サイラスの心配 Sideサイラス
サイラスにとってマディソン邸への訪問はいつの間にか癒しのようなものになっていた。
何よりもサイラスを惹きつけてやまないのはもちろんクロエだが、それと同じくらいマディソン邸の雰囲気も好きだった。
(勘違いだとわかっていても空気が清々しく感じるな)
そう思いながらサイラスは玄関を潜る。
辺境伯の邸宅らしく、華やかさよりは質実剛健を求めたような館を洗練されていないと言う者もいるかもしれない。
しかし王宮という贅を尽くしたような場所にいても、そこは人々の思惑の渦巻くところ。サイラスにしてみれば欲望に塗れたドロドロの雰囲気が満ちる場所でしかなかった。
(ここに来るのももう何度目かわからないくらいだが、いつも温かく迎えてくれるのは辺境伯夫妻の人柄だろうか)
そんなことを考えていたサイラスは、しかしクロエに会って心配に顔を曇らせた。
交流会以降、クロエは多くの家から招待を受けてお茶会に参加している。
そのことはサイラスも折に触れて聞いていた。
そして辺境伯夫人が吟味しているだけあって、どの家もクロエと良いつき合いを持てそうな家ばかりだった。
問題は、クロエが参加するお茶会を狙ってリリアンが現れることだ。
それをサイラスも耳にしていたが、他家の開くお茶会に対して口を出すこともできず、もどかしい思いを重ねていた。
そんな中、サイラスは望ましくない招待状を手にマディソン邸を訪れている。
「クロエ嬢? 顔色が悪いが、体調がすぐれないのだろうか?」
マディソン邸の応接室で、お茶を前にしながらクロエが珍しくもボーッとしていた。睡眠が足りていないのか目の下に薄く隈が見える。
「少し疲れ気味ではありますが、大丈夫ですわ」
そう言ったクロエの顔色が良くないことくらい最初に会った時からわかっていた。
(長居をすれば無理をさせてしまうだろう)
サイラスはそう思い、今日の訪問は早く切り上げようと決める。
(しかし、嬉しくないことを伝えなければならないのは辛いな)
侍従に持たせたある家からの招待状がサイラスの気を重くしていた。サイラスにしても進んで参加したいわけではないが、名指しで指名されたとなれば断りづらいものがある。
「これは……オーブリー家からの手紙でしょうか? 殿下宛のものを私が見てもよろしいのですか?」
サイラスが手渡した封筒を見たクロエはすぐに気がついた。
「宛名は私になっているが、中の招待状はクロエ嬢との連名で書かれている」
オーブリー家主催のお茶会。
それはなぜか二人宛の招待状だった。
(追い詰めるにはまだ証拠が足りない。時期尚早だが、しかし断ることも難しい、か)
そう思いながら、サイラスはそのお茶会に一緒に参加してくれるようにクロエにお願いした。
「私は殿下の婚約者ですから。殿下が参加されるのであればもちろんご一緒させていただきます」
そしてクロエはそう言うとニコリと微笑んだのだった。
♢♢♢
「殿下、予定通り裏通りの薬屋から購入履歴のリストを手に入れました」
そう言いながらサイラスの部屋へと入ってきたのは、紺色の髪に黒色の瞳の少年だ。サイラスと同じ年のその少年の名前はジョシュア・エイダンという。
先日アンセルが渡してくれたリストにあった名前だ。
アンセルは王家とのつき合い、貴族社会での派閥、そして何よりも能力と性格を加味して何人かの候補を上げていた。
その中からサイラスが選んだのがジョシュアだった。
ジョシュアはエイダン伯爵家の次男だが、家は年の離れた長男がすでに継いでいる。さらには長男夫婦の間にすでに男子がいるというのだから、これから後継者のスペアとして必要とされることはない。
ジョシュアに期待していることはいろいろあるが、中でも彼の人を使う能力をサイラスは特に買っていた。
人を信じることがなかなかできないために、何事も自分でやりがちなサイラスのそばに置くにはうってつけの人材だろう。
そんなジョシュアに任せていたのが、交流会でクロエに睡眠薬を盛ろうとした男がどこで薬を手に入れたか調べることだった。
ジョシュアを側近として取り上げて以降、彼はあっという間に王宮の侍従や使用人たちとの繋がりを作った。
元々エイダン伯爵家は親しみやすい家柄なのか、領地の者たちとの距離が近い。ジョシュアは昔から街に出て平民ともやり取りしていたらしく、今では王都の街中に出て時には街の少年のように振る舞っているようだった。
そのため街の子どもたちや食堂のおばさんなどに自然と伝手ができ、今回あらゆる方向から探ってとうとう薬の入手先が裏通りにある薬屋だと判明した。
そして今日、その店から購入リストを手に入れてきたというわけだ。
「よくやった。薬の調合は作った者の癖が出ると言うだろう。王宮の薬師に依頼して、そこで手に入れた薬を解析してもらえ。あの時の薬と一致すれば大きな証拠になる」
「承知しました」
ジョジュアはそう返事をするとさっさと部屋を出て行く。
その背中を見送りながら、サイラスはジョシュアへの信頼をどう測るかを考えていた。
「殿下、何か試しているのですか?」
「……いや……」
サイラスは兄に対して絶大な信頼を置いている。もし兄にその信頼を裏切られたとしたら、信じた自分が悪いのだとそう思っていた。
その兄の選んだ人材である限り、ジョシュアがサイラスを裏切ることはないだろう。
しかしサイラスに対して忠義を尽くすかどうかは別問題だ。
(きっと、今試されているのは私の方だな)
能力のある者はどこでも求められる。
ジョシュアは、サイラスが仕えるに値しない相手だと思えばさっさと離れていく気がした。
(その代わり、あのタイプは忠誠を誓えば決して裏切らない)
ジョシュアが自分にとっての武器となるかどうかは、これからのサイラスにかかっている。
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