クロエの答え Sideサイラス
久しぶりに会ったクロエは以前よりも明るくなっているように思えた。
怪我のせいで一時は弱っていた体もだんだんと健康を取り戻していったのだろう。
そして何より、手紙の交換をしていたことが二人の間に親しみやすさを増している。
あえて辺境伯が不在の中、サイラスはマディソン領まで赴き辺境伯家を訪れた。
迎え入れてくれた夫人もガルドも、今日のサイラスの目的を知っている。
そうやって得た機会に、サイラスは自身のありったけの勇気でもってクロエに想いを伝えた。
(クロエ嬢は王子という私の地位には興味がない。婚姻の申し込みを受けてもらえるかどうかは、ただただ気持ちを得られたかどうかだけだ)
今までサイラスは自身の『王子』という立場だけを見て近づいてくる者たちを忌避していた。
しかし今この時だけは、いっそのことクロエがそういったものに興味があれは良かったのに、と自分勝手なことを思ってしまう。
「あの、恐れながら貴族の婚姻は十八歳からしか認められていないかと思います」
そんな一世一代とも言えるサイラスのプロポーズに対して、クロエは至極真面目に答えた。
サイラスにしてみれば斜め上の発想で、ある意味肩透かしを食らった状況に限界まで高まっていた緊張がスッと抜ける。
「十八歳までは婚約という形になるだろう。それでも結婚を申し込んだのは、それだけの覚悟があると伝えたかったからだ」
サイラスの返答に、クロエの瞳が一瞬翳った。
(……何か嫌な気持ちにさせるようなことを言っただろうか?)
その反応に一抹の不安を抱えながらサイラスは答えを待つ。
「殿下、私は家長である父の意向に従いますわ」
ほどなくして得られた返事はサイラスの望むものではなかったけれど、すぐに断られなかっただけ良かったのだと思うことにする。
「返事は急がないが、今度王宮で開かれる交流会までに答えをもらえると嬉しい」
だから、サイラスはそう言った。
(もし婚約を受け入れてもらえたら、ドレスもアクセサリーも用意しよう)
そう心の中で決めながら、サイラスはその後クロエをエスコートしながら城内に戻ったのだった。
♢♢♢
『顔を見るだけでいいから会いたい』
そう書いた手紙を送ったのは少し前のことだ。
クロエが婚約を受け入れてくれてから、サイラスは今まで以上に手紙やプレゼントを贈った。
特に今度の交流会に着る予定のドレスとアクセサリーにはこだわりがある。
クロエが少しの不安も感じることのないドレスにしたかったからだ。
王族御用達の王都の仕立て屋にはサイラス自ら注文をした。
必ずデコルテと背中の部分を首元までレースで覆うこと、そこは間違いのないように何度も確認をしたくらいだ。
そして出来上がったドレスをマディソン家のタウンハウスへ送り、クロエが辺境伯領から王都へやって来た日に待ちきれず訪問することになる。
(とはいえ実際に今日しか時間が取れないのだが……)
思わず心の中でそう言い訳をしてしまうが、サイラスが王宮で忙しくしていることも事実だ。
今までは十歳にもなっていないということで免除されていたことも、これからはそうも言っていられないだろう。そして今後学園へと入学する頃には公務はもっと増えているに違いない。
(今度の交流会も本来ならエスコートのためにマディソン邸まで迎えに行きたいところなのに)
自身の立場に特にままならぬものを感じるのはこういう時だ。
ましてやクロエが決して我がままを言わないからこそ、サイラスはクロエが自分の気持ちを呑み込んでしまわないかが心配になる。
「母も一緒に行きますから、大丈夫ですわ」
そう言って微笑んだクロエに、サイラスは手紙を送る約束をする。
(クロエ嬢の笑顔が曇らないように、より一層気を引き締めなければならないな)
そんなことを思いながら、サイラスはマディソン邸をあとにしたのだった。
♢♢♢
当日、ホールに入場すれば多くの視線がサイラスとクロエに注がれた。
母親と参加するのが一般的な交流会において、ペアで参加する者は稀だ。
そもそもが交流会はこれから社交を始める者たちの集まりであり、それこそ相手を見定めるための場でもあるからだ。
(品定めの視線が突き刺さるほどだな)
口元を隠す扇の陰から、談笑しながらグラスを傾けるその瞬間に、それぞれの思惑が込められた視線を向けられてサイラスは内心苦笑する。
(クロエ嬢は大丈夫だろうか?)
そう思いながらエスコートをしているクロエを見れば、彼女はその場の雰囲気に緊張するあまり視線には気づいていないようだった。
サイラスはより強い視線を向けてくる者たち、何とか話しかけて情報を得ようとする者たちからさりげなくクロエを遠ざけつつ、今日この場で彼女が気をつけた方が良い相手を伝える。
「今左側からこちらを見ているご令嬢は、宰相の娘のリリアン・オーブリー嬢だね」
きつい視線を向けてくるリリアンからはお世辞にも好意的なものは感じられない。クロエに近づかせようものなら何をするかわからなかった。
(しかも彼女は公爵令嬢だからな。たいていの無礼は許されてしまう)
辺境伯令嬢であるクロエは、王国内の地位でいえば公爵家と同等だ。
しかしこの王都で、そのことをきちんと認識して行動できる者がどれだけいることか。
なぜサイラスがリリアンのことを説明したのか、おそらくクロエは気づいている。
(おっとりしているように見えて、クロエ嬢は聡い)
それもまたサイラスの心を惹きつける魅力の一つなのだろう。
そんなことを思いながらクロエと談笑していると、侍従がスッと近づいてきた。
「殿下、ブルックリン卿がお呼びです」
「ノックスが?」
サイラスの護衛騎士であるノックスには会場内の見回りを命じている。
交流会中にサイラスのそばを離れることに難色を示したノックスだったが、さすがに女性と子どもだけが集まる場、しかもクロエをエスコートして参加する場でノックスを連れ歩くことはできなかった。
それに性格なのか、ノックスはこういった会場全体の異変に気づくのに優れている。
それもあって会場内の見回りを命じていたのだが……。
「わかった。すぐに行く」
(ノックスが呼ぶということは、緊急事態なのだろう。しかしこの場にクロエ嬢一人を置いていくのは……)
「マディソン辺境伯夫人をすぐにここまで案内してくれ」
サイラスがエスコートするならあまりそばに居すぎない方がいいだろう、そう言って辺境伯夫人は少し離れたところで他の家の夫人と話している。
サイラスの命令に従い、侍従がすぐに動き出す。
その彼が辺境伯夫人に声をかけるのを視界の端でとらえ、サイラスはクロエに少しの間この場から離れることを告げた。
数多の作品の中から読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録、評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。




