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蚊帳の外の商人の祝福と呪い

 『竜』という存在は何処の世界にも必ずと言っていいほど伝承や記録が残っている。空想やファンタジー世界のドラゴンは一種のステータス的な物なのだろう。

 莫大な富を持ち、人間には到達しえない魔術や魔法を操り、強靭な肉体と高い知能を持って時には支配者のように振舞い、時には暴君として君臨する。

 多くの人々が憧れと同時に畏怖を抱き、多くの生き物達がその爪や牙から逃れようと逃げ惑う姿はまさに『支配者』と言える存在ではないだろうか?


『なるほど、ここは異空の指輪なるアイテムの中という訳か』


 美しい星々が煌めく空間に揺蕩う巨体がその身体をぐるりと動かすと、本来あるべき頭部から血液がどろりと宙へ流れ出る。

 その血液は一定の距離まで流れ出ると突然その形を変え失った竜の頭へと変化し何事もなかったかのように生物としての形を取り戻す。


『ふぅ。身体など飾りだとは言ってもこうも簡単に破壊されたのではな。……この薄い膜の様な空間の向こうに竜の眼の気配を感じるな。そしてどこからかあの時の盗人の気配……これは、何重にも膜が重なり合い無限ともいえる内包を実現しているのか? まさに神話の中にうたわれしアイテムだな』


 竜は右手で3回ほど円を描くと空中に光の輪を作り出す。

 その中へと手を差し入れると不思議そうに首を傾げた。


『……ダメだな。所有者しか空間の壁を認識できないようだ。この異空の指輪はあの娘の所有物でその中に盗人をかくまっているという事か。骨が折れる』


 竜はしばし考えるように腕を組むと、何かを思いついたのかまた空中へと光の輪を作りその輪の中へ顔を近づける。


『すーーーー……聞こえるか娘ぇ!! 私をここから出せ!! さもなくば指輪の中からお前を焼き殺すぞ!!』

「なん!? ええ!?」

『聞こえたようだな。すぐに外に出せ』


 竜は満足そうに頷くと身体の周りの空間が光に満たされる。

 さて何から話すべきか、竜は目を細めると忌々し気に光の集中する空を睨む。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「取りあえず出しましたけど……」

『やってくれたな娘。油断したとはいえ一撃で頭を消し飛ばすとはな』

「えー……だって攻撃してきたのはそっちだし」

『その通りだ。それについて事情を話す。その前に指輪の中の男を出せ』

「え? どうして中に人がいるって?」

『早くしろ』

「……殺したりしません?」

『その男の返答次第だ』

「うーん……ちょっと待ってくださいね」


 ドラゴン怖すぎ。

 指輪の中から急に叫んできたと思ったらこの高圧的な態度。

 どう考えても『竜の眼(アイオブザドラゴン)』を盗まれたことを根に持ってるし、取り返す気満々にしか見えない。


「ええと、ルドルフさん……このドラゴンがこういってまして」

「そうですか……致し方ありませんね……」

『……』


 逃げ出したい。

 なんだこの空間。

 街道から外れた森の中でドラゴンと向き合う人間が二人、どう考えてもこれから焼き殺されるか食い殺されるとしか思えないでしょう。


『さて、盗人……いやルドルフと言ったか。貴様「竜の眼」を盗み出した理由はなんだ?』

「……ある方の為」

『駄目だ。はっきりと答えてもらう。どうせその娘にも詳しい話はしていないのだろうな』

「例えここで殺されても言えません」

「ルドルフさん!?」

『ほう? ならば代わりに答えてやろう。貴様、この国の転覆を狙っているな?』

「……え?」

「……」

『その資金を集める中で私の住処を偶然見つけそこから「竜の眼」を盗み出した。違うか?』

「ふぅ……これは、隠しきれませんね。それが本来の『竜の眼』の能力ですか」

「本来の?」

「はい。私が見つけた『竜の眼』は言わばイミテーション、『偽・竜の眼(フェイクドラゴンアイ)』と言ったところでしょうか」

『その通りだ。偽物と言うとまた違うがあれは私の魔力を集め形にしたものだ。そしてそれを守りの要として置いていたが、まさかこうも容易く盗み出されるとはな。貴様ただの執事ではないな』

「今はただの執事でございます。そして目的は仰るように国家の転覆……というよりも『跡目争いに勝ち残る事』ですな。……私のお仕えするアスタルス様はシュバリオン王国の第四皇子とされていますが実際は違います。本来ならばこの国をお治めになるのは本来の王家の血を継ぐアスタルス様おひとり、現在の王アレクス様は前王オウギュスト様の義弟にあたります。そしてアスタルス様はオウギュスト様のたった一人のご子息。こういえば理由はお判りでしょう」

『成程な。王に反逆するだけの力がいる、その為の資金稼ぎか』

「その通り。とはいっても、恐らくその必要はなくなるでしょう」

「どういう……」

「現王アレクス様は病を患っております。そしてその病は治すことのできない不治の病、その後釜を狙うのは3人の王子。私達の目的はその3人の王子を排除しアスタルス様を玉座へとお導きする事です」

『……なるほど、キリンダニア……か』

「どういわれても構いません。が、そうしなければこの国は滅びます。3王子は他国と通じ、古の円環を運び出す事を計画しています。もし古の円環がその力を掌握しようとする者の手に渡ればこの世界は滅ぶ、それはあなたもお判りでしょう?」

『アスタルスとやらがキリンダニアならば古の円環を正しく導くだろう。この眼にはその言葉に偽りは見えなかった。ならば竜の眼はお前に託そう』

「ありがたく」

『そしてそこの娘』

「はい?」

『この話は忘れよ。一介の商人には立ち入れぬ話だ』

「……はぁ~……あのですね、一言よろしいでしょうか?」

『なんだ?』

「――――わっけわからない事ごっちゃごっちゃ言って勝手に納得してんじゃないですよっ!! こっちは蚊帳の外で最初から意味わかんないよ!!」

『ぬぅ?』

「ぬぅ? じゃないよ!! そもそも黙っててほしいならそれ相応の報酬や配慮があってしかるべきでしょ!? なにしれっと下手したら違う意味で歴史に名前載せちゃう事の片棒担がせようとしてんだあんたたちは!! 大事な所を端折るんじゃねーですよ!!説明責任を果たしなさいよ!!」

「いやはや、面目ございません」

「はぁ……一大事ですよまったく。知らなかったとはいえいきなり巻き込まれても困ります!」

「その通りでございます。ただ情報の拡散を防ぐにはこれしかありませんでした。ご容赦を……」

「まぁ、そうでしょうね! キレた後に私も気づきましたよそれくらい。納得は出来ないけどね!」

『なるほどなるほど。報酬があればよいのだな? 確かにお前には一度無言で襲い掛かっているし事情を話すとも言ったな。ならばせめてもの罪滅ぼしに私の眼をお前にやろう』

「はい? 眼ですか?」

「ま、まさか! 人の身に『竜の眼』を!? それではさくら様の身体が持ちません!」

「ちょっおいやめろ何しれっと殺そうとしてるんだ! 油断ならない奴らだぜ……!」

『案ずるな。この娘、何やら複雑な出自のようだ。「祝福」と「呪い」を同時に受けているな? どちらも身を守るためのスキルとなっているようだが……それ以外の魂の容量は(から)だ。竜の魔眼でも難なく使いこなすだろうキャパシティがある』

「なんと! (から)、ですか? さくら様貴方は一体……」

『それはお前の関係することろではない。この娘が私達の話に関係してこないように、お前もこの娘の事情に立ち入るべきではない』

「……その通りですね。失礼しました」

「ええと、またよく意味が分からないんですけど……つまりその目があれば何ができるんです?」

『そうだな、私の眼は「全ての事象を読む」と言えばいいだろうな。私がその男を追尾してお前の前に現れたのも、その男がひた隠しにした事実を看破したのも全てこの眼の力だ。万能ではないがな。そして人の身に宿せばその能力は間違いなく劣化する。精々「真贋判定」と「異空探査」の能力が手に入る程度だろう。魔眼ゆえに身体から繰り出せば能力を失う、そう考えると破格の性能ではないか?』


 確かに、「真贋判定」は今最も欲しいスキルだ。

 購入するときも買取するときも絶対に役に立つと思う。

 別にこの世界に偽物が溢れているという訳じゃないけど、ごくごく一部の人間がレアスキル「偽装」を持つ以上は用心してしかるべきだとは思う。

 「鑑定」とは違って未鑑定品の選別は出来ないけれど、商人として店を出すなら願ってもいない効果的なスキル……読んでて良かったレアスキルブック。

 だけど「異空探査」って一体どんなスキルなんだろ?


「あの、『異空探査』ってなに?」

『なんだ、人間は持たぬのか?』

「はい、聞かないスキル名でありますな」

『……異空探査とはその名の通り異空を探し出す能力だ。この世界には多くのダンジョンが産まれ、死に、そしてまた生まれている。異空探査はそんなダンジョンを検知する能力だ。我らの様な精神体が本来の姿であるモンスターは異空探査を用いダンジョンを渡り歩く。つまり鍵を開くと思えばいい。お前、異界商店のスキルを持っているな?』

「あ、はい」

『ではその内スキルレベルが上がればダンジョン内に店を構え、その扉を複数のダンジョンに固定することもできるようになるだろう。これはお前の望むことではないか? ダンジョンのアイテム屋よ』

「えええ!? そんな事が!? 嘘、便利過ぎない? 絶対チートでしょう!」

『チートだな。しかし遥か昔、この能力を用いダンジョンを駆け巡りアイテムをかき集めた商人がいる。その者はダンジョンから出た便利なアイテムを多くの国、多くの人々へと繋げ今のこの世界の生活の基礎を築いたと言われている。確か「アイテムリンカー」と言ったか』

「アイテム、リンカー……」

『それと私のこの身体もやろう。どうせ他の未開ダンジョンへと流れれば身体は作り直すのだ』

「大盤振る舞いじゃん……余計に怪しく見える」

『バカを言え。お前のような意味不明の人間の為に力を貸してやると言うのだ。大人しく受け取ってここでの話は全て忘れよ。案ずるな、お前たちの生活は何一つ変わる事はないはずだ』

「はい。それは保証いたします」

『これも何かの縁……いや、運命(さだめ)か。お前の呪いはお前自身を偽っている。だがそれを解くことを他ならぬお前が拒否している。ならば少しだけこの世界で生きやすくしてやろうというだけだ。お前に力を授けた者は上手く考えたものだな。ある意味恐ろしくもある』

「貴方が何を言っているのかよくわからないけど……貰えるなら貰います! ご都合主義でも何でもいいや。だって私はそういう世界を望んだんだもの!」

『なるほど、それが呪いの根源か。……では契約成立だな。私はここで去るとしよう。もしまた会う事があれば、そうだな、その時はお前の店の評価でもしてやろうか』

「入り口壊さないでくださいね!?」 

『善処しよう異空の者よ』


 赤い竜はゆっくりと瞳を閉じると糸の切れた人形のようにその身体を横たえる。

 あとに残された私とルドルフは同時に溜息を吐くとお互い目を合わせ苦笑いをする。

 私を蚊帳の外にした話は忘れるまでもなく頭には入ってこなかったけど、そのおかげで手に入れられたものもある。

 異世界の勇者みたいな膨大な力じゃなかったけれど、このスキルにはこの先きっと何度もお世話になるだろう。


「なんとなくそんな気がするだけなんだけど!」


 私は街道を走りながらそんな独り言をつぶやくのだった。

 

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