お茶会の誘い
交流会後、クロエの元には多くの家からお茶会のお誘いが届いた。そしてそのほとんどが今までそれほど親しくしてはいなかった家からだった。
交流会という正式な場で、クロエはサイラスの色を身に纏い彼のエスコートで入場した。
その事実は、対外的にクロエがサイラスの婚約者であると宣言したようなものである。
リリアンのように事前に知っていた家がどれだけあったのかはわからないが、少なくともあの場に同席した者たちは理解したに違いない。
(リリアン嬢は宰相であるオーブリー卿のご令嬢だから、すでに知っていたのかしら?)
そう思いながら、クロエはたくさん届いた招待状を前に頭を悩ませていた。
参加すべきお茶会としなくても良いお茶会の判断を、自分ではまだできないからだった。
(やはりお母さまに相談するしかないわね)
そう思ったところで、タイミングよく母がクロエの部屋へやって来る。
「昨日お会いしたばかりだというのに、殿下からお花とお手紙が届いたわ。クロエ、あなた大切にされているのね」
娘が婚約者に大切にされていることは、母親にとっては重要なことなのだろう。家としてだけでなく、娘を愛する母としてそこは気なるところに違いない。
「大切に……そうね、殿下はいつも私のことを気にかけてくださるわ」
花はサラに生けるように頼み、クロエは手紙を確認する。
そこには『昨日の帰りの様子がいつもと違ったが、体調など崩していないだろうか』と、クロエのことを気遣う言葉が並んでいる。
(殿下は本当によく気のつく方。少しの異変も見逃すことがないもの。私は今まで以上に気を引き締めなければならないわね)
リリアンに言われたあの言葉を、サイラスに知られたくないのであれば尚のこと。
『傷もの令嬢』
不意に頭の中にリリアンの声が蘇ってきて、クロエは咄嗟に頭を振った。
「クロエ? 頭でも痛いの?」
突然の行動に驚いた母の言葉に、クロエはハッと我に返る。
「大丈夫。心配かけてごめんなさい。……それよりもお母さま、お茶会のお誘いがたくさん届きましたの。すべて参加するのは無理ですし、どこのお茶会を優先して参加した方が良いのか教えてもらいたくて……」
そう言って、クロエは手元にまとめてあった招待状の束を見せる。
「そうね……。マディソン家は王都でつき合いのある家はあまり多くないのだけど、これからは積極的に参加していく必要があるわ」
今までは辺境伯夫人である母も王都には最低限しか来ず、一年の大変を辺境で過ごしていた。王都での社交会での影響力を気にするのであればそれは得策ではなかったが、それよりも辺境を守るための行動を両親は選んでいたからだ。
しかしクロエがサイラスの婚約者となったのであればそうも言っていられない。
これから先サイラスと結婚するならクロエの生きる場所は王宮、そして王都となり、社交界とも関わっていかなければならないからだった。
「まずは、こちらのお茶会が良いのではないかしら?」
そう言って母が取り上げた招待状は、伯爵家として堅実に領地を管理していると評判の家だ。
「メイソン家はうちとも医療品や薬品の取引きをしている家よ。クロエと同じ歳のご令嬢がいたはずだし、最初に参加するお茶会としてはおすすめね」
メイソン家のご令嬢とは昨日の交流会で顔を合わせることはなかった。それでも母がそう言うのなら、きっと悪いことにはならないだろう。
そう思って、クロエはさっそく返事を書くためにペンを手に取ったのだった。
♢♢♢
メイソン家でのお茶会の日はあっという間にやってきた。
元々王都の流行を取り入れたドレスが少なかったクロエは、ここ数日母と一緒に店を回ってはドレスや靴、アクセサリーを購入したり、オーダーメイドで注文したりしていた。
そしてその日クロエが選んだのは、サーモンピンクのドレスだ。デコルテはそれなりに見えるものの、背中側は比較的しっかりと覆われている。とはいえ、体勢によっては傷痕が見えないとも限らないので同色のショールを羽織っていた。
「うん、それなら良いのではないかしら」
身なりを確認した母も問題なしと言ってくれてクロエは安堵する。
「今の流行的にはショールを羽織っているご令嬢はいないかもしれないけれど、いっそのことクロエが流行を作ってしまえばいいのよ」
さらにはそんなことを言ってお茶目に片目をつぶった。
(そんなことは無理でしょうけど、うつむくことだけはしてはダメよね)
そう思い、クロエはしゃんと背筋を伸ばすと馬車へと乗り込んだ。
メイソン家の邸宅はマディソン家からそれほど離れてはいない。
おそらく商人との取引きも多いメイソン家において、商人街と近い場所に居を構えることは合理的な判断だったのだろう。
堅実だと噂の家らしく、その邸宅はほどよい大きさだった。しかし門から入れば手入れの行き届いた庭園が見え、華やかと言うよりは上品な空間が広がっている。
「ようこそいらっしゃいました」
迎え入れくれたのは茶色の髪にターコイズグリーンの瞳をした親子だった。
「お招きいただきありがとうございます」
挨拶する母にならって、クロエもドレスのスカートをつまむと軽く膝を曲げて視線を下げる。
「今日は気楽に楽しめるようにガーデンパーティーとさせていただきましたわ」
にこやかなメイソン夫人の隣で令嬢もまた微笑んでいた。その瞳には理知的な輝きがあり、どちらかというと大人しそうな雰囲気にクロエは安堵する。
「はじめまして。クロエ・マディソンと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。シャーロット・メイソンと申します」
そうやって挨拶を交わせば何となく緊張もほぐれ、シャーロットがクロエを庭園の方へと誘ってくる。
「あちらにすでに何人かのご令嬢がいらっしゃっているの。よろしければ一緒に行きませんか?」
「ええ、喜んで」
そう答えると、シャーロットに続いてクロエも歩いていく。
どうやら今日は母たちは庭園の眺められるテラスでお茶をし、子どもたちは庭園に設けられたガーデンテーブルでお茶をすることになっているようだった。
思ったよりもすんなりと合流できそうで、クロエは心の中で安堵のため息をつく。
交流会後初めてのお茶会は、そうして問題なく済むはずだった。
主催者であるメイソン家ですら予想外の、招かれざる客が現れなければ。
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