誰の意を汲んだのか Sideサイラス
応接室に現れたリリアンは、ブロンド色のドレスを纏いサファイアのイヤリングとネックレスを身につけていた。
それはリリアンが自身をサイラスの婚約者だと思い込んでいた時に好んで着ていたドレスの色だ。
「サイラス殿下にわざわざお越しいただいたなんて、嬉しいですわ」
いったいどんな勘違いなのか、リリアンはそう言い切った。
「先ほどこの近くで馬車が動かなくなってね。直す間寄らせてもらうことになったんだ」
だからサイラスはそれとなく訂正するが、何事も自分の都合の良いように受け取る性格なのか、リリアンはサイラスの言葉を理解しない。
「以前も殿下はこうしてよく我が家に来てくださっていましたわね。そういえば、先日の交流会ではお話しすることもできず、わたくし寂しかったですわ」
そう言ってリリアンは流れるようにサイラスの隣に座ろうとする。
「ああ、リリアン嬢の分はオーブリー公の隣に」
だからサイラスは、使用人がテーブルに置こうとしたカップの場所をさりげなく移動させた。
(二人がけのソファに一緒に座るのはそれこそ婚約者の距離。思い込みが激しいとはいえ、リリアン嬢はいまだに私の婚約者でいる気なのか?)
サイラスはリリアンの様子にある種の執念を感じる。
(まぁ、嘘をまるで事実のように言い続けることで本当にしてしまう気かもしれないが……)
それが策略であれ、本当に思い込んでいるせいであれ、サイラスにとっては厄介なものでしかない。
そう思いながら視線を上げたところで、サイラスは目の前の使用人が報告書にあった女の容姿と同じことに気づく。
チラリと背後のノックスを確認すれば、小さく頷くのが見えた。
「先ほどのローズティーも美味しかったがこちらも香りが良い。彼女はリリアン嬢の使用人か?」
「ええ、そうですわ。いつも私についている使用人ですの。彼女は何よりもお茶を淹れるのが上手なので、殿下にもご馳走したくて連れてきましたわ。先ほどのお茶は冷めてしまいましたしこちらをどうぞ」
そう言ったリリアンの言葉を聞きながら、よくよく観察してみれば女の手が震えていた。さらに横顔を注視すればその顔は青白く、緊張が漂っている。
公爵家の使用人ともなれば高貴な相手への給仕もよくあることだ。
たとえ相手がサイラスだとしても何事もなくこなすのが普通。それを考えれば女の態度は過剰に思えた。
(こちらが当たり……か?)
リリアンのサイラスに対する言動はいつもと大きくは変わらない。
オーブリーの様子にも違和感はなかった。
(主人の意を汲んで動くことは使用人の美徳でもあるが……それがクロエを狙うことならばそのままにしてはおけない)
いずれにせよサイラスがオーブリー邸を訪れた目的は達成された。
あとはいかに早くこの場を切り上げるか。
そう考えながら、サイラスは会話を続けたのだった。
♢♢♢
「使用人の女はおそらくリリアン嬢の意を汲んだのだろう」
王宮に戻ってから、サイラスはノックスに改めてそう言った。
「侍従が聞き込んだ者たちも、あの使用人がリリアン様付きであることと特別に可愛がられていることを認めていました」
「だがリリアン嬢を見る限り、彼女が意図的に指示したわけではなさそうだ」
「つまり、使用人の独断だったとおっしゃりますか?」
その割にはやっていることが大胆だ。
王宮の交流会という大きな行事に、自身の幼馴染を送り込むこと自体が難しいはずなのだが。
「交流会の給仕はどうやって決めている?」
「王宮に勤めている給仕だけでは賄いきれないので、臨時の者を雇っています。公爵家や侯爵家から手伝いに来る者が多いですね」
そこまで言ったところでノックスが言葉をつけ足した。
「そういえば先ほど追加の資料を受け取りました。たしか当日の使用人の一覧がそこにあったかと」
言われて資料をめくれば、果たして一覧の中にあの使用人の名前がある。
「先にこちらがわかっていたら話はもっと簡単だったかもしれないな」
そうぼやきながら、サイラスは考えをまとめた。
「あの使用人がリリアン嬢に重宝されているのなら、直接的にしろ間接的にしろ、リリアン嬢が何を望んでいるのかを耳にしているはずだ。たとえば、クロエ嬢さえいなくなればいいのに……とかな」
「しかし、一使用人が辺境伯令嬢に何かすれば相当な罰が下されるのはわかっているのではないかと」
「直接的に攻撃する必要なんてないだろう?」
思い至ってしまった内容が不愉快で、サイラスは眉根を寄せる。
「リリアン嬢が望んでいるのは、クロエ嬢が私の婚約者の座から降りること」
机の上に広げられた一覧の、女の名前をトンッと指差してサイラスは続けた。
「貴族の令嬢にとって不名誉な噂を立てられることは致命傷だ。例えば、男の使用人と休憩のできる部屋に一緒にいた、とかな」
たとえ何もなかったとしても、異性と二人だけで扉の閉まった部屋にいることが見つかったらどうなるのか。
だから、混入させた薬が睡眠薬だったのだろう。
睡魔に襲われたクロエを介抱するふりをして部屋に連れ込み、使用人の男と一緒にいるところを誰かが発見する。
「機会さえあれば方法としては簡単だ。使用人の男も、部屋まで案内しただけで他の誰かを呼びに行こうと思っていた、とでも言い訳すればいい。何かしらの罪は問われたとしても重罪にはならない」
それでも、そんなことがあればクロエはサイラスの婚約者ではいられなくなる。
「使用人の女がそこまでのことをした理由はわからないが……」
忠誠か、金銭か、脅しか。
同様に男の方も、女の関心を買いたかったのか、それとも唆されたのか。
「必ずどこかには証拠が残っているはずだ」
「承知しました。別の方向からも調べてみます」
そこまで言ったところで、ノックスが珍しく何かを言うのを躊躇った。
「何だ? 何か言い忘れたことでもあるのか?」
「いえ……差し出がましいとは思いますが、殿下もそろそろ側近を置かれた方がよろしいのではないかと思いまして」
「それは……検討しておこう」
ノックスに言われたことは最近サイラスも痛感していることだ。何かを調べるにしても信用できる人手が足りなかった。
そもそもノックスはサイラスの護衛で、調べものは本業ではない。
(一度兄上に相談してみるか)
今後のことを考えても、信用できる人材を確保しておくことは急務だといえた。
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