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【第一部完結】辺境の令嬢は王子の愛を求めない  作者: 神宮寺 あおい


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側近の条件 Sideサイラス

 王太子という役割が、サイラスの思う以上に重い物だということを時々忘れそうになる。

 それはきっと、兄がそう振る舞っているからなのだろう。


 側近として誰を選ぶべきなのか、その意見をもらうべくサイラスは王太子の執務室まで来ていた。

 ノックをして扉を開ければ、常に笑顔の兄が珍しく厳しい顔をしている。


 大振りな執務机の背後から明るい日差しが差し込んでその前に座る兄の顔に影を作っていた。


「お前がこちらまで来るのは珍しいな」


 書類に目を通しながらの問いかけに、サイラスは執務中のこの時間を自分のために割いてもらっていいのか迷った。


「言いたいことは主張しないと、相手に伝わらないと言っているだろう」


 そう言って、兄は書類を伏せるとサイラスを見る。


「お前は基本的に相談をしない。人に頼むくらいなら自分で動く性格だからな。そのお前がここまで来たということは、大事な用だと思ったんだが……違ったか?」

「……違いません」

「ちょうど良い。私の方からも伝えておきたいことがあるんだ。お茶にしよう」


 兄の提案にサイラスは頷いた。

 本来お茶を飲むなら侍女に頼むのが普通だ。しかし効率を重視しているせいか、兄は時々自分で淹れることがある。

 

 淹れられた紅茶から辺りに芳しい香りが漂った。黙ってカップを傾ける兄は、その顔に表情を乗せないだけでかなり印象が変わる。


「で、今日はどうしたんだ?」


 しかし口を開けばいつもの兄だ。鷹揚で懐が広く、面倒見が良い。でもその実、時にとても厳しく冷酷になることをサイラスは知っている。


「側近をつけたいと思いまして」

「ほう」


 意外だ、とでもいうように兄の眉が上がった。 


「今まで何度提案しても興味も持たなかったくせに、珍しいな」

「例の事件を調べる内に、やはり信頼できる人材は必要だと思いまして。それにノックスにも忠告されましたから」

 

 護衛からの忠告というのは兄にとって意外なものだったらしい。静かに話を聞いていたはずのその瞳が、どことなく輝き出した。


「あの護衛はそんな影響を与えているのか……」


 口の中で小さくつぶやかれた言葉はよく聞こえない。


「いや、何でもない。こちらの話だ。それで、側近だったか……サイラス、お前は側近というのはどんな存在だと思う?」


 そんなことは今まで考えたことのないものだった。


「常に主人のそばにいて行動を共にする者でしょうか」


 サイラスの返答に兄は思案げな顔をする。間違ってはいないが及第点でもないということだろうか。


「私が思う側近を選ぶ条件は大きく二つだ。どんな状況であれ、必要なことを必要な時に言える者。そしてもう一つは、状況判断が早く、人を使うのが上手い者」


 一つ目の条件はわかったが、二つ目はピンとこなかった。

 側近は主人の言いなりで良いわけではない。時には苦言を呈して諫めることも重要だ。それを思えば、必要なことを言える者というのはわかる。


「すべて主人が指示を出すようでは物事が回らないこともある。先んじて判断し、場合によっては人を使って解決する。側近にはそういった能力が必要だ。というわけで……」


 最後だけ口調を軽くすると、兄が執務机の引き出しから数枚の書類を取り出した。


「これは?」

「いつかお前が必要とするのではないかと思って用意していた、兄の愛だ」


 半分冗談のように言って差し出されたのは側近候補のリスト。

 

「誰を選んでも問題はない」


そう言った兄が『誰を選ぶのかは興味があるが』と続けた言葉は、リストに興味が引かれていたサイラスの耳には届かなかった。


「ありがとうございます」

「弟の面倒を見るのも兄の役目だからな」


 軽口を叩くことで室内が和やかな空気になっていたが、ここで「さて」と兄が口調を切り替える。


「お前に伝えておかなければならないことなんだが」


 改まった口調は先ほどまでの軽い雰囲気を吹き飛ばし、勢いサイラスも姿勢を正した。


「母上が離宮での静養を決められた」

「……」


 アンセルとサイラスの母は国王の正妃だ。

 エスペランサ王国は一夫一婦制を取っているが、国王と王太子に関してだけは後継の問題もあり側妃が認められている。

 しかし父である国王は母だけを妻とし、今まで側妃を持つことを拒んできた。

 そもそも王子が二人いれば問題ないだろうというのもある。


 また、母の違う王子が複数人いれば、それぞれの家が口を出すようになって国が荒れる、そういう考えもあった。


 しかし何より、実は国王である父が王妃の母と大恋愛をして結ばれ、それ以外の妃を迎えたがらなかったことが大きい。一国の王としては珍しい判断だった。


 そのせいもあって、アンセルもサイラスも政略結婚の必要性を感じつつも、叶うなら想う相手と結ばれたいと思っている。


「それだけ、危険が迫っているということでしょうか?」

「そうだな。父上も母上にはそばにいて欲しいと思っているようだが、王宮内の危うさには気づいている。母上は難色を示していたが離宮の方が警護がしやすいだろう。それに、最近の母上の不調が気になる」


 サイラスたちの母は今までそれほど病気をすることもなく健康だった。しかし最近疲労を感じて休むことが増えている。

 それが単なる不調ならいいが、もしそうでないのなら……父と兄はそれを気にしているのだろう。


「わかりました。母上はいつ離宮に?」

「用意が整い次第だろう」


 少しずつ広がる王宮内のきな臭さは、だんだんとその魔の手を伸ばしているのかもしれない。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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