クロエとの再会 Sideサイラス
冬のマディソン領は王都と比べると寒さが厳しい。それでも、サイラスが辺境伯家を訪れた日は暖かな陽射しが差していた。
城の前では辺境伯当主夫妻にガルドとヒューゴ、そしてクロエがそろってサイラスを迎え入れるために待っている。
そして応接室へと案内されてすぐに、サイラスは最初に必ず言おうと決めていた言葉を伝えた。
「狩猟祭の折にはご令嬢に怪我を負わせることになり、申し訳なかった」
頭を下げれば、辺境伯はサイラスのせいではないと言う。
その言葉をありがたいとは思うものの、かといってクロエの怪我がなかったことになるわけではない。
そしてサイラスは、一番気になっていたことをクロエに問いかけた。
「クロエ嬢、その後怪我の方はどうだろうか? 今日まで直接謝罪することができず、申し訳ない」
そう真摯に謝れば、クロエはサイラスを責めるどころかこちらを思いやる言葉を返してくれる。
『怪我は治ったのだから大丈夫』だと、その言葉をそのまま受け取るほどサイラスは愚かではなかった。しかしかといって、これ以上この話を続けてもクロエに余計な心労をかけるのではないかと思った。
だからクロエには、彼女の献身に対するお詫びにもならないがと言ってプレゼントを渡し、同時に辺境伯には父からの書状を渡す。
「陛下のお考え、承知いたしたと伝えていただきたい」
父が何を辺境伯へと伝えたのか、サイラスは知らされていない。それは今の時点でサイラスは知る必要がないということなのだろう。
だからサイラスは端的に襲撃者の顛末だけ伝える。
襲撃者たちが牢内で自害し、依頼したであろう黒幕までの手がかりを失ったのは痛かった。とはいえ、そんなに簡単に尻尾を掴ませるような相手ならば、今回のような大胆な手は使ってこなかっただろう。
だからその事実のみをサイラスは淡々と伝える。
そして、辺境伯へ最後に問いかけた。
「陛下からの書状とは別に、私からも一つ提案があるのだが……」
そう言ってクロエへと視線を向ければ、辺境伯が焦ったような顔をする。そして家令を呼ぶためにクロエを部屋から出したのだった。
クロエが去った後の室内で、辺境伯は幾分悩ましげに話し出す。
その内容をすでに知っているのか、夫人もマディソン家の兄弟も何も言わずに見守っていた。
「殿下からの申し出は大変ありがたい話だとは思っております」
その言葉に続くのは肯定だろうか、それとも否定だろうか。
そう思いながら珍しくも緊張に身を固くするサイラスに向かって、辺境伯は予想外のことを言った。
「しかし実はまだ、クロエには伝えていません」
「……何か理由が?」
サイラスとしては、今回の訪問で婚約に対する可否の答えが出されるのだろうと思っていた。
「殿下、我が辺境伯家は本人の意思こそが大事だと思っています。何があっても、自分で選んだ道ならば納得ができるからです。しかし今のクロエに冷静な判断はできないでしょう」
自身の傷について目を逸らすことなく受け入れられるようにならなければ、クロエは自分の足で人生を歩んでいくことはできない。誰かに寄りかかるように生きるのでは幸せになれないだろう。
辺境伯の言葉にはそんな思いが込められていた。
「それに、我が家は王都での権力は望みません。王子妃というのは政局と無関係ではいられない。クロエによほどの覚悟がなければ苦労することが目に見えています」
そこを突かれるのはサイラスとしては痛いところだった。
多くの王都の令嬢たちが憧れる王子妃という立場は、華やかではあるが楽なものではない。
辺境伯が言ったように政治の関係で狙われることもあるだろう。
それにエスペランサ王国では女性が働くことを良しとはしないが、王族だけは別だった。
国内の貴族女性たちをまとめることも、他国との外交もどちらも求められる。王太子妃よりはマシだが、それでも重責であることには変わりがない。
「ましてや、クロエは一般的な令嬢としては汚点と言われてしまう傷痕がある。特に王都のご令嬢はそのことを良くは思わないでしょう」
「……」
その傷痕がサイラスのせいでついたものだというのが辛かった。
何も言うことができずに膝の上の拳を握るサイラスをどう思ったのか、辺境伯は明るい口調に変えるとさらに続けた。
「それに、お恥ずかしながら辺境伯家では代々恋愛結婚をしているのです。クロエにもできれば思い合える相手と結婚して欲しい、そう思っています。だから……」
サイラスを見つめる辺境伯は優しげな顔をしていた。
「……?」
「クロエとの結婚を望むのであれば、あの子の気持ちを得る努力をしてください」
何を言われるのか身構えていたサイラスに、辺境伯はそう告げたのだった。
♢♢♢
辺境伯とのやり取りの後、サイラスは長居をすることなく王都へと戻った。
どうしてもクロエに会いたかったから無理をしたが、今回の辺境領行きはサイラスにとって強行軍であり、本来ならその時間を取ることも難しい状況だったからだ。
そして、王都に戻ってからクロエとの手紙のやり取りが始まる。それは思った以上にサイラスの癒しとなっていった。
(この前はこちらの便箋で送ったから、今度はこれにしよう)
そんなことを思いながら、新しいレターセットを探すのも密かな楽しみになっている。
自分のことを知ってもらって、同時にクロエのことを教えてもらう。
そんな些細なやり取りがサイラスの心を満たしていた。
「殿下、剣術の授業の時間です」
そう声をかけてきたのは新しくサイラス付きとなった近衛騎士だ。
その男、ノックス・ブルックリンは実直な男だった。
前任と比べて寡黙であり余計なことは言わないが、常に気を張って護衛としての仕事を忠実にこなしている。
(そういえば、ガルド卿と少し似ているかもしれないな)
大柄で寡黙、それが二人の共通項だろう。
「わかった。今行く」
辺境伯領での事件以降、サイラスは本格的に剣術を習い始めた。自分の身すら自分で守れなかったことはサイラスにとって悔やんでも悔やみ切れないことだったからだ。
そして同時に、ノックスには護身術を習っている。
サイラスは今度王宮で行われる交流会に参加する予定だ。
だからその前にクロエに会いに行くと、そう決めていた。
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