シャーロットの機転
あれからどうやって帰ってきたのか、クロエの記憶は定かではなかった。
「クロエ? 一人で帰って来るなんていったい何があったの?」
急に見知らぬ馬車が邸宅内に入ってきたせいで報告がいったのだろう。
クロエが玄関に着く頃には護衛の騎士を従えた母が入り口まで来ていた。
「……まあ! 何て顔色!」
そして馬車から降りるクロエを見た途端、母は心配そうに手を差し出す。
半分母に支えられるようにして立つクロエに辺りが騒然とした。
そして騒ぎを聞きつけて足早にヒューゴがやって来る。
「クロエ⁉︎」
母の手からクロエを受け取り、ヒューゴがその腕に抱き上げると侍女たちに指示を出した。
「クロエの部屋に連れて行く。サラを呼んでくれ」
なるべく揺らすことのないように慎重にクロエを運んだヒューゴの手によって、クロエはすぐに自分の部屋のベッドに寝かされた。
「サイラス殿下はどうしたんだ?」
本来であればクロエはサイラスと共に帰って来る予定で、ヒューゴが疑問に思うのももっともだ。
「……殿下は知らないの。殿下が席を外している時に具合が悪くなってしまって……。言付けだけ頼んで先に帰って来たから、今頃心配なさっているかもしれないわ」
サイラスの名前にクロエが体を震わせたことに気づかれなかっただろうか。
そう不安になりながら、クロエはいかにもな理由を言った。
「ではあの馬車はオーブリー家の馬車なのかしら?」
母の言葉に、クロエは首を振る。
クロエはサイラスと共に王宮の馬車で出かけた。当然帰りもサイラスが送るため、クロエは一人では帰ってこられないはずだ。
「いいえ。メイソン家の馬車ですわ。シャーロット様が一緒にいたので、私の体調を心配して貸してくださったの」
「そうなのね。ではお礼をしなければならないわ」
ベッド脇の椅子に腰掛けた母がそう言いながら心配そうにクロエを見つめる。
そうこうしている内に、ヒューゴがローガンを呼んできた。
通常は領地の城に常駐しているローガンも、久しぶりにクロエが王都へと行くということで同行していたのだ。
「クロエお嬢さま、急に体調を崩されたと聞きましたが……」
そう言いながら診察に入るローガンによって、母とヒューゴが部屋から出される。
「少し気分が悪くなってしまっただけだから大したことはないのよ」
診察を受けながらそう言ったが、誰が見ても明らかに顔色が悪かったらしく、クロエはそのままベッドでの静養を言い渡された。
「たしかに特別悪いところは見当たりませんが、このところ忙しくされていたので疲れが出たのかもしれません」
ローガンの言葉にクロエは大人しくうなずく。
「しばらく眠りたいわ」
「かしこまりました。サラを控えさえておきましょうか?」
「いいえ。大丈夫よ」
クロエは少しでも早く一人になりたかった。
だからそう言うと、心得たローガンはすぐに退室する。
そうやって一人になったベッドの中で、クロエはあの後のことを思い出そうとした。
リリアンが去った後、クロエはしばらくあの場所で呆然としたままだったのだろう。
どれだけ時間が経ったのかはわからなかったが、そのままそこにいてはいけないことだけはわかっていた。
だからフラつきながらも部屋を出て、まずはホールへと向かったのだ。
幸いにして途中で誰とも出くわすこともなくホールに戻ったクロエの顔色の悪さに、最初に気づいたのはシャーロットだった。
「クロエ様? かなり顔色が悪いようですけれど、ご気分が優れないのでしょうか?」
「……そうね、ちょっと体調が悪くなってしまったみたいなの」
取り繕うことすらできずそう言ったクロエをシャーロットはとても心配してくれた。
「サイラス殿下はまだ戻っていらっしゃらないのよ。クロエ様は殿下と一緒にここまでいらしたのでしょう?」
「ええ、そうよ」
だから一人で帰ることもできない。
「……もしよろしければメイソン家の馬車をお貸ししますわ。殿下には私の方からクロエ様が体調を崩されて先に帰られたことをお伝えします」
それはクロエにとって願ってもない申し出だった。
クロエはすでに立っていることすら辛かったし、このままの精神状態でサイラスに会うのは不安でしかなかったからだ。
「助かりますわ。お言葉に甘えてもよろしいかしら?」
本来のクロエであれば人に迷惑をかけるようなことは好まない。しかしそんなことを言っていられないくらいの状況だった。
(この体調不良は精神的なものね)
心のショックがここまで体に影響したことにクロエは驚いた。そし自身の精神の弱さに直面したことが、クロエの気持ちをさらに辛くさせる。
「もちろんですわ。御者にはクロエ様を送ったらこちらに戻って来るように伝えますから、お気になさらないで」
お茶会はそろそろ終わろうかという頃合いだ。
クロエをマディソン家まで送れば馬車が戻って来るまでそれなりの時間がかかる。
それでも、シャーロットは嫌な顔一つ見せずにそう提案してくれた。
その気持ちが、クロエにはとてもありがたかった。
「このお礼は必ずしますわ」
「クロエ様、僭越ながら私はクロエ様の友人のつもりでいますの。友人が困っていたら助けるものでしょう?」
クロエは王都でたくさんのお茶会に参加した。
それでも、サイラスの婚約者であること、辺境の令嬢であること、傷痕持ちであり、王都で絶大な権力を有するオーブリー家のリリアン嬢に疎まれていること、そういった多くの理由でなかなか親しい友人ができなかった。
だからこそシャーロットの言葉が嬉しかった。
そして何よりも、シャーロットとはとても気が合うから。
「では今度、我が家で小さなティーパーティーを開きますから参加してくださる?」
「もちろんですわ」
少し砕けてそう言ったクロエに、シャーロットは微笑んで応えた。
そうして、クロエはマディソン邸へと帰ってきたのだった。
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