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【第一部完結】辺境の令嬢は王子の愛を求めない  作者: 神宮寺 あおい


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舞台裏の事件 Sideサイラス

「わざわざ呼び出すからにはよほどの事だろうな?」


 そう言いながら、サイラスはホールから少し離れた一室に入った。


「もちろんです」


 言葉少なに答えたノックスの足元に、見慣れたお仕着せを着た男が一人縄に縛られて転がされている。


「その男は?」

「ホールの給仕に紛れて侵入していた者です」

「何のために?」

「……おそらく、クロエ様の飲み物に何かを混入させようとしていたのではないかと」


 その言葉を聞いた瞬間、サイラスは全身の毛が逆立つのを感じた。

 それは、今までサイラスが感じたことのないほどの強い『怒り』だ。


「……証拠は?」


 すぐにでも男を切り捨ててしまいたいほどの怒りに駆られながらも、一つ深呼吸をするとサイラスはノックスに聞いた。


「怪しい動きをしていたので監視していたところ、何かを混入させた飲み物をクロエ様へ手渡す機会をうかがっていました」


 先ほどまでサイラスはクロエと一緒にいた。

 そのサイラスが気づかなかったということは、かなり早い段階でノックスはこの男を捕まえたということだろう。


「よくやった。取り調べは慎重に行え。間違っても牢内で自害などさせることのないようにな」

「承知いたしました」


 そこまで言って部屋を出ようとして、サイラスはふと気になって男の髪の毛をつかんだ。


 サイラスを見上げる形となった男の瞳に光が反射する。その瞳に、何かの模様が見えた。


(……? 何だ? 何の模様だ?)


 でもそう思った次の瞬間には、男の瞳は何の変哲もない普通の瞳のように見える。


(……見間違いか?)


 どことなく納得のいかないものを感じながらも、サイラスは男の髪の毛から手を離した。

 持ち上げられていた男は重力に従ってドサリと床に落とされる。


「クロエを待たせているからもう行くが、交流会の終わった後に報告をするように」


 そう言い置いて、サイラスは部屋を出た。


♢♢♢


 ホールに戻れば先ほど別れた場所にクロエがいなかった。


「夫人、クロエ嬢と一緒にいたのでは?」

「それが、私があの子と合流しようとした時には他のご令嬢と話をしていて声をかけられなかったの」


 困ったように答えた辺境伯夫人の答えに、サイラスは嫌な予感がする。


「何やら話し込んでいるようだったし、終わった頃に声をかけようと思っていたら見失ってしまって、今探していたところなのよ」


(まさか他にも侵入者がいたのか?)


 夫人は裏で起こっていた事件を知らない。

 だからまだのんびり構えていられるのかもしれないが、サイラスは気が気じゃなかった。


「わかりました。私も今から探しますので、夫人もクロエ嬢を見つけたら知らせてください」


 そう言うと、サイラスはホール内に視線を走らせる。

 サッと見渡した限りではクロエの姿はどこにも見えない。


(ホールの中にはいないのか?)


 そうだとしても行けるところは限られるはずだ。


(いや、クロエ嬢の性格的に、私に何も言わずにホールから出ることはないだろう)


 それでも姿を消したとなれば、誰かにさらわれた可能性がある。


 焦る心をなだめ、サイラスは何か見落としていないかを考える。

 そんなサイラスの気持ちを知らず、エスコートをしていた相手がいないことに気づいた令嬢たちが声をかけようと様子をうかがっているのがわかった。


(今は他の令嬢の相手をすることなどできない)


 そう思ってホール内を突っ切ると壁際に沿って歩く。

 そしてふと横を見た瞬間、バルコニーにクロエの姿が見えた。


(こんなところにいたなんて……)


 扉を一枚隔てただけで、バルコニーはホール内の喧騒が嘘のように静かだ。

 

「クロエ嬢、こちらにいたのですね。姿が見えなかったので心配しました」


クロエを驚かせないようにそっと声をかけると、彼女の背中がピクリと反応した。

しかし夜空を見上げるクロエは振り返らない。


「クロエ嬢?」


 再度の問いかけに、クロエはゆっくりとこちらを向いた。


「今日は月が綺麗に見えたので、ついついバルコニーに出てきてしまいましたわ」


 微笑みながらそう答えてくれたが、どことなく様子がおかしい。

 月が照らすクロエは美しいが儚くも感じられて、サイラスは胸騒ぎがして落ち着かなかった。


「クロエ嬢、何かあったのだろうか?」

「……いいえ、何も」

「何かあったのなら教えて欲しい」


 サイラスは重ねて問いかけたが、クロエが答えることはない。


「サイラス殿下、今日の交流会の解散は自由ですよね?」

「ああ。いつでも帰宅することはできる」

「でしたら、今日はこの辺でお暇してもよろしいでしょうか?」


 穏やかに発せられたその言葉は、しかし『否』と言わせないだけの強さがあった。


「もちろんだ。ではマディソン邸まで送ろう」

「ありがとうございます」


 そう言ったクロエに向かって、サイラスはエスコートのために自身の腕を差し出す。そしてクロエのほっそりとした手が添えられると、サイラスは何とも言えない気持ちになった。


(いつかその心の内を、何の憂いもなく打ち明けてくれるようになるのだろうか?)


 どれだけ言葉を尽くしても、クロエは彼女が抱えている悩みを教えてくれることはない。サイラスに対する信頼がまだ足りないせいなのか、それとも別の理由なのか。

 

 サイラスはその答えを見つけることができなかった。

数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。


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よろしくお願いします。

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