手紙
サイラスが辺境伯家を訪れて以降、クロエは時折サイラスと手紙を交わすようになった。
あの日家令のライリーを伴って応接室に戻ると、父と簡単なやり取りを交わした後にサイラスは長居することなく帰って行った。
王宮から辺境まで三日かけてやって来て、数時間滞在しただけでまた数日かけて戻るなど、聞いただけでも大変な行程だ。
クロエとしては、そこまでして来なくても良いのではと思わなくもなかったが、しかしそれがサイラスのけじめであり、誠意だったのだろう。
そしてその日を境に、サイラスからの手紙が届くようになったのだ。
元々お見舞いとして送られてきていた花にも簡単なメッセージカードは添えられていた。
『体調は大丈夫だろうか?』とか、『花が少しでも心の慰めになりますように』とか。
しかし最近交わしている手紙はそれとは違う。
「クロエ、サイラス殿下からのお手紙が届いたわ」
そう言いながら母がクロエの部屋に手紙を持ってくる。本来であればそういった雑用は使用人や侍女がこなす仕事ではあるが、何が気になるのか、殿下からの手紙はいつも母が直接手渡してくれる。
「ありがとう」
そう言って受け取った手紙は、今日も素敵な封筒が使われていた。クロエが花が好きというのを踏まえているのか、サイラスはいつも可愛らしい花があしらわれた封筒や便箋で手紙を送ってくれる。
辺境で流通しているレターセットはそれほどたくさんの種類がないこともあり、王都で流行っている花々がわかるサイラスからの手紙が最近では楽しみになっていた。
「殿下とはどんなお手紙を交わしているの?」
ふと母から問いかけられて、クロエは何と答えようか悩んだ。というのも、交わしている内容はさして特別なものではなかったからだ。
「最近読んで面白かった本とか、楽しかったこととか……そんなことよ。あとは、体力向上のために剣術を学んでいるとも書いてあったかしら」
(剣術を学んでいるのは、もしかするとあの事件の影響かもしれないけれど)
サイラスにはっきりと聞いたわけはないが、クロエにはそう思えて仕方がなかった。
「そう。それ以外は?」
やけに追及してくる母に疑問を持ちながら、クロエは母を見た。
「あら。ごめんなさいね。二人が文通しているのだと思うと何だか微笑ましくて」
そう言って母は微笑んだが、果たしてそれだけが本音なのだろうか?
どことなく違和感を感じて、クロエは母の表情を見落とさないようにじっと見つめた。
「そうそう、クロエも子どもたちの交流会の話は知っているでしょう?」
クロエの視線など気にすることもなく、母はそう続ける。
ここで言う『交流会』というのは、エスペランサ王国の主たる貴族の子たちが参加するお茶会のことだ。
エスペランサ王国の貴族の子息子女は、十歳になると母親に連れられてこども同士の社交を始める。最初は母親同伴で、慣れてきたら子どもだけでの集まりへと変わっていくが、それはほとんど義務のようなものなので参加しない貴族の子はいない。
同様に、十五歳から十八歳の子息子女は王都の学園へと通い、本格的に社交界へとデビューする前に交友関係を深めたり人付き合いを学ぶ。もちろん勉学に取り組むことも必要だ。
そして学園の卒業を迎えた時、彼らは大人として貴族社会へ参加していくことになる。
(ただし、辺境伯領の子だけは特例が認められているのよね)
それは立地を含めた特殊な理由によるものだ。
辺境伯領には王都の学園と同じ年齢の子たちを集めた騎士学校がある。そこには貴族だけでなく、騎士になることを希望し試験を突破した平民の子も通っている。辺境という地を協力して守っていかなければならないこともあり、騎士学校で身分の差はあまり問われない。
実際に、辺境伯を継ぐことが決まっているガルドは騎士学校に在籍しているし、王太子の近衛騎士になるのではないかと言われているヒューゴは王都の学園へ通うことが決まっていた。
(お母さまは、まずは子ども同士の社交を始めさせるつもりなのだわ)
クロエはもう少しすれば十歳になる。貴族令嬢として、他の家の者たちとの交流を深めていかなければならないのだろう。
「私の参加するお茶会が決まったの?」
だからクロエは、率直にそう聞いた。
「そうよ。あなたが十歳になった翌月に開かれるお茶会に参加することになったの」
「……」
辺境伯家門の貴族家にクロエと同じ月生まれの令嬢はいない。たしか半年年下の子爵令嬢がいるくらいだ。だからクロエは、母が一緒とはいえ一人で交流会に参加しなければならないだろう。
その点王都に住む者同士はもう少し幼少の頃から近しい家門同士のつき合いがある。
「不安?」
「それは……」
クロエの心の中を察したように、母はふわりとクロエを抱きしめた。
「クロエが参加する交流会は、サイラス殿下が初めて参加する交流会でもあるの。だから今回は王宮で開かれるわ」
「サイラス殿下が?」
「ええ、そうよ」
誰も知る人のいないお茶会への参加には不安が募っていたが、サイラスに会えるのは嬉しいとクロエは思う。
「それで、お茶会の前にサイラス殿下からあなたに話があるそうなの」
「話?」
「一週間後に、殿下がまたこちらまで来てくださるわ」
(一週間後に、殿下にまた会える?)
クロエは心の中でそう呟いた。
手紙のやり取りをしているとはいえ、直接会うのは数ヶ月ぶりだ。
「おもてなしの用意をしなきゃね」
そう言うと、母はにこりと微笑んだ。
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録、評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。




