サイラスの訪い
冬を迎え寒さが厳しくなりつつあるマディソン領で、その日は珍しく暖かい日だった。
雲の間から太陽が顔を出し、明るい日差しが降り注いでいる。
そんな澄んだ空気の中、サイラスを乗せた馬車が到着した。
クロエは両親、そして兄たちと共にサイラスの出迎えに並ぶ。
辺境伯一家が住むのは城と呼ぶに相応しい場所だ。
銀狼の襲来や他国からの襲撃、それ以外にも大規模な盗賊に対応するなど、籠城も可能な城は大事な拠点だった。
そんなある意味厳つい城の前に、華美ではないがこの地ではあまり見ることのない装飾を施された馬車が停まった。
侍従が扉を開け、降りてきたのはサイラス・エスペランサ。このエスペランサ王国の第二王子だ。
プラチナブロンドの髪が陽の光を弾き、艶やかな髪には天使の輪が見える。快晴の空にも負けないコバルトブルーの瞳はキラキラと輝いていた。
その唇には小さな微笑みが湛えられ、無骨な雰囲気の場内においてそこだけ光が当たっているかのように華やいでいる。
サイラスはクロエと同じ九歳のはずだが、佇まいだけでも同じ年とは思えない落ち着きがあった。
「サイラス王子殿下にご挨拶申し上げます」
マディソン辺境伯である父に続いて、母、兄たち、そしてもちろんクロエも頭を下げる。
「急な来訪を快く受け入れてもらい感謝する」
そう言ったサイラスの視線が、両親と兄たちを見た後にクロエの上で止まった。
挨拶の体勢からは戻っていたため、クロエはその視線を真正面から受け止めることになる。
(サイラス殿下は……どことなく変わられたかしら?)
クロエとサイラスが会ったのは事件があったあの日だけ。それでもそう思ってしまったのは、サイラスの瞳にあの日には感じられた無邪気さが失われているように思えたからだ。
「どうぞ中へお入りください」
暖かい格好をしているとはいえ、今は冬。いつまでも城の入り口にいては寒さによって体の芯まで冷えてしまうこともあり、父の促しによって一行は城内に入った。
辺境伯一家が住む城は石造りでできている。そのため、中に入ったところで風が防げるくらいで寒さが和らぐわけではない。
それでも、客を迎えるための応接室の暖炉には薪がくべられ、室内はそれなりに適温に保たれていた。
実用性が重視される無骨な城の中で、応接室は唯一華やかな場所と言っても良いだろう。母の手によって、丸みを帯びた柔らかい雰囲気の家具が選ばれ、室内には花が生けられている。
冬の辺境伯領に咲く花は少ない。それでもこうやって飾ることができるのは、城の中庭で母が花を育てているからだ。
応接テーブルを挟んで二人がけのソファの一方にサイラスが、もう一方のソファに両親が腰を下ろした。そして両親の後ろに用意された一人がけのソファに兄たちとクロエが腰掛ける。
皆がソファに落ち着き、母の侍女が淹れた紅茶の香りが室内に漂うようになると、おもむろにサイラスが口を開いた。
「狩猟祭の折にはご令嬢に怪我を負わせることになり、申し訳なかった」
そう言うとスッと頭を下げる。
本来王族は簡単に頭を下げることはしない。しかし今この場に同席しているのが辺境伯一家だけの非公式な場ということもあり、サイラスは自身の非を詫びたかったのだろう。
「殿下、あの事件は殿下のせいではございません」
襲撃者たちは明確にアンセルとサイラスを狙っていた。警備の厚い王宮よりは、人が集まり警護する者たちの意識が分散しやすい辺境伯領での祭りを狙われたのはたしかだ。
「悪いのは襲撃者であり、それを依頼した者たちです」
結果としてサイラスを庇ったからクロエは怪我をしたが、そうでなければサイラスの命はなかったかもしれない。
そう思うと、国に仕える身として父は責めることもできないのだろう。
「だからといって私に非がないのだとは思わない。守るべき国民を王族が危険な目に遭わせて良いわけがないのだから」
そう言うと、サイラスは今度こそしっかりとクロエと目を合わせた。
「クロエ嬢、その後怪我の方はどうだろうか? 今日まで直接謝罪することもできず、申し訳ない」
(ああ……殿下は殿下で、苦しまれていたのかもしれない)
どことなく苦しそうなサイラスの表情を見て、クロエはそう思う。
「殿下、怪我は治りましたわ。もう痛くもありませんし、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
だから、クロエはそう答えた。
心は大丈夫ではないけれど、体の怪我だけをいうならすでに癒えているのだから。
「クロエ嬢の負った痛みが消えたわけではないこと、十分に承知している。あなたがしてくれたことを物に換算することなどできないが、それでもこちらを納めてもらえればと思っている」
そう言ってサイラスが示したのはたくさんのプレゼントボックスだ。おそらくクロエに宛てたプレゼントであり、もしかすると中には両親宛の物もあるかもしれない。
「そして陛下からは書状を預かってきた」
今度は父へと向かってそう言い、サイラスの侍従から父へと書状が手渡される。
その内容を無言で確認した父が小さく頷いた
「陛下のお考え、承知いたしたと伝えていただきたい」
そう言うと、疲れたようにソファへとその身を沈める。
「襲撃者は捕縛したが、全員が移送先の牢内で自害した。犯人へつながる証拠には乏しく、今のところ誰が私たちを狙ってきたのかははっきりしていない」
淡々と、サイラスはそう告げた。
狙われたのは他でもない彼自身にも関わらず、その声に感情の揺れはない。
(やはり、どこか変わられた気がするわ……)
クロエがそう思ってしまうのは、あの日のサイラスがもっと子どもらしかったからだろう。
あんな形で命を狙われれば誰しも冷静ではいられないものだが、それにしても今のサイラスの落ち着きは行き過ぎているように思える。
(まるで感情をどこかに置き忘れてしまったような感じね)
ふと、クロエはそう思った。そんなクロエの思考を遮るように、サイラスが言葉を続ける。
「辺境伯、陛下からの書状の内容とは別に、私からも一つ提案があるのだが……」
そう言ったサイラスの視線がクロエに向けられた。
「提案……ですか?」
「そうだ。以前送った手紙にも少し書いたと思うが……」
言葉を濁したサイラスに対して、父がハッと何かに気づいたような顔をする。
「殿下、先ほど受け取った陛下からの書状に関しても確認したいことがございます。つきましては家令を呼んでまいりたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……? ああ、いいだろう」
サイラスの許可を得ると、父がクロエに声をかけてくる。
「クロエ、悪いがライリーを呼んできてくれないか」
「私が、ですか?」
一瞬驚いたものの、考えてみれば人払いをしていたので今室内に辺境伯家の使用人はいない。
そうなればクロエが頼まれるのも当然といえた。
「わかりました。呼んでまいります」
そう言うと席を立ち、クロエはサイラスに向かって退室の挨拶をした後に応接室を後にしたのだった。
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