ドラゴンと少女とさくら①
「ええと、一応聞くけど今どんな状況?」
マガリオッサでドラゴンが出たという話を聞いた私は、当初は高速船を使って大陸間を移動しようかと考えていたけれどちょっとしたトラブルで結局スキルを使ってこっちに来ることになった。出来るだけ人気の少ないダンジョンへと念じて扉を開いた訳だけど、まさかその噂のドラゴンといきなり出会う事になるとは思いもしなかった。
『いや、それが俺にもよくわからないんだ』
更に思いもしなかったのがこのドラゴン、どうやら同じ日本から来た転生者らしい。だって何度聞いても日本語で話してるんだもん。
「ええと、そちらのお嬢さんは?」
『なんか追われてきた。後ろに武器を持った奴らが見えたから咄嗟に飛び出したけど……ていうか俺の言葉わかるのか?』
ドラゴンはまるでクマの何やらさんみたいに器用に両足を投げ出して地面に座っている。見た目は確かにドラゴンだけどなんていうか威圧感はない。大きさは大体尻尾を入れて10メートルあるかないかくらいかな? 背中にはその大きさに似合わない小さな羽が生えていて身体は緑の鱗で覆われている。色んな異世界転生系で書かれているよくいるドラゴン……チート持ちなんかにあっさり首を落とされたり骨にされたりステーキにされたりしてるあの……。
『なんだなんだその目は! なんでちょっと可哀想な奴を見るような目なんだよ!』
「いや、そういう訳じゃないんだけど……ドラゴンって異世界転生系じゃ酷い目にしかあってないよなぁって」
そう言うとドラゴンは怯えた様に身を縮こませる。その姿には尊厳なんて微塵も感じないけど……でも正直に言って私が全力で殴ったくらいじゃ傷一つ付かない気がする。身動きするたびに鱗と擦れた洞窟――いやダンジョンの地面が削れていく。あれはヤバイ。
『ま、まさかこの世界でも!? なん、なんなんだよここは! 俺はどうしてこんなところに居るんだよ!』
「んー、多分異世界なんじゃないかな?」
『た、たぶん?』
「ここに来る時に誰かに会わなかった? ていうかどうしてここに?」
ドラゴンは考えるように顎に手を当て首を傾げる。色々な事を思い出そうとしているのだろうけど、妙に愛嬌があって可愛く見える。まぁ大体は座り方のせいなんだろうけど。
『俺……俺はどうしてここにいるんだ? 確か部活が終わって、新刊、そうだ、いせダンの新刊が出たからそれを買いに本屋に寄って――気が付いたらここに寝転がってた』
「いせダン!? 異世界転生したらダンジョンでしたの新刊!? え、作者さん病気治ったの!? くぅ!!読みたいよぉ!!」
《異世界転生したらダンジョンでした》略していせダン。モリグチカイト著の大人気異世界転生小説。交通事故で死んでしまった主人公が目を覚ますと自分が異世界のダンジョンになっていたという奇抜さが評価され瞬く間に単行本化された異例の小説。最初はただの洞窟だったのが偶然、冒険者が捨てたモンスターの死体を吸収し経験値を得てダンジョンとして覚醒するところから物語が始まる。毎回楽しみにしてたんだけど2巻が発売されたところで作者さんが病気を患い休止して……私は丁度その最中にこっちに来たからその後の事を知らなかったんだよなぁ。
「ねぇねぇ3巻はどうなったの? 2巻まではWEB小説版と結構違いがあったけどやっぱり3巻も――」
『何言ってんだ、いせダンの漫画の話だよ。原作は3年前に終わっただろ?』
「――は?」
『いや、だからさ。いせダンの原作小説は10巻で完結して今は漫画が7巻まで発売されて……って、なんだよその顔は』
「3年……って、え? 私まだここにきて1年くらいしか」
『んー、あぁなんか時間にずれがあるんじゃないの? 異世界なんだしそんな事もあるだろ』
肩をすくめるような仕草でドラゴンは言った。確かに、彼の言うように異世界だし現実世界と時間の流れが同じだとは言えない。そう言われたら「そうなんだ」と納得してしまう。
「そ……っかぁ! まぁでも病気治って良かったよ! それで結局3巻は――」
『待て待てまだ続けんのかよその話!? それよりまずは自己紹介しようぜ……ええと、俺は桜扇学園高等部の――だった? うん、高等部3年の坂元龍也だ』
「ええと、私はね――うん? 桜、扇学園?」
『あぁ、桜扇学園は3年前に設立された私立校でさ。あの花扇財閥が経営してるんだけど、確か噂だと社長の娘さんが亡くなったとかでその名前を取って《桜扇》にしたんだって聞いたことがあるけど。まぁとにかくそこの3年だよ』
ちょお父さん!? なに人の名前美談に使っちゃってんの!? 抜け目なさ過ぎて怖いんですけど。私が入院してる時も最初はちょっと顔見せてたけど最後は全然来なかったよね。まぁ、いつ死ぬかわからない娘の相手なんてずっとはできないだろうけど。うーん、一応愛情はあったの、かな? 病院のお金は出してくれてた訳だし……。
「ええと、私はさくら。ただのさくら」
『へぇ奇遇なもんだなぁ。あ、だから桜扇って名前に反応してたのか。まぁ取りあえずさくら、よろしくな』
龍也は片手をあげると尻尾を軽く振った。まるで犬みたいだけどあの尻尾に殴られたら普通の人なら粉々になりそうだ。
「んで、どうしてドラゴンに?」
『俺が聞きたいよ! ……あー折角異世界転生したんだからチート能力で世界救って奴隷とか。可愛い女の子とイチャイチャしてさぁ、王様になったり勇者になったり魔王になったりしてぇよ! どうして、どうしてよりにもよってドラゴン……これじゃあ女の事エッチな事もできねぇよチクショー!!』
身振り手振りで不満を表そうとしているドラゴン。そんなに尻尾ブンブンしてたら女の子にあたるぞぉ。
「はぁ……本当に男って。短絡的だよ。なぁんですぐに可愛い奴隷の女の子と仲良くなれると思ってんの? 普通に恋愛しろよ! 何をしれっと逆らえないキャラクター相手に性欲全開してんだ! あとチートに頼ろうとすんな! いや私も大概だけど! それからすぐエッチエッチいうけどエッチ以外頭にねぇのかお前らは!!」
『や、やめろぉ!』
「やめないね! 異世界転生したら魔法でやりたい放題!? すぐセックス!? おめでてぇな全く! 猿かお前らは!」
『煩いわ! 可愛い女の子が居たらムラっとするし現実でモテた事がないんだから異世界くらいいいだろ! 生きてりゃ色々あるんだよコンプレックスとかどうにもならない事とかさぁ! そもそも奴隷云々は最近のトレンドだしセックスでレベルが上がる勇者だっているんだぞ! 希望を、希望を持つことの何が悪いんじゃぁあああ!!』
「ヒィ!?」
龍也の大声で気を失っていた少女が飛び起きた。頭を揺らしながら辺りを眺めるその顔色は蒼白く、怪我で血を失ってしまったのが原因なんだろう。
私は指輪から出来立てのお弁当を取り出すとまだ混乱している少女の手を握って持たせる。いきなりお弁当が出たことに驚き、そのお弁当が温かった事にまた驚いている。
「ポーションは血液までは作ってくれないからそのお弁当食べて」
「え、と……」
少女は龍也を見上げビクビクしながら声を掛けてくる。
「さ、さっきの大きな唸り声は、あの大丈夫なんでしょうか?」
少女の視線はずっと龍也に向けられているみたいだけど……。
はて? 唸り声なんて聞こえただろうか?
希望を持ちたい、はい、私もです。




