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【第一部完結】辺境の令嬢は王子の愛を求めない  作者: 神宮寺 あおい


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オーブリー家の使用人 Sideサイラス

 交流会が終わって数日後、サイラスは自室でノックスからの報告を受けていた。実直な護衛騎士はサイラスが腰掛ける机の前に真っ直ぐに立ち、淀みなく説明していく。


 サイラスの自室の机はマホガニー製で、そのどっしりとした存在感を気に入っている。机の上にはいくつかの書類が置かれており、先ほどまでサイラスはその書類に目を通していたところだった。


「ではあの男は、オーブリー家の使用人の知り合いだということか?」


 ノックスの焦茶色の瞳から目を逸らすことなくサイラスは問う。


「知り合いというよりは幼馴染だったようです。それから、男の持っていたグラスからは睡眠薬が検出されました」


 そう言いながらノックスが手にしていた報告書をサイラスに差し出した。


 サッと目を通せば、あの時捕まえた男がオーブリー家で下働きをしている女と同じ故郷の出身であり、幼馴染であったことが書かれている。さらには王宮の薬師がグラスに混入されていた物が何だったのかを突き止めた結果も。


「本人は何か吐いたか?」

「いいえ。どんなことをしても、何も吐きませんでした」


 報告書がすでにまとめられているということは、男がそれ以上のことを言わなかったか、何も知らなかったということだろう。


 つかの間サイラスは黙った。


「唆されたか、相手の歓心を買うためだったのか……」


 そう小さく呟いた後、サイラスが立ち上がる。


「まずは下働きの女が《《どちらの意を汲んだのか》》をはっきりさせる必要がある」


 そう言いながら侍従に馬車の用意を指示すると歩き出した。


「たしかオーブリー公は今日出仕していなかったよな?」

「はい。先日調べた限りでは」


 サイラスはあらかじめ交流会前後のオーブリーの予定を把握していた。何かが起こると思っていたわけではないが、結果としては役に立ったといえる。


「先触れを出せば隠される可能性がある。偶然を装って寄る方がいいだろう」


 そう言うと、サイラスはノックスを伴って足早に馬車停めに向かったのだった。


♢♢♢


 オーブリー邸は王都の中でも最も王宮に近い場所に建てられている。

 豪華絢爛という言葉が似合うほどその館は華やかだ。一貴族の邸宅としては突出して広い館は、その周りを鮮やかに咲き誇る薔薇園に囲まれている。


 そんなオーブリー邸に、サイラスは突然訪れていた。


「殿下にとっては災難でしたでしょうが、我が家の近くだったのは幸いでしたな」


 そう言いながら、家令の報告を受けて出てきたオーブリーはサイラスを自邸に招き入れる。


 エスペランサ王国の宰相を務めるディロス・オーブリーはもうすぐ四十に手が届く痩身の男性だ。黒に近い髪には年のせいかグレイ色が混じり、ブラウンの瞳は考えを読ませない。

 娘であるリリアンとは髪色こそ違うが、瞳の色が同じだった。


「突然失礼する。近くで馬車が不具合を起こして立ち往生していたのだが、オーブリー公が在宅だったのは助かった」

「いえいえ、もし私が不在であっても、いつでもお立ち寄りいただいてけっこうですので」


 そう言いながら、オーブリーはにこやかにサイラスを応接室へと案内する。


「せっかく殿下がお寄りくださったので、後でリリアンも同席させていただいても?」

「もちろんかまわない」


 サイラスの返事を聞いてオーブリーが使用人に指示を出す。

 おそらくリリアンにサイラスの来訪を知らせ、用意をするためだろう。


(邸宅内にいるご令嬢が急に訪れた客の前に姿を現すには時間がかかる。それまでにオーブリー公には確認しておく必要があるな)


 サイラスが心の内でそう思ったところで、侍女がお茶をサーブした。

 カップの中にピンク色の液体が注がれ、辺りに上品で甘い香りが広がる。


「我が家でとれた薔薇を使ったローズティーです。妻も娘もこれが好きでね」


 そう言いながら勧められて、サイラスはカップに唇を触れさせると飲むふりをした。


「ところで、オーブリー公は自邸の使用人をすべて覚えているのだろうか?」


 公爵家ともなれば使用人の数はかなりの人数になる。邸宅内を仕切るのは夫人ということもあり、使用人全員を覚えていない主人も多い。


「そうですな。おおよそは」

「なるほど。実は私の従者が公爵家の使用人を見初めたみたいなんだが……私がここにいる間、従者にその者と話をさせても?」


 サイラスの言葉にオーブリーは少し驚きつつも快諾する。


「我が家の使用人には貴族の者もいますが、殿下の従者に見初められるとは光栄です」


 高位貴族の侍女を下位貴族の令嬢が務めることは珍しくもないが、公爵家ともなれば使用人ですら貴族出身の者がいるという。

 

 サイラスはあえて『使用人』の話題を出し、公爵抜きで話をしたいと言った。

 

(この反応は知らないということか? しかしオーブリー公は本心を隠すことに長けている)


 そう思いながら、何も見落とすことのないように見つめるサイラスに向かって、オーブリーがいかにも残念とでもいった口調で話を続けた。


「見初めるといえば、殿下との婚約が思わぬ形で解消されて、リリアンがずっと心を痛めております」


 そもそも正式な『婚約』など交わしていない。

 当然サイラスはそう思ったが、あえて否定することなく話の続きを待った。


「何やら事情があるというのは承知しておりますが、本当にその選択で間違いがないのか、殿下もよくよくお考えになられた方が良いのではないかと老婆心ながらご忠告申し上げます」


 いかにもサイラスのためを思ってという体でいながら、言っている内容は『リリアンとの婚約を解消するのは得策ではない』という脅しだ。


「オーブリー公の気持ちは理解した」


 だから、サイラスは肯定も否定もせずにそう答える。

 そしてそんな二人のいる空間にノックの音が響いた。


「ああ、リリアンが来たようですな」


 オーブリーの許可の声に応えて、使用人が応接室の扉を開けた。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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