと巻き込まれて……まぁあの時は何とかなりましたけど、同じように無事で済む保証はないから」
「そうだな。君は商人としても優秀だが冒険者としても優秀なようだ」
「いえ、全然ですよ。スキルと装備のおかげで生きてるようなものだし」
「そうだとしても、心構えだよ」
「心構え?」
「そう。ダンジョンは生き物だ。危機感を持つことはまず第一前提、そしてそれを心に留めていられるかどうかで適性が変わる。そういう意味では君は十分に優秀だよ」
「へへ……」
少女は照れくさそうに笑うとカウンターの下へと姿を消す。
何事かと身を乗り出すと、何やらガラス瓶を持ち出し私へと差し出してくる。
「どうぞ、私が作ったジュースですよ。冷えてて美味しいですよ」
「ああ、すまない。ありがとう」
私はガラス瓶を受け取るとその冷たさに一瞬取り落としそうになる。
「おお!? 驚いたな、なんという冷たさだ!」
「ここの人達ってあんまり冷たい物を飲みませんよね?」
「まぁ、そうだな。山の近くに行けば冷えた飲み物というのは珍しくはないが、街まで来ると中々お目にかかる事はない。冷気を放つ箱、というのはアーティファクトとして存在するが」
「成程、いわれてみれば冷やす方法が少ないですもんね」
「ああ」
「さぁどうぞ、飲んでみて」
「では――――お、おぉ! なんだこのすっきりした味わいは! 甘味はほんのりとあるがそれよりも果実の瑞々しさがまるで喉へと流れてくるかのようだ!」
「ミックスジュースって言うんですよ。甘みを抑えて作ったんで飲みやすいでしょう?」
「ミックスジュース……ううむ、美味い。これはぬるくなっても美味そうだが冷やすことで更に美味くなる物のようだ」
「ぬるいと甘みが強くなるらしいですよ。私は冷えた飲み物が好きなんで! しかし、ひとつだけ尋ねてもいいですか?」
「ん? あぁ、どうぞ」
「……あの、どうやって兜被ったまま飲んだの?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――と、いう訳ですマスター・シリウス」
「ご苦労じゃったなミノスよ。しかしあやつめ、店を開くと姿を消したと思ったらまさかダンジョンの中で店を構えていたとはのう」
「お知り合いでしたか?」
「あぁ、冒険者になりたての頃からよく知っておる。……ガネッサの件、知っているな?」
「なんでもアストラル体がオークションに出品されたとか――まさか?」
「そうだ、それがあやつよ。アイテムに愛されている不思議な存在じゃ」
「素晴らしい……! 彼女であればもしかすると……」
「そう願いたいものじゃな。まぁその前にあやつには店の場所を届け出るように説教しておかなくてはな」
「あ、それなら彼女が作る冷たい飲み物を一度飲ませてもらってください」
「なんじゃそれは?」
「ミックスジュース、と言っていましたね」
「ほう? というかミノスお主、飲んだのか? そのまま?」
「ええ。迂闊でした」
「ははははは! 調査官のお主が気を抜くとは、な、ふふ……ははは!」
「お恥ずかしい限りです」
その夜、シリウスの自宅からは楽しそうに笑う二人の笑い声が響いていたとかなんとか。




