招待 Sideサイラス
その日、クロエはドレスもアクセサリーもサイラスの色を纏っていた。
エスコートをするために迎えに行った先で、サイラスは今までになく胸が高鳴るのを感じる。
交流会の時もクロエはサイラスの色を身につけていたが、その時以上に今日のクロエがサイラスには眩しく見えた。
赴く先がオーブリー邸出なければもっと気持ちも高揚しただろう。しかし浮かれているわけにはいかないとサイラスは気を引き締める。
「ようこそいらっしゃいました」
迎え入れてくれたのはオーブリー公爵夫人とリリアンだ。
(オーブリー公は出てこないか……。今日邸宅内いることは確実なのだが)
「招待感謝する」
そう伝えれば、リリアン自らが先導してお茶会のホールへと案内する。
そうして始まったお茶会は、予想に反して何ごともなく進んだ。
何か起こるかと身構えていたサイラスとしては肩透かしを食らった形だ。
(クロエ嬢と一緒に招待しているからには、今日のこの場に意味がないとは思えない)
そんなことを思いながら、サイラスはクロエのエスコートに徹する。
緊張を強いるお茶会の中で、唯一良かったことといえばクロエがシャーロットと再会できたことだろうか。
聞けば以前メイソン家で開催されたお茶会以降、二人は親しくしているらしい。
(こんなに屈託のないクロエ嬢は久しぶりに見た気がする)
思えば、辺境で最初に会ったクロエはもっと無邪気だったように思う。
サイラスを庇ったことで傷を負い、そして婚約を受け入れてくれたことで辺境を離れた。
本来なら交流会が終われば領地に戻っていたのだろうが、それもできない。
(私がクロエ嬢から無邪気さを奪ってしまったのだろう)
そう思うと胸が痛んだ。
今のサイラスにできることは全力でクロエを守ることだけ。
しかしサイラスのその決意は、脆くも崩れることになる。
♢♢♢
お茶会も終盤を迎えようとした頃だった。
クロエがシャーロットだけでなく他の令嬢とも交流を持っていたその場に、オーブリー家の家令が近づいてきた。
「我が家の当主が殿下にご挨拶したいと申しておりますが、こちらに来ていただくことはできますでしょうか?」
それは断ることのできる誘いではあった。
「来ていただけないようであれば、クロエ様にも殿下とリリアン様との関係を知っていただくことになるかと」
しかし続けられた言葉に、これは単なる誘いではなく脅しだということが透けて見える。
(リリアン嬢が婚約者ではなかったことなど、きちんと説明すればクロエ嬢も理解してくれるだろう。しかし余計なことを耳に入れて心労を増やすのは本意ではない)
そう思ったサイラスは、オーブリーの心の内を知るためにもこの誘いを受けることにする。
「わかった。案内してくれ」
「では出口でお待ちしております」
そう言うと、家令は一礼して去っていった。
「クロエ嬢、少し用事ができてしまった。私が戻るまで、ここにいてもらえるだろうか?」
サイラスの言葉にクロエはすぐに承諾する。
「シャーロット様もいらっしゃるので、こちらでお待ちしておりますわ」
そう答えるクロエに対して、サイラスは護衛のノックスを残していくことを提案した。
しかしここは子どもたちのお茶会の場。しかも主催はリリアンであり、彼女の母親すらいない。そんな中に大人の男であるノックスが混ざっていたら目立って仕方がなかった。
「殿下、大丈夫です。それにノックス卿は殿下の護衛ですもの。常におそばにいなければならないでしょう?」
そう言ったクロエの言葉に隣にいたシャーロットも同意する。
「クロエ様のことはお任せください」
そんなシャーロットの言い方にクロエは笑い、二人はその後も楽しげなやりとりを交わしている。
(ジョシュアを連れてくるべきだったな)
今更ながらにサイラスはそう思った。
側近をそばに置くことにいまだ慣れていないサラスは失念していたが、たとえ招待されていなかったとしても連れてくることはできたはずだ。
しかし悔やんだところで状況が変わるわけではない。
周囲を見回しても怪しげな人影はなかった。
人の悪意に敏感なサイラスは、はっきりと敵の姿を認識していなくてもその場の不穏な空気を感じることができる。
(今のところ問題はなさそうだ)
数瞬迷い、しかしサイラスはクロエに自分が戻ってくるまでは何も口にしないように伝えてからその場を離れたのだった。
♢♢♢
家令に案内されたのは、オーブリー邸の中でも家族が集まるような少しこぢんまりとした応接室だった。
それはまるでサイラスが家族の一員だとでもいうような扱いで、知らず知らずのうちに眉間に皺が寄る。
「わざわざこちらまで来ていただきありがとうございます」
部屋に入って正面、一人がけのソファにオーブリーが腰掛けている。
その前には重厚な応接テーブルが置かれており、そのテーブルを囲むようにソファが設置されていた。
どれも一人用なのはここが大人数で集まるような場ではないからなのか。
室内にはオーブリーと先ほど案内してきた家令しかいない。
サイラスはホールの外に待機していた自身の従者を背後に従えていた。
そしてほどなくして侍女がお茶を運んでくる。
「まずは休憩を兼ねて一杯いかがでしょう?」
オーブリーのそんな声かけに、サイラスは今日もカップに口をつけるふりをするだけでやり過ごした。
(何を盛られているかわからない物を飲むわけがないと、気づかない性格ではないと思うのだが)
そもそも王族は毒味をした物だけを口にする。
しかしサイラスはスペアの次男。兄ほど厳密に管理しているわけではなかった。それに、多少の毒に対しては耐性がついている。
「ここまで来ていただいたのは他でもない、殿下にご提案したいことがあったからです」
「提案?」
「ええ」
オーブリーは国に仕える宰相だ。
サイラスとは幼少期から知った関係ではあるが、それほど親しくもない。
ましてやリリアンとの婚約話が拗れてからは距離が開いていたように思う。
「先日もお話ししたかと思いますが、殿下の婚約についてです」
「それはすでに結論が出ていることだと思うが?」
にこやかに微笑みながら、オーブリーは「いえいえ」と否定する。
(何だ? こんな意味のない会話をオーブリー公がするのには違和感を感じるが……)
今の話題が彼の話したい本題ではないような気がして、サイラスは内心首を傾げる。
「殿下はまだ社交を始めたばかり。何も今の時点で婚約者を完全に決めなくても良いのではないかと思いまして」
「つまり?」
「殿下側の都合で婚約を解消することになったリリアンに対して、少しでも殿下がお心を痛めているのであれば、婚約者候補というのを設けても良いのではないかと」
(婚約者候補だと?)
それはつまり、リリアンを候補にするということか。
それともまさか、クロエも同じ立場に置くということか。
「ああ、誤解なさらないでください。現時点でクロエ嬢が殿下の筆頭婚約者であることは理解しております。しかしこの世の中何があるかわかりません。ですので、リリアンも候補にしていただけないかと」
何があるかわからないというのは穏やかではない。
サイラスにはオーブリーの意図が読めなかった。
リリアンとの婚約を強制するわけでもなく、かといってクロエの存在を認めてはいないと牽制してくる。
しかもリリアンが主催するお茶会の最中に呼び出してまでする話ではなかった。
「オーブリー公が提案したいことというのはそれだけか?」
「それだけというほど軽いものではないのですがね」
そう言ったオーブリーがチラリと壁掛け時計に視線を向ける。それはほんの些細な動きだったが、どことなく引っかかる行動に思えてサイラスの記憶に残った。
「王宮でこんな話をするわけにもいきませんし、かといって殿下はもう我が家には気軽に寄ってはくださらないでしょう? そうなると今日のこの機会を逃してはならない。そう思った親心をわかっていただけるとありがたいです」
そこまで話して、オーブリーは手に取ったカップを傾ける。
オーブリーの真意が読めないことに心がざわつくが、その後少しの会話を交わした後、サイラスは応接室を後にしたのだった。
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