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辺境の令嬢は王子の愛を求めない  作者: 神宮寺 あおい@受賞&書籍化


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再会

 サイラスとの再会の日はほどなくしてやってきた。

 今回は前回とは違い、迎え入れる者たちは母とガルドとクロエだけだ。


 父とヒューゴは学園への入学手続きの関係で王都のタウンハウスへと出かけており不在にしている。


「ようこそおいでくださいました」


 母の声にならい、ガルドもクロエも頭を下げてサイラスを迎え入れた。

 ここ数ヶ月の交流のおかげか、以前と比べるとクロエの緊張も少しは解消されている。


「当主不在の中邪魔するのもどうかと思ったのだが……時間が取れるのが今しかなかったのですまない」

「委細聞き及んでおりますので」


 そう母が返し、以前と同じようにサイラスを応接室へと案内した。


「当主より本日の来訪の理由も聞いておりますわ。今回の件、殿下より直接伝えたいとのことでしたのでこの場を設けさせていただきました」


 以前は父が座っていた場所にガルドが座り、母と共にサイラスと向かい合う。

 クロエには母が言っていることがいまいち理解できなかったが、大人しく母と兄の後ろに控えていた。


「機会を設けてもらったこと、感謝する」


 おそらくこの場でクロエだけがサイラスの来訪理由を知らないのだろう。

 全員の様子を見守りながら、クロエは侍女が用意してくれた紅茶に口をつけた。


「では、さっそくだがクロエ嬢と話をさせてもらっても?」


 クロエがちょうど紅茶を飲み込もうとしたその時、サイラスの口から自身の名前が飛び出し驚きにむせそうになる。


「もちろんですわ。この応接室でお話をされますか? それとも中庭で?」

「辺境伯夫人が丹精込めて手入れをしているという中庭を見せもらえるだろうか?」

「ええ。ではクロエに案内させましょう」


 自分のことなのに目の前で勝手に話が進んでいき、クロエは母とサイラスの顔を交互に見る。


「驚かせてしまったようだ」


 苦笑したようにそう言い、立ち上がったサイラスが綺麗に微笑みながらクロエへと手を差し出した。

手入れの行き届いた目の前の手と美しいサイラスの笑顔。

 予想外の出来事に戸惑いつつも、クロエはサイラスの手を取った。


♢♢♢


 母の管理する中庭にはたくさんの植物や花が植えられている。貴族の夫人にしては珍しく、母は薬草学に興味を持っていた。

 

 辺境という地は時に厳しい状況に追い込まれる。

 通常はさまざまな医療品や薬品を王都から仕入れていても、有事の際にはそれも途絶えがちだ。だからこそ、この地で少しでも自分たちの手で薬が作れないか、その思いで母がこの中庭を作ったのをクロエも知っている。


「あちらに植えてあるのが鎮痛効果があると言われている植物です。その向こうには不眠に効くハーブを、そしてその隣には心を沈める効果のある薬草を育てています」


 サイラスに請われるまま、クロエは一つ一つの植物の説明をする。ある意味雑多な種類の植物が育てられているのだが、どれもここでは重要な物だった。


(怪我をした人には鎮痛薬が必要だし、戦いに出た騎士たちは時に心を病んでしまう)


 だから、ここにあるのは辺境において優先順位が高い薬草たちだ。


 クロエは母が見た目の華やかな花ではなく、実用性があり必要とされている薬草を優先している姿を尊敬していた。母は正しく領民を思っている。そう感じられるからだ。


 もちろん、時には心の慰めともなる可憐な花たちも育てられている。背中に傷を負ったクロエの心もまた、ここの花に助けられたのだから。


(殿下からの花だけでなく、いつもでも私の部屋にはたくさんの花が飾られていた。あれはここの花たち)


 だからクロエは、心を込めてサイラスに中庭の説明をする。


「辺境伯夫人は領民を思う良き方だな」


 サイラスにそう言われてクロエは嬉しくなった。

 その喜びがいつの間にか外にまで溢れていたのだろうか。クロエを見て、サイラスが驚いた顔をした後どことなく安堵したような表情を浮かべた。


「やっとクロエ嬢の笑顔を見ることができた」


 そう言ったサイラスの声もまた、喜びが込められている。


「殿下?」

「初めて会った時には笑い合えていたのに、次に会えたのはあの事件の後だったから……。あれ以来、クロエ嬢の笑顔を見ることができず、あなたの心に大きな傷を負わせてしまったことを悔やんでいたんだ」


 そう言ったサイラスはとても苦しそうだった。


『あの事件』を、クロエはいまも思い出したくない。記憶の底に閉じ込めて鍵をかけて、そうやってなんとか日常を過ごしている。


(もしかして殿下も私と同じように思っているのかしら?)


「事件の原因である私はあなたのおかげで無傷だったというのに……。すべての責任は私にある」

「それは……」


 サイラスのせいではないと、父のようにクロエは言えなかった。

 幼い心がそこまでの割り切りをできなかったせいでもある。


「今日私が来たのは、クロエ嬢に話したいことがあったからだ」

「話したいことですか?」


 気を取り直したようにそう言ったサイラスに、そういえば母もそんなようなことを言っていたと思い出す。

 そう思い至ったクロエに向き合うと、サイラスがとても真剣な瞳で見つめてきた。


 何か大事なことを伝えられるのだと、あたりに漂う緊張感でクロエもまた悟ったのだった。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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